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「……誕生日、勇気出して良かった」
腕の中で、りゅうせいがぽつりと呟いた。
「ん?」
「……誕生日にね、親が『あなたが産まれてきてくれたから、私たちは幸せになれたんだよ。ありがとう』って、泣きながら言ってくれたの。それがすごく嬉しくて、なんだか無敵になった気がして……。気づいたら、いつきくんの家の前にいた」
少し照れくさそうに、彼は続ける。
「俺も幸せになるぞって、必死に勇気を出してインターホンを押したんだ」
「……ありがとうな、りゅうせい。あの日、お前が来てくれなかったら、俺は今頃干からびて、ただの貧乏じじいになってたかもしれない」
「えぇー! やだぁ、もったいなすぎるよぉ!」
あえて冗談めかして返したのは、俺なりの愛だ。
せっかくの幸せな時間に、過去の寂しさを混ぜたくない。もう、こいつの涙は見たくないから。
「で? 再婚するって聞いて、奥さんへの気持ちは吹っ切れたの?」
「……ああ。妊娠した頃からギクシャクしてたし、離婚届を出した時にはお互い吹っ切れてたよ」
「じゃあ……仕事の都合でもないなら、なんで俺のこと振ったの?」
核心を突く問いに、俺は少しだけ視線を泳がせた。
「……もし自分の親が、自分を捨ててさっさと新しい恋人作ったら……嫌じゃん?」
「……悲しくて、泣いちゃうかも」
「あの子にとって、俺は間違いなく『お父さん』だったんだ。たとえ記憶に残らなくてもね。だから、そこを裏切りたくなかった。……幸せにしてやれなかった、俺なりの懺悔だよ。自己満足に過ぎないけどな」
すると、りゅうせいは俺の胸にぎゅっと顔を埋めてきた。
「ううん! いつきくんの優しさは、きっとお子さんにも奥さんにも伝わってるよ。だから……今度は、俺と一緒に幸せになろう?」
この子は、どこまで俺を救えば気が済むんだろう。
勝手な都合で振り回した俺を、こんなにも柔らかく包み込んでくれる。もう、一生離れられる気がしない。
「……ありがとう。……俺、世界一の幸せ者かもな」
力強く抱きしめると、腕の中の体温が愛おしくてたまらなくなった。
「今度は俺が、いつきくんを幸せにしてあげるからね?」
「うん。ずっとそばにいて、一生俺の事幸せにしてて」
そんな甘い誓いを交わしたはずなのに。
「明日仕事場で切り替えられないから!」と、本番の余韻もそこそこに、意外とあっさり自分の家へ帰っていった後ろ姿を思い出す。
付き合っても、りゅうせいはりゅうせいのままだ。
「明日、職場でどんな顔して会えばいいんだよ」
一人になった部屋で、俺は困ったように笑いながら、まだ消えない彼の熱を噛み締めていた。
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