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強い風が吹いた。周囲は騒然とする。
登校時間の校門前。私は立ち止まって目を押さえる。前方と後方、両方から悲鳴が上がるのが聞こえた。何事かと必死に目を開くと、砂が入った痛みと共に、涙にボヤけた視界の中で誰かが倒れているのが見えた。
「えっ、え!」
前では3年の剣道部の主将が、後ろでは1年の女生徒が、共に完全に意識を失ってグッタリとしているようだ。
どうしていいかアタフタしているうちに、剣道部主将の方には偶々出勤中だった養護教諭が駆け付け、肩を支えて保健室へと移動し始めた。後ろの女生徒も、共に居た友人達に抱えられて保健室へと向かう。
私を追い越した時に女生徒の顔が見えた。この学園の誰もが知っている有名人。
須田愛海。
中等部時代から芸能活動をしている。顔は可愛いが気が強く、見下すような目で周囲を見ている感があり、私は正直好きではなかった。
他にも、意識を失う迄では無いが、ふらふらとした足取りの生徒が何人か見られた。
目に入ったのは、砂埃ではない「何か」だったのだろうか・・・。そのせいで皆調子がおかしくなった気がする。だとしたら一体何が。
疑問に思いながらも、私はとりあえず教室へと向かった。
「弥生ちゃん、おはよう!」
クラスメートの沙奈に声を掛けられた。いつも明るくほんわかしている親友。普段なら、顔を見ただけで癒されるのだが、今日は違った。上履きに履き替え廊下を進むうちに酷い眠気に襲われて倒れそうになっていたのだ。
「ゴメン沙奈、ちょっと眠過ぎて倒れそう」
「え!大丈夫?」
沙奈の席は私の後だ。沙奈は私の荷物を持って席へと連れて行ってくれる。
「ありがとう、ちょっと寝る」
言い終わると同時に私は眠りに落ちた。絶対、さっきの砂埃のせいだ。
夢、なのだろうか。
見た事の無い天井。少し硬い知らないベッド。そこに私は横になり、目を開けてじっとしている。
辺りは暗闇。夜遅い時間なのか、時計が見当たらないのではっきり分からないが、しんと静まった様子から、人々が寝静まる時間帯なのだろうなという事が分かる。
ふと、焦臭い空気が流れた。温度が高い。徐々に暑く、明るくなって行く。焦げた匂いは強くなり、時折パチパチと何かが弾ける音がする。
火事だ。
そう思い立つも体は動かない。動けない訳では無い。動いてはいけない、という強い意志があり、私は動けない。
何で、逃げないんだろう。
完全に覚醒している。金縛という訳では無い。逃げなくては、と考える私と、動いてはいけない、と硬くなる私がいる。
視界の隅で何かが動いた。黒い影のようなもの。慌てて目を閉じる私。何かは足音を忍ばせて近づいて来る。
怖い。
顔に息が掛かった。同時に甘い匂いがする。私の意志とは関係無く体が動いた。いつの間にか隠し持っていた辞書の様な分厚い本の角を、何者かの頭に向かって振り下ろす。
ゴツンという手応え。私は一気に布団を捲り上げてドアへと駆け出した。
ドアの外側は火の海だった。雨の無い日が続き、燃えやすくなっていたのだろう。酷く眩しく感じる。しかし火のお陰で部屋の中が照らされ、何者かが見えた。背の高いがっしりとしたメリハリのある身体の女性。炎に照らされて猫の様に瞳孔が縦長に細くなる。信じられない事に、背中に蝙蝠の様な羽が生えている。
猫の様にシャーっと威嚇をされた。一瞬で間を詰められて長い爪で引っ掻かれそうになる。本当に猫の様だ。
私は分厚い本を前に出し防ごうとする。
その時、窓ガラスが割れて誰かが飛び込んできた。背の高いその人が、私と蝙蝠猫との間に割り込んで庇う。男の人だった。ちょっとカッコいい。20代後半位だろうか。鍛えられた背中は大きくて頼り甲斐がある。
彼は手に角材の様な棒を持っていて、蝙蝠猫を前に剣の様に構えていた。
それを見て、途端に私は嫌な気分になった。
理由は分からないが、「私」は彼の事が嫌いらしい。
「ミアナ!無事か?」
彼が私に向かって言う。私はミアナと言うらしい。しかし私は答えない。無視する。
蝙蝠猫の甘い匂いが強くなる。見ると、縦長瞳孔の目が真丸に開かれていた。
それと同時に、部屋の天井が破られて何かが落ちる様に飛び込んでくる。新手の蝙蝠猫だ。先のより少し小さいシルエット。小さい方は、先にいる方の肩に腕を掛けて何かを耳打ちした。そして、シュッと2人天井の穴に消えて行く。
逃げた?
「弥生ちゃんー朝ですよー」
優しく肩を揺すられて目が覚めた。沙奈が横から覗いて来る。
「本当は昼だけど。午前中ずっと寝てたよー」
そんなに寝てたんだ。少し頭が痛い。
「寝てたの弥生ちゃんだけじゃ無いけどさー。クラスの半分くらい?先生もウトウトしてるし。春だからかなぁ」
沙奈は食堂に行く準備をしていた。
「ノート貸してもらえる?」
「ok!とりあえずご飯行こ」
頷いて私も立ち上がった。
「ずっと夢見てた」
変な夢。ちょっと怖かったな。