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第322話 二度目の搬送
【現実世界/警察関連施設・臨時合同分析室】
旧再生医療研究施設から回収された資料は、その日のうちに分析室へ運び込まれた。
紙の保守記録。
生命維持装置の動作ログ。
施設周辺の道路記録。
そして。
榊原梓の身体が搬出されたと考えられる深夜の医療搬送車。
日下部は、壁一面の画面へ一台の車両を表示した。
「これです」
木崎が見る。
白い大型車両。
外見だけなら救急搬送車にも見えるが、赤色灯も医療機関名もない。
「ナンバーは?」
「当時は登録されています。ただし所有者が面倒です」
画面が切り替わる。
《東湾医療輸送株式会社》
木崎が眉を寄せた。
「聞いたことねえな」
「実体がほとんどない会社です。登記上は医療機器と生体試料の輸送。従業員三名」
「三人で大型搬送車持ってんのか」
「しかも、その三人のうち二人は別会社との兼任です」
城ヶ峰が聞く。
「その別会社は?」
「以前出てきた資産管理会社と繋がっています」
日下部が組織図を出した。
旧再生医療研究施設を所有していた会社。
その親会社。
さらに別の資産管理会社。
そして医療輸送会社。
線を辿ると
何度も会社名が変わる。
だが最終的には
同じ人物。
同じ住所。
同じ会計事務所へ戻ってくる。
木崎が言った。
「隠す気満々だな」
「はい」
「クロスゲートとは?」
「直接の出資関係は見つかってません」
日下部が一度止める。
「ただし」
別の資料。
「設立直後に、この輸送会社へ大きな資金が入っています」
「どこから」
「海外法人」
城ヶ峰の目が細くなる。
「その海外法人は?」
「消滅済みです」
木崎が舌打ちした。
「綺麗に切ってやがる」
◆ ◆ ◆
車両の追跡は防犯カメラだけでは難しかった。
施設を出たのは
午前二時二十三分。
すぐに湾岸道路へ。
そこから何度かカメラに映る。
だが約四十分後。
車両は一度記録から消えた。
日下部が地図へ線を引く。
「この区間です」
工業地帯から古い物流地区へ。
複数の倉庫。
閉鎖された工場。
研究施設。
木崎が画面を見る。
「カメラがねえのか」
「少ないです。しかも当時は一部故障してます」
城ヶ峰が聞く。
「その後は?」
「一時間二十分後に別の道路で再確認」
新しい点。
「ここ」
地図上
消えた場所からかなり離れている。
木崎が眉を寄せる。
「遠回りしてるな」
「はい。普通なら二十分ほどで行ける距離です」
「途中で止まった」
「可能性が高いです」
「どこに」
「そこを調べてます」
日下部は消失区間にある施設を並べた。
七十二件。
そこから夜間搬入可能。
大型車両進入可能。
地下設備あり。
条件を重ねる。
二十六件。
さらに。
医療設備。
低温設備。
生命維持設備。
十一件。
木崎がため息をつく。
「また多いな」
「でも前より絞れます」
「どうやって」
「車両重量」
木崎が見る。
日下部が高速道路側の記録を開く。
「この車、施設を出た直後と、再確認された時で重量が違います」
城ヶ峰がすぐ反応した。
「どのくらい」
「約百八十キロ軽くなってます」
木崎の顔が変わる。
「人一人じゃ重すぎるな」
「はい」
成人女性一人。
生命維持用カプセルの簡易搬送ユニット。
酸素。
保存装置。
それらを含めれば
百数十キロ。
十分あり得る。
城ヶ峰が低く言った。
「途中で降ろした」
日下部が頷く。
「可能性が高いです」
つまり
梓の身体は車両の最終目的地まで運ばれたとは限らない。
途中
記録が消えた区間で別の場所へ移された。
◆ ◆ ◆
「待て」
木崎が地図を見る。
「だったら、この車は何のためにその後も走った」
日下部が答える。
「囮」
城ヶ峰も同じ結論へ辿り着く。
「車両を追われた時に、別の場所へ向かったように見せるためか」
「おそらく」
木崎が腕を組む。
「そこまでして隠す相手は誰だ」
日下部は答えない。
だが。
三人とも候補は浮かんでいた。
雲賀匠。
榊原梓の行方を追っていた人物。
そして。
カシウス側の研究を探っていた人間。
城ヶ峰が言った。
「白峰に確認する」
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深部】
白峰律は
現実側から送られた搬送記録を見ていた。
《旧再生医療研究施設》
《搬出時刻・午前二時二十三分》
《搬送車両・東湾医療輸送》
《途中区間・約四十分記録欠落》
《再確認時・車両重量約百八十キロ減少》
白峰の顔から血の気が引いた。
「……知らない」
カシウスは
少し離れた場所にいた。
白峰がもう一度言う。
「私は、これは知らない」
カシウスは答えない。
「私が榊原さんの身体をあなたへ預けた時、移送先は一度だけだと聞いた」
「必要に応じて変更することはある」
「それを私に伝えずに?」
カシウスが白峰を見る。
「伝える必要がなかった」
