テラーノベル
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――ようやく追い詰めた。
その顔を思い出すだけで、心の底から憎しみが湧いてきた。
しかし今日ここで、終止符を打つことができる。長い長い恨みの時間も、やっとこれでお終いだ……。
「……ま、待て! ジェラード、俺の話を聞いてくれ……ッ!!」
「はっ! この期に及んで、まだ開く口があるのか!?」
深い渓谷の中、ようやく男の逃げ道を塞ぐことができた。
幾度も幾度も手下が邪魔をし、ここに至るまでずいぶんと時間が掛かってしまった。
……だが、それもここまでだ。
短剣を構え直して、狙いを定める。
かつて僕の右腕の自由を奪ったこの男の命を、今度は僕が奪ってやる――
「ちっ……!」
突然、その男は指を口に咥えて、大きな口笛を吹き鳴らした。
次の瞬間、僕の上に大きな影が落ちる。空に何かいる……ッ!?
「グルァアアアアアアッ!!!!」
鳥……いや、あれは合成獣か!?
邪法によって生み出された、空を飛ぶ|獰猛《どうもう》な獣。まさか、そんなものまで飼い慣らしているとは!!
しかし――
「――クルーエル・テレブレーション!!」
「ギャフッ!?」
僕の後ろから、大きな風の塊が空に撃ち放たれた。
それは合成獣の翼に強く当たって、上手いこと行動を封じることに成功した。
「ジェラード、今よ!!」
「ああ!」
『彼女』の声に応えるように、僕は男の喉笛を一瞬で掻っ切った。
男は喉から血を噴き出しながら、うめき声を上げてその場に崩れ落ちる。
「いいザマだな。……先に地獄に行ってておくれ」
僕は男に、優しく声を掛けてやった。
しかし、男は忌々しそうに僕を睨み付けてくる。
……そうだ、その目だ。その目こそが、僕を癒してくれる。
僕への最高の贈り物だ。長年の呪縛から、これでようやく解き放たれる――
――またいつか会おう。
僕はナイフを構え直して、男の心臓を目掛けて一直線に突き下ろした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ジェラード、お疲れ様」
男の死体を見下ろしていると、彼女が声を掛けてきた。
先ほど合成獣に攻撃をしてくれた、僕の頼りになる相棒だ。
その合成獣にもいつの間にか、とどめが刺されてしまったらしい。
……結構強い魔物のはずなんだけど、彼女の方が強いということか。
「ああ……。
さっきはありがとう、助かったよ」
「いいのよ。私とあなたの仲じゃない♪」
そう言うと、彼女は僕の腕に抱き付いてきた。
「おいおい、血で汚れちゃうよ?」
「私だって、もう血まみれよ?
だから、そんなことは気にしないで良いでしょう?」
彼女の姿を見てみれば、なるほど確かに血まみれだった。
それは僕も同じだ。ならば、少しくらい抱き付かれても何も変わらないだろう。
「ははは……、そうだね。
でも、さっさと身体を洗ってしまおうか。幸い、ここには川も流れているし」
「そうね。……ねぇ、一緒に洗い合わない?」
「ええ……? 外ではちょっと……ねぇ?」
「あら、結構恥ずかしがり屋なのね。残念っ」
そう言うと彼女は先に、川の方へと歩いて行ってしまった。
――彼女は僕に甘えてくる。
彼女はエルフだから、見掛けは若くても僕より年上だ。
最初はクールに見えていたが、彼女との時間を重ねるたび、その可愛さが徐々に分かってきた。
彼女は魅力的だ。ベッドの上でも可愛いが、戦場で血まみれになっているのもまたセクシーだと感じていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ねぇ? これから、どうするの?」
夜。星空の下で焚き火を囲んでいると、彼女は僕の横で囁いてきた。
「……君のおかげで、あいつへの復讐も終わった。
そろそろ僕は戻らないといけない」
「戻る? ……もしかして、あの女のところに戻るつもり?」
僕の言葉に、彼女は不満そうな表情を|露《あら》わにした。
あの子のことを想像させるだけで、彼女はすぐに拗ねてしまう。
「そう思うかい? 今の僕には、君がいるっていうのに――」
「え……?」
彼女は途端に顔を赤らめて、僕の顔をまっすぐに見つめてくる。
「君の側を離れるわけが無いじゃないか。
生きている限り、僕たちはずっと一緒だよ。僕が君を、手放すわけがない」
「本当に……? 嬉しい……っ!!
