テラーノベル
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月明かりが、白い石床に淡く落ちていた。
軟禁という名の“保護”を受ける塔の一室。窓は高く、外へ通じる扉には重い錠。けれど、この部屋にはひとりだけ、自由に出入りできる者がいる。
__エドワルド。
告白の言葉を口にしたあの夜から、彼は明らかに距離を置いていた。
「好きです、エドワルド」
確かに、そう言った。震える声だったが、後悔はない。
けれど。
「……私はただの剣です」
冷たい声が、胸の奥にまだ刺さっている。
その夜も、彼は扉の前に立ち、無表情で報告を終えると踵を返そうとした。
「待って」
リリアーナは立ち上がる。
白い寝間着の裾が揺れ、長い金髪が肩からこぼれ落ちる。
「わたくしの気持ちは、変わりません」
エドワルドの背が、わずかに強張った。
「おやめください」
「どうしてですの?」
彼は振り返らない。
「……私は、あなたを守るための剣です。剣に、心は不要」
「そんなことありません」
リリアーナはゆっくりと歩み寄る。石床に響く足音が、やけに大きく聞こえる。
「あなたは剣ではなく、人です。わたくしの騎士で、わたくしの……」
言葉が詰まる。
王女として育てられた。国のために笑い、国のために泣くことはできる。だが、自分の恋心をまっすぐ伝えるのは、こんなにも難しい。
それでも、逃げない。
「大切な人です」
沈黙が落ちた。
エドワルドの拳が、白くなるほど握りしめられているのが見える。
「……身分が違います」
「それが、何だというのです」
「あなたは王女。いずれ隣国の王妃となるお方。私はただの平民上がりの騎士です」
「わたくしの未来を、勝手に決めないで」
強い声が、部屋に響く。
エドワルドが、ゆっくりと振り向いた。
鋭い灰色の瞳。その奥に、必死に抑え込んだ感情が揺れている。
「……私は、あなたに触れる資格などありません」
その言葉に、胸が締め付けられる。
ならば。
「剣ならば、わたくしのために振るって」
彼の目が、見開かれる。
「わたくしが望むのは、国のためだけではありません。わたくし自身のためにも、あなたにそばにいてほしいのです」
一歩、また一歩。
気づけば、二人の距離はあとわずか。
「わたくしは、あなたに守られるだけの姫ではありません」
そっと、彼の胸元に手を伸ばす。
鎧越しではない、今は軽装の制服。指先に伝わる、確かな体温。
エドワルドの呼吸が乱れる。
「……リリアーナ様」
初めて、名前で呼ばれた。
それだけで、心臓が跳ね上がる。
「お願いです。わたくしを拒まないで」
見上げると、彼の顔はすぐそこにあった。
普段は冷静な騎士の瞳が、今は揺れている。
「私は……」
彼の手が、ゆっくりと持ち上がる。
触れないはずのその手が、迷うように宙をさまよい__
次の瞬間。
強く、抱き寄せられた。
息が止まる。
胸板に押し付けられ、彼の心臓の音が直接伝わってくる。早い。自分と同じくらい。
「……これ以上、近づけば」
低く、掠れた声。
「私は、騎士でいられなくなる」
「構いません」
即答だった。
エドワルドの腕に、さらに力がこもる。
彼の顎が、リリアーナの髪に触れた。
ほんの一瞬。
唇が、額に落ちそうな距離まで近づく。
__だが。
コツン、と扉の向こうで足音がした。
エドワルドは弾かれたように離れる。
理性が戻った瞳。
「……失礼します」
距離が、再び生まれる。
けれど。
さきほどまで確かに感じたぬくもりは、嘘ではない。
扉の前で、彼は一度だけ振り返った。
「あなたを守ります。何があっても」
それは、騎士としての誓い。
けれどその声には、確かに別の感情が混じっていた。
扉が閉まる。
静まり返った部屋で、リリアーナは自分の胸に手を当てた。
「……一瞬でも、ゼロになりましたわ」
頬が熱い。
拒絶されたはずなのに、希望が芽生えている。
禁じられた想い。
それでも、もう止められない。
その頃、城の別室では__
柔らかな笑みを浮かべた隣国の王子が、静かに報告を受けていた。
「なるほど……」
細い指で、ワイングラスを回す。
「姫と騎士、か」
月明かりが、その瞳に宿る冷たい光を照らした。
「面白い」
次なる波乱が、静かに動き始めていた。
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