テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「――まぁ、こんなもんか……」
作り終わった剣を手に取り、俺は呟いた。
長年使い続けた道具と、長年積み上げてきた経験で剣を鍛え上げる――
なかなかの|出来《でき》ではある。
……しかし、自分が納得できる『最高傑作』なんていうものは、今なお作ることができていなかった。
誰かにどれだけ褒められようが、鑑定スキルでS+級と言われようが、こればかりは本人の問題だ。
全員から|貶《けな》されたとしても、鑑定スキルでF-級と言われたとしても、本人が納得するのであれば、それが本当の『最高傑作』になるのだ。
……仕事も終わり、酒をグラスに注いで口を付ける。
美味いは美味いが、きっと『最高傑作』を作ったあとの酒はもっと美味いのだろう。
いつか俺も、その味を味わってみたいものだ。
「はぁ……」
俺はため息をつきながら、近くにあったナイフを手に取った。
昔、自分で作った属性付きのナイフ。5本セットで作ったが、手元に残っているのは火属性の1本のみだった。
「――あいつら、元気でやっているかなぁ……」
あいつら……というのは、以前俺の店に来た客のことだ。
残りの4本は、その客との別れ際に全部くれてしまっていた。
それは錬金術師の女の子――アイナさんを筆頭にした、4人のパーティだった。
あのときの注文は今でも覚えている。……いや、忘れようはずもない。
――『なんちゃって神器』。
それは俺が命名したものだけど、一番しっくり来る名前だった。
あの剣は、かなり良い出来になった。
他の神器と並べても、デザイン的には遜色が無かっただろう。
ただ、惜しむらくはやはり素材だ。
さすがに素材は普通のものだったから、本物と並べてしまえば、圧倒的な存在感の違いが露呈してしまう。
『ちなみに切れ味も最初に言った通り、しっかりナマクラになったからな。
いや、今回はここ数年で一番良い仕事ができたんだが――しかし戦闘では役に立たない剣で……とはなぁ……』
『――役立たないことなんてありません! いつかこの剣が、世界最強の剣になるんです!』
……俺は酒を傾けながら、アイナさんと交わした言葉を思い出していた。
あそこまで強く言うからには、飾るだけじゃない、何か別の目的があるのだとは思っていた。
しかしそうは言っても、普通の女の子だ。
例えばどこかの魔法使いに魔法を込めてもらうとか、例えばどこかの有名な魔法剣士に使ってもらうとか、そんなところだとは思っていたのだが――
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
『アイナ・バートランド・クリスティア』によって神器『神剣アゼルラディア』が誕生しました。
─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━
――あの声が頭に聞こえてきたとき、俺は一つの仮説を立てざるを得なかった。
もしかして『なんちゃって神器』をもとに、本当の神器を作った……のではないだろうか。
錬金術の中にはアーティファクト錬金という分野があり、そこには物質を入れ替える『置換』という技術が存在する。
ただ、単純なものであれば基本的に何でも入れ替えることはできるが、あの剣の構造上、単純に入れ替えただけでは神器には成り得ないはずだ。
……物質の性質は単純なようであって、かなり複雑だ。
逆のことも言える。複雑なようであって、かなり単純なこともある。
例えばいくつかの金属が混ざり合った部分なんてのは、単純な置換は行いにくい。
一見入れ替えられたように見えても、必ず綻びが出るはずなんだ。
そんな綻びがある状態では、武器としては質の悪いものになってしまうだろう。
何かしらの方法で、補正や調整を行わない限りは――
……その後、アイナさんたちが指名手配されたことを知った。
国王暗殺を企てた罪――ということだったが、アイナさんたちがそんなことをするわけは無いと考えている。
ナンパ師のジェラードだけは怪しいが、他の三人は人を疑うことも知らなさそうな連中だったし――
「はぁ……。
神剣アゼルラディア……か。……俺も一度、見てみてぇなぁ……」
……神器というのは、太古から伝わる大いなる遺産だ。
一見すると剣に見えるが、それはただの剣ではない。もちろん、ただの魔法剣でもない。
製法を記した本もあるとは聞くが、俺の目には触れたことが無い。
そんなものがあったら誰かが作っているだろう。……いや、仮にあったとしても、神器を作るのはきっと想像以上に難しいことなのかもしれない。
……というと、何でアイナさんが作ることが出来たのかは、やっぱり謎なんだよな……。
――神器といえば、そういえばシルヴェスターの旦那はどうしているのだろう。
アイナさんたちの話によれば、旦那は辺境都市クレントスを訪れていたという。
しかしそれもずいぶん前の話で、それ以降の話は何も聞こえてこない。
……腐っても英雄。そんじょそこらの連中には引けを取らないはずだが――しかし、だからこその不安というか……。
英雄ともなれば、その一挙手一投足が注目されてしまう。
何せ神器の力は凄まじい。どの国に所属するかで、国家間の戦力バランスが崩れてしまうとさえ言われている。
となれば――
「……アイナさんたちも、そうなんだよな……」
自らに従わないのであれば、殺してしまえ――
……もしかしたら、この国のお偉いさんはそう考えたのかもしれない。
とすると……国王暗殺という企ては、やはり冤罪か……?
