テラーノベル
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数日後。
スマホに一本の電話が入る。
『……零司くん?』
葵生の母だった。
落ち着いた声の人なのに、
その日はどこか疲れて聞こえた。
『少し、お話できませんか』
⸻
待ち合わせた喫茶店は静かだった。
窓際の席。
コーヒーの湯気。
葵生の母は、
しばらく何も言わなかった。
「……最近、葵生の様子おかしいですよね」
先に口を開いたのは僕だ。
母親は小さく頷く。
その顔を見た瞬間。
自身の胸の奥が、
嫌な音を立てた。
「何か知ってるんですか」
沈黙。
やがて。
葵生の母は、
ゆっくり口を開く。
「……実はあの子、病院へ行ったんです」
世界の音が遠くなる。
「若年性アルツハイマーだそうです」
動かなかった。
いや、動けなかった。
言葉の意味は分かる。
なのに、
理解が追いつかない。
「……は?」
やっと出た声は、
情けないくらい掠れていた。
「どうして」
「どうして僕に言わなかったんですか」
責めるつもりじゃなかった。
でも、
声が震える。
母親は俯いたまま言う。
「あの子、あなたに迷惑かけたくないって」
「夢を邪魔したくないって」
何も言えなかった。
思い返せば、
おかしいところなんて山ほどあった。
なのに。
見て見ぬ振りをしていた。
⸻
帰宅すると、
葵生はキッチンに立っていた。
「あ、おかえり零くん」
いつも通り笑う。
その笑顔が、
今は痛かった。
しばらく黙っていたら、
葵生が不安そうに首を傾げる。
「……零くん?」
「病院……行ったんだって?」
空気が止まる。
葵生の顔から、
一瞬で血の気が引いた。
「葵生のお母さんから聞いた」
沈黙。
葵生の手から、
持っていたスプーンが落ちる。
金属音が響いた。
「……なんで」
小さな声を遮るように、
「なんで言わなかった」
葵生は俯く。
肩が震えている。
「だって…… 零くん、優しいから」
涙がぽたぽた落ちる。
「絶対、自分のこと後回しにするから」
「そんな顔すんなよ……」
僕の声も震えていた。
葵生は泣きながら首を振る。
「嫌だったの」
「迷惑だって思われるのも」
「忘れていくの見られるのも」
「……怖かった」
ゆっくり近づく。 それから、
震える葵生を抱きしめた。
細い。
思っていたよりずっと。
「ごめん……」
葵生が嗚咽混じりに呟く。
「ごめんね、零くん」
そう言う彼女を、僕はしばらく抱き締めた。
コメント
1件
うわぁ…読んでて胸がぎゅーってなった😭💔 葵生ちゃん、「迷惑かけたくない」「忘れていくの見られるの怖い」って…その優しさが切なすぎるよ…。零くんの「なんで言わなかった」も、全部抱えきれなくて震えてる感じが伝わってきて無理だった…。 最後の抱きしめシーン、言葉よりあったかくて泣ける。トマチンさん、尊くて苦しい話をありがとう…続きが気になりすぎる🥺✨