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雪が降っていて、風もすごく強くて、
僕の耳も鼻も、真っ赤になってたと思う。
「…さむ…」
…言葉にしたら、余計寒くなった…。
ポケットの中で、ぎゅっと指を丸める。
手袋なんて持ってない。僕のうちは、そんなにお金があるわけじゃなかったから。
「ママ、こんな日におつかい頼まないでよ…」
文句を言いながらも、スーパーの袋を両手に提げて歩いてた。
雪がじゅくじゅくになった道を、ぎゅっぎゅって音を立てて歩く。
空の色はもう夕方みたいに暗くなってて、僕はなんだか急に心細くなった。
そのときだった。
「……だいじょうぶ?」
声がして、僕はびくっとして顔を上げた。
そこには、一人の男の子が立ってた。
僕よりちょっとだけ大きくて――たぶん、小学4年生か5年生。
黒いジャンパーにマフラーをしてて、髪の毛が風でふわっとなびいてた。
「手、めっちゃ赤くなってるよ。つめたくない?」
「……つめたくないもん」
思わずそう言ったけど、ほんとはつめたかった。かじかんで、ぜんぜん感覚もなかった。
「うそ。めっちゃ寒そう」
その子は、僕の前にしゃがんで、にこって笑った。
それから、自分のマフラーを首からするっと外して――僕の首に、ふわって巻いた。
「え…? え? …それ君の――」
「いいよ。貸してあげる。ていうか、あげる」
「…なんで?」
「だって、すっごく寒そうだったから」
そう言って、その子は立ち上がった。
僕の手からスーパーの袋をひょいっと取って、「お家、どっち?」って聞いてきた。
「あ、あっち…」
「じゃ、そこまで一緒にいくよ。ひとりだとあぶないよ」
僕はよく分からないまま頷いた。
その子は、歩くとき僕のすこし前を歩いてくれた。
道の真ん中じゃなくて、雪の少ないとこを探して、僕が滑らないように何回も振り返ってくれた。
「なまえ、なんていうの?」
「……さぶかわ」
「ふーん、さぶかわくん? さむそうな名前だね」
ちょっとムッとしたけど、その子は悪気なさそうだった。
「きみは?」
僕の名前を教えたんだ、彼からも名前を聞けると思って言った。
「ぼくは……ないしょ」
「え?」
「ほんとは言ってもいいけど、でも、また会えるといいなって思ってるから」
「……?」
「だから、マフラー。目印ね」
その子はにこって笑った。
その笑顔を見たとき、なんだか心がぽかぽかしてきて、胸がじーんとなった。
「じゃあね」
スーパーの袋を僕に渡すと、その子はくるっと背中を向けて歩いて行った。
雪がどんどん降ってきて、気づけば姿が見えなくなってた。
「……マフラーをくれた、あの人」
僕は今でも、あのときのことを忘れてない。
声も、顔も、ぜんぶあやふやになってきたけど、
あの声と、マフラーのぬくもりだけは――ちゃんと覚えてる。
寒い冬の日。
小学3年生の僕に、やさしくしてくれた、“あの人”。
「また、会えるのかな…」
教室で机に突っ伏しながら、
夏なのにひんやりする体の奥で、僕はそっと願っていた。