テラーノベル
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カレンは小食だ。
もっと食べて欲しいのだが、貴族でありながらこれまでお腹いっぱいになるまで食べるという習慣が無かったのか、いつもほどほどの所で食べるのを止めてしまう。
同じ年頃の子供よりも小柄で、華奢な体つき。
肉付きの薄いほっそりとした身体は、実年齢よりも幼い印象を与える。
もっと食べて欲しいと思いはするのだが、無理強いも出来ない。
どうやら、彼女には「残してはいけない」という先入観があるようだ。
貴族の食事などと言うものは、やたらと大量に並べて、全てに少しずつ手を付けて後は残すという印象が有る。
やはり、カレンは異端だ。貴族らしい暮らしをさせてもらえなかったというのが大きいのだろう。
当然、そんな食事風景を庶民が見たら反発は免れない。貴族社会を出て平民、冒険者の娘として暮らして行くならば、カレンの価値観は有難い物だとも言える。
とは言え、彼女の親として生きていくことを決めたからには、やはり心配だ。
子供には大きく成長して欲しい。
せめて、同年代の子供と並ぶくらいには。
奇妙な縁で同行することになった商人にも、息子が居る。
おそらく、年だけならばカレンの方が上なのだろう。だが、どう見ても同い年くらいにしか見えない。
それだけカレンが幼く見えるということだ。
今もカレンは美味しそうな串焼きを前に、二本食べたいだろうに一本にするべきか悩んでいる。
「食べきれなかったら、お父さんが食べるよ」
「お父さんはどれくらい食べるの?」
「……二本ずつくらい?」
本当は、カレンにもこれくらいは食べて欲しい。
とはいえ、この小さな身体では入るところも無いのだろう。
剣の修行と合わせ、少しずつ慣らしていけば良い。そう切に願う。
剣の修行だって、本来ならば彼女に危ないことはして欲しくは無いというのが本音だ。
だが、今のままでは冒険に出る時は一人で家に残すことになる。それも不安は大きい。
その上カレンに『グラディスさんと、ずっと一緒に居たいんです』なんて言われたら、断れる訳が無い。
「お待たせ、いらっしゃい。どれを何本焼きますか?」
ようやく注文の番が来て、屋台の店主が声をかけてくる。
懐から財布を取り出しながら、しばし考え、
「鳥串を四本、豚串は三……いや、こっちも四本で!」
「毎度あり~」
やはり、カレンの分をもう一本注文しておくことにした。
彼女が食べられなければ、俺が食べれば良いだけの話だ。
可愛い娘に、我慢させたくない。これは親としては当たり前の考えだろう。そう自分を納得させる。
財布から銅貨を取り出し、屋台の店主に手渡す。
焼き上がりを待っている間に、後方から奇妙な声が聞こえてきた。
「人攫いだぁ!」
「女の子と男の子が連れて行かれたぞ!!」
嫌な予感がして、後ろを振り返る。
カレンとレジナルドは――二人とも、居ない。
「おい、その人攫いはどっちに行った!?」
声を上げた男の肩を掴み、問い質す。
男は慌てた様子で、裏路地を指さした。
「あ、あっちの方に走って行ったが……」
「助かる」
「お、おい待っ――」
男の指さす路地めがけて、全力で走る。
誰だ、カレンを攫おうなんて奴は。
いつの間にか、デインズ家の追っ手がこの街にやって来ていたとでも言うのか。
あるいは、彼女はいまだ幼いが、その見た目は控えめに言っても絶世の美少女だ。よからぬ目的で攫おうとする輩が現れても、不思議は無い。
先ほどの賑やかな通りから一転、細い路地に入れば建物が影となり、薄暗さを感じる。
「くそっ」
行き違う馬車を避け、細い小道へと行き当たる。
人攫いを目撃し、俺より先に走り出し、追いかけていた男が肩で息をしていた。
「見失ったのか!?」
「あ、ああ……それが、おかしいんだよ。角を曲がったところで、急に姿が見えなくなって……」
「どの辺りだ、教えてくれ」
男に教わり、人攫いを見失った場所に向かう。
周囲の建物を調べてみたが、どこも中に人の気配は無い。
「カレン……」
ぽつりと呟けば、案内してきた男が心配そうにこちらを覗き込んでいることに気が付いた。
「すまない、俺が見失わなければ……」
「いや、そもそも俺が付いていながらこんなことになるなんてな」
がしがしと、髪を掻き毟る。
暢気に別のことを考えて、会計をする為とは言え、余所見をしていた俺が馬鹿だった。
片時も目を離さず、ずっと手を繋いでいるべきだったのだ。
せめて、国境を越えるまでは。
国境が近くなって、つい油断をしていた。
ここはまだアトキンズ王国の領土だ。王国貴族の影響の強い場所じゃないか。
「それにしても、どこに行ったのか……他に見かけたのって、さっきの馬車くらいだしなぁ」
男の言葉に、ハッと我に返る。
そうだ、先ほど一台の馬車とすれ違った。
周囲の建物に隠れている訳では無い、この先にも居ないとなったら、カレンを攫った男達はカレンとレジナルド共々あの馬車に身を隠した可能性が高い。
「その馬車の特徴を教えてくれ!!」
「特徴と言っても……」
俺が肩を掴んで揺さぶると、男は少し困惑気味の表情を浮かべた。
「違うと思うぞ。なにせ、自警団の馬車だったからなぁ」
「何――?」
「グラディスさん!! カレンさんとレジナルドが攫われたというのは、本当ですか?」
商談を終えたランドルが、俺の部屋を訪ねてきた。
おそらく、宿の主から話を聞いたのだろう。
「ああ……俺が付いていながら、申し訳ない」
「いえ、貴方が居て攫われてしまうなら、誰が居ても同じことだとは思いますが……あの、その格好は?」
まるでダンジョンにでも潜るような俺の出で立ちに、ランドルが不思議そうな声を上げる。
あながち間違ってはいない。厄介な依頼を受ける時には、いつもこれだけの装備を固めていた。
「ああ、そうだ。あんたに一つ、頼みがある」
「私に?」
俺の言葉に、ランドルが目を瞬かせた。
「別に構いませんが、二人を捜さなくてよろしいのでしょうか……」
「捜す為に、必要なことなんだ」
この街の自警団といえど、カレンに手を出すならば容赦はしない。
どうなるか、その身を以て知ってもらおう。
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千椛