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第323話 もう一人の身体
【現実世界/湾岸地区・旧研究倉庫】
建物は、倉庫と呼ぶには妙に窓が少なかった。
灰色の外壁。
大型車両がそのまま入れる搬入口。
敷地の周囲には高いフェンスが巡らされ、正面には現在の管理会社名が小さく掲げられている。
表向きの用途は、研究機材と医療関連物資の保管。
だが榊原梓が最初の施設から運び出された夜、この建物では午前二時台に地下設備の電力使用量が急上昇していた。
さらに翌日。
通常より多い医療廃棄物が出ている。
木崎は搬入口を見上げた。
「二度目も、こんな場所か」
城ヶ峰が横で答える。
「人を隠すなら、病院より都合がいい」
「人がいても不自然じゃねえ病院の方が隠しやすくないか?」
「記録が残る」
日下部が端末を見ながら会話へ入った。
「患者登録、診療記録、薬剤管理、医師、看護師。普通の医療機関ほど関わる人間が増えます」
木崎が鼻で息を吐く。
「なるほど。だったら最初から病院じゃない場所に、病院の設備だけ置けばいいってことか」
「そういうことです」
捜索班が入口を開ける。
三人も建物へ入った。
◆ ◆ ◆
地上階は、本当に倉庫だった。
箱詰めされた旧式の研究機器。
棚へ積まれた未使用の部品。
期限切れの医療資材。
埃の量から見ても、普段ほとんど人は入っていない。
問題は地下。
古い施設図面では。
搬入口の奥に、大型貨物用エレベーターがある。
現在の管理図では。
地下へ降りる機能は削除されていることになっていた。
だがエレベーターの操作盤を外すと
地下階の配線が残っていた。
木崎が言う。
「またこれか」
日下部が答える。
「書類では存在しない地下」
「こいつら、同じやり方好きだな」
城ヶ峰は操作盤を見る。
「同じ人間が管理していたなら、やり方が似るのも当然だ」
捜索班が外部電源を接続する。
低い音。
長く止まっていたはずのエレベーターが動き始めた。
表示に。
《B1》
一つだけ現れた。
◆ ◆ ◆
地下は
前の施設より狭かった。
長い廊下。
左右に四つの部屋。
奥に機械室。
電源の大半は落ちている。
だが壁には医療用ガスの配管が残っていた。
一つ目の部屋。
空。
二つ目。
古い医療機器。
上野文
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#シェイプシフター
柊遊馬
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#白い結婚
夕凪ゆな
413
三つ目。
城ヶ峰が足を止めた。
床に長方形の跡。
大型の設備を置いていた痕だった。
日下部がしゃがむ。
「固定ボルトが八本」
「カプセルか?」
木崎が聞く。
「大きさは近いです」
だが装置は撤去されている。
残っているのは
床へ埋め込まれた電源端子。
液体循環用の接続口。
酸素配管。
それだけ。
城ヶ峰が周囲を見る。
「梓を一時的にここへ置いた?」
日下部が端末を出す。
「時刻だけなら合います。最初の施設から搬出されたあと、この施設の地下設備が動いた」
木崎が聞く。
「どれくらいの時間だ」
「最初の急上昇から、約七時間」
「七時間?」
「その後も低い電力使用は続いています。ただ、生命維持装置をフル稼働していたような消費ではありません」
城ヶ峰が眉を寄せる。
「一晩だけ繋いだ可能性があるな」
「あります」
ただ、それだけなら
以前見つかった女性用固定具が説明できない。
榊原梓の身体寸法とは一致していない。
木崎が聞く。
「もう一人はどこだ」
その時。
奥の鑑識員が呼んだ。
「こちらを見てもらえますか」
◆ ◆ ◆
四つ目の部屋。
壁際に古い保管棚が残っていた。
電子記録ではない。
紙。
金属製のファイル。
そして。
複数の識別札。
ほとんどは番号だけ。
名前はない。
日下部が一枚ずつ確認する。
《保管対象 04》
《保管対象 07》
《保管対象 11》
木崎が顔をしかめた。
「人間か?」
「まだ分かりません」
しかし
次の資料で意味が変わった。
《対象 07》
《成人男性》
《生命反応・あり》
次。
《対象 11》
《成人女性》
《生命反応・なし》
城ヶ峰が資料を取る。
「生命反応なし?」
「死亡してるってことか」
木崎が言う。
日下部はさらに読む。
《意識反応・検出不能》
《胸部損傷・重度》
《保存処置継続》
《身元情報・削除》
三人の表情が変わった。
胸部。
重度損傷。
身元不明の女性。
木崎が低く言う。
「……待て」
城ヶ峰も
同じものを思い出していた。
以前。
地下の白色コア保管区画から回収された
二人の遺体。
男性。
そして
女性。
女性の遺体には。
胸部に大きな損傷が残っていた。
◆ ◆ ◆
日下部がすぐに照合資料を開いた。
警察で保管されている女性遺体の検視記録。
身長。
骨格。
推定年齢。
そして
胸部損傷の位置。
旧研究倉庫に残された記録と比較する。
「身長……近い」
木崎が画面を見る。
「固定具のサイズは?」
「合います」
「傷は?」
日下部の指が止まる。
記録には簡単な人体図がある。
胸部中央から
やや左。
大きな損傷。