ジェラード、愛しているわ……」
僕は何も答えず、彼女を抱き締めてやった。
そしてそのまま口付けを交わす。
「……ねぇ。もっと愛されてるって実感が欲しいの……。
名前を……呼んでくれない……?」
「ああ……。
――リーゼロッテ、可愛いやつだ……」
「……うふふ。ありがと……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――事も済ませ、僕たちは満天の星空に包まれていた。
リーゼロッテと毛布に包まり、一緒に星を眺め続ける。
「今日はジェラードを助けてあげたけど……。
……私も、助けられたときのことを思い出しちゃった」
「ああ……」
……それは『循環の迷宮』の入口で――
懸賞金の懸けられた彼女を、騎士団の連中から逃してやったときのことだろう。
アイナちゃんがリーゼロッテに多額の懸賞金を懸けていたことは知っている。
しかし彼女を見た瞬間、僕は彼女を逃がすことに決めたんだ。
「……まったく、アイナさんにはいつかお礼をしてあげないとね。
おかげでどこの街にも入れやしないんだから……」
「そうだね。指名手配されるっていうのも、なかなか大変なものだ」
「はぁ……。この前なんて、アイナさんが神器を作っただなんて変な声が聞こえてくるし……。
――あ! そうだわ、ジェラード。私たちで、その神器を奪ってやらない?」
「君はまた、不穏なことを言うなぁ……」
「だってー。それくらいしてやらないと、私の気が済まないもの。
ね? アイナさんのところに戻るつもりが無いなら、それも良いでしょう?」
「そうだね。
……それじゃ、僕を信じてずっと付いてきてくれるかい?」
「ええ、もちろんよ。
ジェラード……、私は貴方のことを――」
ドズッ
「――……え?」
彼女は鈍い音がした場所に手を触れたあと、その手を眺めて絶句した。
彼女の腹は血の赤色に染められ、触れた手もまた赤色に染められている。
赤色の中心には僕のナイフが、僕の手によって突き立てられていた。
一旦引き抜いて、再度彼女の身体に突き立てる。
ドズッ
「ぐ……ッ!? ど、どうしたの……?
ね、ねぇ……ジェラード……? これは一体――」
「……リーゼロッテ。僕を信じてくれて、ありがとう。
そして、僕の復讐を受け取ってくれて、ありがとう」
「……な、何を……言っている……の……?」
「君は、裏切ってくれただろう?
君を信じていたアイナちゃんを。……覚えているよね?」
「そ、そんなこと――」
その言葉と共に、リーゼロッテはその場に崩れ落ちた。
「僕は、アイナちゃんを裏切るヤツは許さない。
傷付けるヤツも許さない。……僕の恩人なんだ。だから――……裏切られた気持ちを抱えながら、お前は死んで償え」
「い、嫌……っ。わ、私たちは……愛し合って――
素敵な夜を……過ごせたって、言ってくれたじゃ……」
「ああ、そうだね。
君との夜は、157番目くらいに素敵だったよ」
僕は満面の笑みを、絶望に歪む彼女に見せてから――
彼女に優しく、止めを刺したあげた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――さて」
朝。周りの死体をすべて川に叩き込み、僕は旅支度を整えた。
僕の復讐は、ここですべてが終わった。これからは僕の恩人――アイナちゃんに誠心誠意、仕えていくだけだ。
……それにしても、僕のいない間に一体何が起こっているんだ?
1か月前に、頭に聞こえてきたあの声――
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『アイナ・バートランド・クリスティア』によって神器『神剣アゼルラディア』が誕生しました。
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――これはまだ分かる。
アイナちゃんは僕のいない間に、急ではあるが、神器作成という目標を達成したんだ。
しかし――
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
『ヴェルダクレス大陸 クレントス地方』に『疫病の迷宮<深淵>』が誕生しました。
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――2日前に聞こえた、これは何だ?
アイナちゃんは関係があるのか……?
……これから僕は、アイナちゃんの元に飛んで行こう。
それにはまず、どこに行けば良い?
王都か……? それとも、クレントスか……?
――分からない。
復讐に猛進しすぎて、情報収集を怠っていたのが不味かった……。
「……まずは街だ。街で情報収集をすることにしよう」
僕は側に流れる川を一瞥してから、近くの街へと走り始めた。
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