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どんぐりころころどんぐりこ
ころころ可愛いやどんぐりこ
あれま人子の頭じやないか
どの子が良いかな可愛いや可愛い
一番綺麗なこの子にしよか
私の物だよ他はお退き
どんぐりころころ可愛い娘
今日から私の身体だよ
風が吹いた。校門前の銀杏の大木から吹き下がる風は、生暖かく、沢山の砂埃を頭上に振りかけるように生徒達の群を襲った。
「痛い!」
「うわ!めっちゃ目に入った!」
辺りが騒がしくなる。
私も例に漏れず目の中に砂が入り、思わず立ち止まって顔を押さえた。涙で流そうと瞬きを繰り返す。
「夏乃ゴメン、ちょっと眼鏡持って」
隣を歩いていた流喜が外した眼鏡を渡してくる。涙を流しながら受け取ると、ボヤけた視界に流喜が目薬を指すのが見えた。
「眼鏡なのに砂入った?」
「何故かね。役に立たない眼鏡だ」
その為の眼鏡では無いだろうに。そう思いながら眼鏡を返した。
この春から私達は3年になった。中高一貫のこの学園の最上級生。彼は磯野流喜、私の恋人で生徒会長。中等部時代からの付き合いなのでもう5年も一緒に過ごしている。
「引越しの荷物の片付けがまだ終わらないんだ。今日時間があったら、手伝ってくれないかな?」
この学園の生徒は寮生が多い。彼もそうだったが、進学に伴い寮長を押し付けられそうだったので近場のマンションに越したのだ。
「勿論・・・」
答えながら、私は目の奥に痛みを感じた。痛みと共に「手伝いたくない」という真逆の思いが湧き上がってくるのを感じる。
胸の奥がざわざわする。いつも横にいる彼が鬱陶しく、憎たらしく感じてしまう。
何だろう、これ。
胸の辺りをぎゅっと掴んだ。
「夏乃?」
どうかしたのかと彼が見てくる。
「何でもない」
無理矢理笑顔を作って誤魔化した。
「夏乃おはよう。強風大丈夫だった?私目に砂入ってまだ痛いよー」
教室に入ると、仲の良い友人がそう言って話しかけてきた。視界がユラユラする。友人から美味しそうな良い匂いがする気がする。
「食べたい」という気持ちが湧いてくる。
何これ・・・。
欲望を我慢する様に耐えながら無言で席に着く。友人は不思議そうな面持ちで見ている。でも私には距離を取る以外何も出来なかった。
授業が始まると、斜め前の男子生徒の事が気になって仕方なくなっきた。
長野忍。
ほとんど話した事も無い子だ。帰宅部で色白で、内気で声の小さな男子。そんな印象しか無いその子の事を、急に抱きしめたい気分になる。抱きしめて口付けて、それから・・・。妄想が止まらない。
動悸が激しくなる。私、本当にどうしたの?
恐怖感に襲われて、自分を両腕でぎゅっと抱きしめた。周囲を見回すと、半数近い生徒が机に伏せて眠っていた。黒板に向かう教師も、チョークを持ちながらうつらうつらと立ったまま船を漕いでいる。
私だけじゃ無い。皆んな何か様子がおかしい気がする。
「夏乃」
流喜に呼ばれた。
授業が終わり、一緒に帰宅する為に迎えにきたのだろう。
私は、彼の顔も見たくは無いと思ったが、このまま家迄行って、そこで仕留めるのもアリだな、と思った。
え、仕留める?仕留めるって何?
相変わらず視界は揺れる。まるで夢でも見ているかのようで、フワフワと浮いているみたいだ。
「急いで決めた部屋だけどさ、ちょっと変わっている以外は割と良かった」
並んで歩きながら彼が言う。
「そう。どんな風に変わっているの?」
他の人が喋っているみたいに口が動く。
「玄関の鍵が、内側外側両方から閉まる」
「・・・へぇ」
「だから鍵が無いと部屋から出る事が出来ないんだ」
確かに変わっている部屋だな、と思った。
私の様子がおかしい事に、彼は気がついているのだろうか。顔を彼の方に向けて見てみると、彼はいつも通りに良い姿勢でしっかりと歩いている。いつもと違う素振りは感じられなかった。
部屋に着くと、確かに段ボールが山積みで片付けに苦戦している様子が見られた。2人で雑談をしながら荷解きを進める。自然な会話が続き、順調に作業は進むが、私はユラユラとした視界にフワフワとした感覚で、自分で何かをしているという感覚は無かった。
流喜、気づいて。私変なの。
そう言いたいのに口が動かない。
「流喜」
突然、私の口が彼を呼んだ。
私の目に彼が映った瞬間、彼への殺意が溢れるように湧き上がって・・・。
「死ね!ババァ!」
勝手に私の口が喋り、彼の両腕を掴んで襲い掛かる。
「夏乃!?」
彼は驚いて抵抗する。玄関のドアが迫る。彼が背中をドアに強く打ち付けた。彼が息を飲んで出来た隙、目に飛び込む頸動脈。私はがぶりと噛みついた。
彼は咄嗟に私の頭をその場にあった傘で殴る。一瞬飛ぶ意識。体から力が抜けた隙に、彼は外に出て鍵を掛けた。
閉じ込められた。