俺は空になったグラスに酒を注いだ。
ふわっと良い香りが鼻をくすぐってくる。
少しだけ良い気分に浸っていると、テーブルの上のナイフが目に入った。
『いや、ほら。こういうセットは仲間内で分け合うものだろ?
俺もアイナさんの功績に感動しちまってさ。俺は旅には出られないけど、ついでに仲間にしてくれよ。な?』
『え、ええ。分かりました、それじゃ私のパーティの五番目のメンバーということで……』
「――仲間、か……」
アイナさんは突然の申し出を快く……は無かったかもしれないが、受け入れてはくれた。
その場のノリというのもあるだろうが、俺としてはやはり嬉しかったものだ。
「仲間であるなら……仲間が困っているときには、手を差し伸べないといけないよな……」
……しかし今の俺に、一体何ができる?
俺には鍛冶しか無い。これで、今のアイナさんたちを助けられるのか……?
「……はぁ、やめやめ! 今日はもう寝ちまうか!」
良い感じで酒もまわってきたし、今日も仕事で疲れてしまった。
あれこれ考えるのは止めておこう。こういうときは、さっさと寝るに限るからな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――爺ちゃん! 遊びに来たよ!」
次の日の昼、俺の孫がやってきた。
息子夫婦と一緒に暮らしているのだが、こうしてちょくちょく遊びに来てくれる。
……そういえばアイナさんたちとの出会いも、仲間の兄ちゃんと孫が会ったのがそもそもの切っ掛けだったっけ。
「おう、よく来たな。何かして遊ぶか?」
「えぇ!? 爺ちゃんは仕事中だろ!?
店番をしててあげるよ!!」
「はははっ、客なんて来ねぇぞ!」
「いつものことだろ!?」
可愛い中にも憎まれ口。
それを含めて、孫ってやつは何て可愛いんだろうなぁ。
「――ところで最近はどうだ? 生活も大変だろう?」
「うん。それに、ここのところ凄く寒いしね。ママなんて暖房費が掛かるーって、いつも頭を抱えてるよ」
「ははは、ウチもそうだぞ。
燃料も高騰しているし、たくさん使うし……。本当、商売あがったりだよ」
「だよねぇ……。
それならさ! 鍛冶屋は少し休んで、一緒に暮らさない?」
「あー……。いや、それはママが嫌がると思うぞ?」
「ううん、ママがそう言ったんだよ!」
「え? そうなのか?」
息子の嫁はしっかり者だ。
そろそろ老後の心配をしてくれるということか――
「ママはさ、爺ちゃんと一緒に暮らして、暖房費を出してもらいたいんだって!」
「ぶっ!?」
……ああ、しっかり者の嫁だな。ああ、しっかり者だ。
だが、それもまた良いかもしれない……か?
売れない鍛冶屋は廃業して、孫たちと一緒に暮らす。それもありかもしれない――
……そんなことを考えた瞬間、俺の右腕が疼くのを感じた。
――……違う。
俺はまだ、鍛冶屋で在り続けることを望んでいる。
目的も無く休んでしまえば、腕が上がることは無い。
むしろそれを皮切りに、一気に落ち続けてしまうだろう。
俺は自分が作る『最高傑作』に、まだ出会えていない。
歳も食ってしまった。今からそこに至るには、一体これからどうすれば良い……?
……答えは既にある。
昨晩からずっと、薄っすらとは気付いていた。
しかし、それを確定させることに、少し戸惑いがあった。
「……そうだなぁ。これからのことは、爺ちゃんもちょっと考えてみるわ。
ママにはそう、伝えておいてくれるか?」
「うん、分かった!
爺ちゃんがウチに来てくれたら、僕も凄く嬉しいよ!!」
孫はそう言って、満面の笑みを浮かべた。
……だが、すまん。その期待には、きっと応えられそうにない。
――……俺はまだまだ、上を目指す職人でありたいからな。
どこまでも、どこまでだって――