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Episode1 moto×若井
「…あの、」
びしっとしたスーツに不釣り合いな髪色。正直言って、普段の生活の中で積極的には関わりたくない人種だ。…陽キャには良い思い出がない。
だけど流石に僕だって一般的な倫理観くらい持ち合わせているので、ドタキャンするのは憚られた。
そして何より、今からまた別の相手を探すほどの気力は今の僕にはない。意を決して声をかけた。
「あっ!…もしかしてmotoさんですか?」
「はい。若井さんですよね?」
「そうです!えー…どうしよう、写真より全然可愛い」
…あーやっぱり苦手なタイプだ。テンションが高すぎる。作り笑顔でにこっとしてありがとうございますと流す。こういうタイプは口が上手いだけで、いたって単純なのでこれだけで簡単に騙されてくれる。
「あっ…すみません!俺デリカシーなかったですよね。」
「行きましょうか」
いかにも、という見え方をしないための配慮だろうか、少し距離をとって僕の先を歩いていく。
…まあ悪い人ではなさそうだな。
「motoさん、シャワー先どうぞ」
「えっ」
「え?」
「ああ…じゃあお言葉に甘えて。」
そうか。普通の人はちゃんと一つ一つ手順を踏むんだったなと思い出す。最近身体を交えた相手はみんな部屋に入るなり求めてきていたのでそれが当たり前のようになっていた。当然待ち合わせの時点で事前の準備も済ませてある。
「motoさん、…いや、やっぱり何でもないです。」
「なんですか?何かあるならはっきり言って」
「もしかしていつも、こういうとき…無理矢理されてきたり、した?」
んー…?無理矢理とは違う気がする。相手は早急に欲を満たしたいみたいだし、正直僕も”愛情”みたいな温かいものは特に求めていないから。
「別に。ないですよ、それは」
「え…でも」
「相手が喜ぶから。それだけ。」
若井さんが目をまんまるにして驚いた顔をしている。へー…こんな見た目して意外と初心だったりするの?笑
僕より少し身長の高い若井さんに合わせるように背伸びをする。ちぅっとわざと音を立ててキスをしながら、お腹の辺りから徐々に下に手を滑らせていく。
「ちょ…待ってください。俺今日仕事帰りでそのまま来たから。…シャワー浴びさせて。」
「だめ」
「…かわいい。…あ、…忘れてください、ごめんなさい。」
「んね、可愛いでしょ?僕」
「だから早く抱いて」
「流石にちょっと…」
渾身のあざとさ虚しく若井さんはお風呂場へ消えていった。何だろう、若井さんの優しさというか気遣いだろうとは思いつつも、僕に興奮してないのかな…とだんだん不安になってくる。
何気なく部屋を見回すとコンビニボックスにお酒が売っているのを見つけた。正直アルコールの味は苦手だ。だけど今は何もかも全てを流し込んで、飲み込んでしまいたかった。
ここ最近の寝不足や精神的な落ち込みのせいだろうか、いつもよりアルコールが回っている気がする。頭がぽわぽわする。
「お待たせしました、ってあれ?お酒飲んだんですね。」
「若井さん、遅い。」
「なーんでそんな可愛いことになってるんですか…?」
僕は着ていた服を脱ぎ捨ててそこら辺に置いてあったバスローブを身につけている。…とは言っても肩から簡単に羽織っているだけで前は既にはだけてしまっている。
「誘ってるんですか?」
耳元でぼそっと囁かれる。
誘ってるに決まってる。何のために来たと思ってるんだなんてツッコミをしようとしたのに正直今はそれどころではない。
ぐわっと血液が沸騰するような感覚がして身体中が熱い。体温が上昇していく。
「ふはっ顔真っ赤」
「余裕そうにしてましたけど意外と可愛いところあるんですね」
「うるさい。もういいからはやくしてよ」
「はいはい分かりましたよ。」
思っていたよりも強い力でベッドに縫い付けられる。紐をするりとほどいた思えばぽいっと投げられた。僕はあっという間に生まれたままの姿となった。
「いつもそうやって男たぶらかしてるんだ?」
若井さんが僕の胸の飾りをくるくると触る。急な刺激に思わず声が溢れてしまう。
「んあっ、ぅ…」
「…ねぇ、これって」
気持ちよさに浸っていたのに、急に手の動きが止まりある一点をすぅと撫でられる。何?と思いそこに目を移す。……ああ。
「見ての通りです」
「…彼氏?」
「いないです」
「そっか」
「てことは俺みたいにアプリで会った人?」
「…そうですけど」
若井さんが言っているのは僕の脇腹に咲いたキスマークのことで、薄れてはいるがまだばっちりと見えてしまっている。…犯人は2週間ほど前のアイツだろう。とにかく力が強くて自分よがりで何もかもが激しかった。
「許可したの?」
「…は?」
真意が掴めない。どういうこと?