遺体側の傷とほぼ同じ場所。
「……一致してます」
城ヶ峰が聞く。
「完全に?」
「まだ断定はできません。記録が粗いです」
日下部は別の欄を見る。
「でも、体格、性別、損傷部位。それと」
ページ下部。
《保存前処置》
そこに
古い管理番号。
木崎が聞く。
「遺体側に何か残ってないか」
「照合します」
検視写真。
衣服。
付着物。
採取物。
そして
女性遺体の背部から見つかった
ごく小さな金属片。
当初
医療器具の一部と考えられていたもの
刻まれていた番号。
日下部が拡大する。
旧記録の管理番号と一致した。
誰も。
すぐには言葉を出さなかった。
◆ ◆ ◆
木崎が最初に口を開いた。
「同じ女だな」
城ヶ峰が頷く。
「ほぼ間違いない」
「じゃあ何だ」
木崎は周囲を見る。
「梓を追ってたら、あの遺体の保管場所に出たってことか」
「少なくとも、この施設は両方に関わっている」
榊原梓。
意識だけが身体から離れたまま
生命維持されていた女性。
そして。
名前のない女性。
すでに死亡し
胸に大きな傷があり
意識反応もない状態でなぜか保存されていた。
日下部が資料を見直す。
「変ですね」
木崎が聞く。
「何が」
「生命反応なし。意識反応もなし」
「死体だからだろ」
「なら、どうして保存するんです?」
木崎が黙る。
普通なら。
死亡が確認された遺体を
何年も生命維持設備に近い施設で
特別な固定具を使い別の管理番号まで与えて
保存する理由はない。
城ヶ峰が言った。
「身体そのものに価値があった」
日下部が見る。
「研究用?」
「可能性はある」
だが、それなら
なぜ身元情報を削除する必要がある。
木崎が資料をめくる。
「名前がないだけじゃない」
一つの欄。
《過去記録・消去済》
さらに。
《由来情報・閲覧制限》
「誰だったかを隠してる」
城ヶ峰が言う。
「それも、意図的に」
◆ ◆ ◆
日下部は別の保管記録へ移った。
時系列。
対象11。
女性。
最初にこの施設へ運び込まれた時期。
榊原梓よりさらに前。
「梓さんより古い」
木崎が見る。
「どのくらい」
「正確な搬入日は消されています。でも、この記録が作られた時点で、すでに保管対象になっています」
城ヶ峰が聞く。
「クロスゲートの実験が本格化する前か?」
日下部が年代を重ねる。
「少なくとも、榊原梓の実験より前です」
空気が変わった。
梓より前。
つまり、カシウスたちは
榊原梓の身体を保存する以前から
身体を保管していた。
木崎が低く言った。
「梓だけじゃないのか」
誰も否定できなかった。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深部】
現実側から新しい情報が届いた。
《旧研究倉庫》
《成人女性遺体の旧保管記録を確認》
《胸部重度損傷》
《身元情報削除》
《既回収女性遺体との同一可能性・極めて高》
白峰律は
その情報を見つめていた。
「この女性を知っていますか」
カシウスへ聞く。
返事はない。
白峰の目が僅かに細くなる。
「知っているんですね」
カシウスは否定しない。
「名前は?」
沈黙。
「誰なんです」
カシウスはしばらくして。
「必要のない情報だ」
白峰の表情が変わった。
「人の名前が?」
「現在の目的とは関係ない」
「あなたにとっては、でしょう」
白峰は現実側から送られた記録を見る。
女性。
死亡。
胸部損傷。
身元削除。
保存。
「なぜ死んだ身体を保存したんです」
カシウスは答えない。
「榊原さんと同じ施設へ移した理由は?」
返事はない。
白峰が一歩だけ声を強める。
「この人に何をした」
カシウスの視線が初めて
記録へ向いた。
ほんの僅かそれだけだった。
だが。
白峰は見逃さなかった。
◆ ◆ ◆
【現実世界/旧研究倉庫】
日下部は女性の記録をさらに遡っていた。
削除された項目。
壊れたファイル。
読み取れない文字。
ほとんど残っていない。
それでも一つ。
完全には消えていない項目があった。
《搬入元》
文字の大半は欠けている。
だが最後の数文字。
日下部が拡大する。
木崎が覗く。
「何て書いてある」
「日本語じゃありません」
城ヶ峰も見る。
文字の形。
クロスゲート社の資料で何度も見てきた。
異世界側の記録文字。
日下部の表情が変わる。
「この女性……」
一度、息を呑む。
「現実世界の人じゃない可能性があります」
木崎が黙る。
榊原梓は現実から異世界へ意識だけを移された。
だが。
この女性は逆。
異世界側から
身体が現実へ運ばれていた可能性がある。
城ヶ峰が資料を見る。
「名前を探せ」
日下部が頷く。
「はい」
「削除前の記録がどこかに残ってるはずだ」
木崎が女性遺体の資料を見つめる。
胸部の大きな傷。
名前のない身体。
そして。
異世界から来た可能性。
「……誰なんだよ」
その答えは。
まだ。
どの記録にも残っていなかった。
コメント
1件
うわあああ新展開きたああ!!😭💥 梓さんより前に保存されてたってことはこの女性、最初からこっちの世界の人間じゃなかった可能性もあるってこと?!胸の傷も気になるし、カシウスが名前を言わなかったところとか「必要ない情報」って返したの、絶対知ってるやつじゃん…! 白峰さんが詰めたところよかったー! 続き早く読みたいです!!🔥✨