フェネス ぬいぐるみ
街に出かけたフェネスは、小さな店のショーウィンドウに目を奪われた。
そこには沢山の玩具や人形が飾られていて、なんとも可愛らしい雰囲気だった。
しかし、1つだけ壁に凭れるように座っている、古ぼけたような色合いと片目のボタンが外れかかっている小さなテディベアがあった。
フェネスは1人だけ仲間外れの、淋しげな表情のぬいぐるみをどうしても連れて帰りたくなってしまった。
幸い、本屋に寄ろうと思っていたため財布には多めのお金が入っている。
フェネスは深呼吸してから店に入り、店主に寂しそうなクマを売ってくれるよう声を掛けた。
急ぎ足で屋敷に戻り、風呂の支度をする時間までに取れかかったボタンを付け直そうと2階に駆け上がる。
すると、ちょうどおやつを食べるために食堂へ行こうとしている主とばったり会った。
「あ、主様、こんにちは」
『へねしゅ!こーにちわぁ』
「よぉ。・・・ん?そのぬいぐるみ、どうしたんだ?」
ボスキはフェネスが抱えているぬいぐるみを不思議そうに観察している。
「えっと、街で見かけて・・・つい買っちゃった・・・」
「へぇ・・・なんかボロくねぇか?目が片方取れそうだしよぉ・・・」
「うん・・・でも、どうしても連れて帰りたくなっちゃって」
「へぇ・・・」
ボスキはそれ以上の興味を示さなかったが、トリコはじっとぬいぐるみを見つめていた。
『・・・へねしゅ、みしてぇ?』
頑張って背伸びしてもフェネスの持っているぬいぐるみがよく見えなかったトリコは、両手を上げて強請る。
「はい、どうぞ」
しゃがんでトリコにぬいぐるみを渡すと、トリコは嬉しそうに抱き上げて色々な角度から観察する。
『・・・かぁいぃねぇ〜』
「ふふ、お気に召しましたか?」
『うん!・・・んぅ・・・』
満面の笑みを浮かべていたトリコは急に悲しそうな顔をする。
「?どうしたんですか?」
『・・・ゔぅ〜・・・
・・・こぇ、へねしゅのらから、だぇなの・・・!』
トリコはそう叫ぶとフェネスにぬいぐるみを押し付け、ボスキの後ろに隠れてしまった。
「・・・これが、俺のだからダメ・・・?」
フェネスはトリコの言った言葉を反芻し、ぬいぐるみとトリコを見比べる。
「・・・主様、ぬいぐるみ欲しくなったのか」
ボスキがトリコの頭をポンポンしながら笑い出す。
「で、フェネスのだから取っちゃダメだと思った訳だ?」
『・・・むぅ』
欲しかったぬいぐるみを必死に我慢したというとにゲラゲラと笑われ、トリコは不満げにボスキを睨みつけた。
「ははっ、悪ぃ、悪ぃ・・・
・・・で、フェネス。そのぬいぐるみはどうするつもりだったんだ?
主様がこんだけ気に入ってるんなら譲ってやっても良いんじゃねぇか?」
「うん、これは主様にあげるよ。
なんだか寂しそうだったから、連れて帰りたくなっただけだし」
フェネスはボスキの魔導服の裾を掴んでいるトリコの横に膝をつき、ぬいぐるみを差し出した。
『・・・いーのぉ?』
「はい。仲良くしてあげてくださいね」
『うんっ!』
トリコはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、頬ずりする。
「・・・なんでこんなボロいぬいぐるみが気に入ったんだか・・・」
ボスキはファクトリーAIが作った新品同然のロボットさん人形や、もちもちのウサギのぬいぐるみもあるのに、と首を傾げる。
そんなボスキにトリコはぬいぐるみを掲げて見せる。
『いっしょ。ね?』
「一緒・・・?」
ボスキはまじまじとぬいぐるみを見つめる。
「・・・あ、もしかして、その子も右目をケガしてるから?」
フェネスは合点がいった、という様子で頷いた。
『うん!』
トリコも言いたいことが伝わったため、満足気に頷いた。
「あぁ・・・なるほどな・・・」
ボスキもようやく納得したように頷いた。
それからトリコのキノコが生えている右目を見て、片手でキノコを隠してみる。
『?』
不思議そうにこちらを見てくるトリコは、右目のキノコが無いだけで大分印象が変わる。
可愛らしいのは変わらないが痛々しさが減るため、純粋に愛らしい顔に見えた。
「・・・主様、俺とお揃いにするか?」
右目を隠されたままそう問いかけられたトリコはボスキの仮面に視線をやり、嬉しそうに笑った。
『ぼしゅき、トリコ、このこ、いっしょ、する!』
「はは、そうだな、ソイツの分も作ってもらおうな」
ボスキは義手でトリコの頭を撫でてやった。
「じゃあ、俺は荷物置いたらお風呂の掃除に行くから」
「あぁ。・・・やべぇ、おやつの時間過ぎてやがる・・・」
『おやちゅ!!』
フェネスの言葉におやつのことを思い出したボスキとトリコは急いで階段を下りていった。
フェネスは自分の左目に着けているモノクルを外してじっと見つめる。
「仮面とモノクルだと・・・くどいかなぁ・・・
でも、ボスキだけお揃いなんてズルいよね・・・
・・・あ、蝶のヘアピン!スペアがあったよね・・・あれを主様にあげて、似たような蝶ネクタイをくまにあげて・・・うん、そうしよう!」
フェネスは早速部屋からスペアのヘアピンを探し出し、ポケットに忍ばせた。
風呂上がりのツヤツヤでサラサラな前髪を留めて同僚に見せつけてやろう、と柄にもなく悪戯を計画するのだった。
その後、くまとトリコは可愛い仮面やヴェールを着けるようになり、執事たちは自分が贈ったものを身に着けてくれていることを大変喜び、着用回数や着用頻度で競い合うようになるのだった。
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