「……ごめん、俺に関係ないよね」
「今のは忘れてください」
何!なんなの?
他の男の気配纏ったまま来るなよってこと?このアプリでやってる時点で無理だろそんなこと。
「一応聞くけど、なんで?」
「…いや、何でもないです。大丈夫」
僕の疑問には全く答えずに再び全身を手で弄ばれる。徐々に身体の熱が高まってきた。身を捩るが若井さんは逃してくれない。中心はだんだん硬さを増している。
「…ふっ、んぅ…ん」
「かわい、…てかデカ……」
「っ、うるさ、っ…」
「…もう、いい?」
「いい、から…はやく」
…正直そこからの記憶は薄れていて定かではない。普段はあまり飲まないお酒なんか飲んだせいだろう。覚えているのは僕の気持ちいい場所をひたすらに攻め続ける若井さんの苦しげな表情と首元にチクりと感じた痛みだけだった。
目が覚めると若井さんの腕の中にいた。腰が重く、声が上手く出せない。布団こそ乱れているものの僕はきちんとバスローブを纏っていた。
がっちりとホールドされていて抜け出すこともできず、そのまま物思いにふける。…こんなに気持ちよく寝られたのはいつぶりだろう。不本意だけど、本当に不本意なのだけれどすごく、、良かった。基本的にずっと僕を気遣ってくれていて、今までの奴らなんかとはまるで違う。
というか、こうやって朝が来るまで一緒にいることがまずない。そのせいかこの後若井さんが目覚めたら、どんな風に顔を合わせていいのか分からない。どうしよ…
「あ、…おはよ」
「…お、おはようございます。」
「……ごめん、完全に無意識」
僕にぎゅーっとまわされた腕が解かれる。離れていく温もりが一夜の間忘れていたはずの寂しさを思い出させる。
「、、もとき…さん」
え、今何て…名前…若井さんに言ったっけ?これやばいやつ…?もしかして荷物とか漁られた?
「え…と僕、名前言いました?」
「…あ、いや…あの…」
昨夜の全てが嘘みたいに歯切れが悪い。
「…音楽、いつも聴いてます」
若井さんの口から発された言葉に、頭を殴られたかのような衝撃をうけた。
「なんで…」
「声聞いてピンときて。名前も似てたし、もしかしたらそうかな…って」
実は僕は、自分で作った音楽を自分で歌ってとある動画サイトにアップしている。名義は、”motoki”。ちょっと安直だったかなー。とは言っても再生数は全然伸びていないし、コメントなんて以ての外だ。
「…もときさん、無理なお願いしてもいいですか?嫌だったら断ってもらっていいので。 」
「なんですか?」
「また会ってくれませんか。」
うわ…またか。幾度となく断ってきたそのセリフ。だけど、僕を100%気遣ってくれたあの姿勢と僕の活動を知ってくれているという嬉しさが思考にまとわりつく。何となく今まで通りの断り文句を口にするのは憚られた。
「…いいよ」
「え」
「…そのかわり、曲の感想聞かせて」
瞬く間に若井さんの目がきらきらと輝く。かっこいいなーとか可愛いなーとか、僕らしくない感想しか浮かんでこない。
「夢みたい」
「…自惚れだったら恥ずかしいんだけどさ、…そんなに好きなの?僕のこと」
「うん。好き。曲聴いてる時から凄い才能だな、声好きだなとか思ってたけど昨日のもときさん可愛すぎてほんとに…」
「うぁ…っ」
自分から聞いておいて、目を見て真っ直ぐ伝えられると死ぬほど恥ずかしくなってくる。
もう戻れない
数少ない僕の連絡先が一つ増えた。