白峰の表情が変わる。
「必要がなかった?」
「保存場所を知る者は少ない方がいい」
「私は本人をあなたへ預けた人間です」
「だからだ」
白峰が黙る。
カシウスは静かに続けた。
「あなたが知れば、雲賀匠へ辿られる可能性があった」
白峰の目が細くなる。
「私が匠に話すと?」
「意図して話さなくても、追われる」
「だから私にも教えなかった」
「ああ」
白峰は
しばらく何も言わなかった。
榊原梓の光が二人の会話を聞くように
僅かに揺れている。
白峰がゆっくり口を開いた。
「あなたは」
声は静かだった。
「榊原さんの身体を何だと思っているんです」
カシウスは答えない。
「研究資料ですか」
「保存対象ですか」
「交換可能な器ですか」
「身体は身体だ」
「違う」
白峰は即座に返した。
「榊原梓さんの身体です」
深部が静かになる。
「どこへ置くか」
「誰に触らせるか」
「何に使うか」
白峰はカシウスから目を逸らさない。
「それを決める権利は、あなたにはない」
カシウスが言う。
「意識は身体から離れていた」
「だから何です」
「本人は身体を認識できない状態だった」
「認識できなければ、他人が決めていい?」
カシウスは答えない。
白峰の声が少し低くなる。
「私はそれをやった」
榊原梓を実験へ参加させた。
危険を十分に伝えなかった。
帰還できない可能性を隠した。
そして。
身体を保存し。
本人の意思を聞かず。
他人へ預けた。
「だから分かる」
一度息を吸う。
「それは保護じゃない」
梓の光を見る。
「本人から、選ぶ権利を奪っているだけです」
◆ ◆ ◆
現実側から新しい質問が届いた。
《二度目の搬送先を知っているか》
白峰はすぐ答えた。
「知りません」
そしてカシウスを見る。
「あなたは?」
数秒。
返事はない。
白峰が目を細める。
「知っているんですね」
「現在位置までは知らない」
初めてカシウスが答えた。
白峰が反応する。
「現在位置?」
言葉が引っかかった。
「では、二度目の移送先は知っている」
カシウスは黙る。
白峰がさらに詰める。
「そこから、また動かしたんですか」
沈黙。
榊原梓の光が強く揺れた。
白峰の表情が変わる。
「何回動かした」
返事はない。
「カシウス」
今度は明確な怒り。
「榊原さんの身体を、何回動かしたんです」
カシウスはしばらくして。
「必要な回数だけだ」
白峰が目を閉じた。
それは。
答えになっていなかった。
同時に。
十分な答えでもあった。
◆ ◆ ◆
【現実世界/警察関連施設・臨時合同分析室】
白峰からの回答が届いた。
《二度目の搬送先・不明》
《カシウスは移送実施を認める》
《複数回移送の可能性あり》
木崎が画面を見る。
「何回だよ」
日下部が首を振る。
「分かりません」
城ヶ峰が言った。
「まず二度目を追う」
「そこからまた先ですね」
「ああ」
日下部は
搬送車両が消えた区間の十一施設を再び開いた。
一つずつ。
過去の設備。
所有者。
電力。
搬入口。
医療関連記録。
照合する。
十分。
二十分。
三十分。
そして。
一件。
日下部の手が止まった。
「……これ」
木崎が近づく。
「何だ」
「この施設」
表示されたのは
古い研究倉庫だった。
現在は別会社の保管施設。
地下あり。
大型車搬入可能。
そして。
搬送が行われた夜。
午前二時五十一分。
電力使用量が一時的に跳ね上がっている。
城ヶ峰が見る。
「何を動かした電力だ」
「地下の医療設備」
「今もある?」
「施設資料では撤去済みです」
木崎が言う。
「また書類だけか」
「可能性はあります」
日下部はさらに調べる。
その時。
別の記録が出た。
施設から排出された
医療廃棄物。
搬送日の翌日。
通常より多い。
使用済み輸液。
生体保存剤。
血液の付着した医療資材。
そして。
一つ。
日下部が画面を止めた。
「これ……」
城ヶ峰が見る。
《識別番号不明》
《女性用身体固定具》
木崎の顔が変わる。
「梓か」
日下部はすぐには頷かなかった。
「分かりません」
「何でだ」
「サイズが違う」
城ヶ峰が目を細める。
榊原梓の身体記録と固定具のサイズ。
一致しない。
明らかに別人。
「じゃあ」
木崎が言う。
「そこにいたのは、梓だけじゃない?」
誰も答えなかった。
日下部はさらに記録を開く。
その地下施設には榊原梓とは別に。
もう一人。
女性の身体が置かれていた可能性がある。
コメント
1件
橘靖竜さん、第322話読みました……。 この話、重かったです。搬送車の重量差から“途中で降ろした”って推理、鳥肌が立ちました。でもそれ以上に、白峰さんがあの場でカシウスに「本人から選ぶ権利を奪っている」って言い返したところ、心に刺さりました。自分も同じことをしたって認めた上での言葉だから、すごく重みがある。 そして最後の“もう一人”の女性……。梓ちゃんだけじゃないって、ここからまた何かが動き出しそうで怖いです。続き、静かに待ってます。