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## 聖母の糸、あるいは創世の産声
エドワード・ヒューストンは、高名な科学者である前に、一人の夫であった。
最愛の妻エレノアを蝕む不治の病。
日々衰えていく彼女の肉体を前に、彼は「人間という構造の脆弱さ」に絶望する。
「肉体が脆い繊維でできているから、病に負けるのだ。ならば、決して朽ちない**『鋼の繊維』**で彼女を編み直せばいい」
その狂気的な発想から、ウイルス「ジェネストリエーション」の研究は始まった。
地下の研究室で、彼は孤独な実験を繰り返す。
ノートには、理性を保とうとする科学者の筆跡でこう記されていた。
**「検体0082 、ウイルスを投与してから7日以上経過した。検体の状態は良好である。筋力の一時的な低下が見受けられたが、一時的な副作用に過ぎないだろう。その後、検体の筋繊維は肉体の内部で強靱な繊維へと変質した。研究は順調に進んでいる。エレノア、待っていてくれ。必ず私が彼女を病から……」**
その夜、研究室には異様な音が満ちていた。
拘束された検体の肉体から、骨を砕き、肉を引き千切るような**「悲鳴に近い軋み音」**が響き渡る。
ガス灯の微かな光の中で、検体の皮膚の下を這い回る「条線(ストリエーション)」が、不気味に、そして美しくのたうち回る。
エドワードは恐怖に震えながらも、その変異から目を離せなかった。
やがて、その凄まじい軋み音が**ピタリと止まった。
**
訪れたのは、耳が痛くなるほどの静寂。
ガス灯がジリジリと鳴る音だけが響く中、検体はもはや「人間」ではない、強靭で均整の取れた「新生命」へと昇華していた。
その姿に、彼は恐怖ではなく、神々しさすら感じてしまった。
その瞬間、研究ノートの文字は**「彼女を病から……」という言葉の先で、激しい飛沫血痕によって途絶えた。
** 科学者エドワードは死に、支配者エドワードが誕生した瞬間だった。
彼はついにエレノアにウイルスを捧げた。
ロンドンの象徴であるウェストミンスター寺院を占拠し、そこを「再構築」の聖域とした。
彼にとって、崩壊し、ストリエイター(感染者)で溢れかえる街は、もはや地獄ではない。
それは愛する妻を、そして世界を、不滅の繊維で「編み直す」ための巨大な織機に過ぎなかった。
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