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第五話「近い」
パチッ。
部屋の電気がつく。
「……やっぱ顔色悪い」
山本美憂が、少し眉を寄せて言った。
「だから気のせいだって」
高橋佳は、なるべく自然に返す。
(頼む、引いてくれ)
でも——
「気のせいじゃない」
はっきりとした声。
そのまま、ベッドのそばまで歩いてくる。
「ちょっと見せて」
「いや、いいって」
「よくない」
距離が近づく。
手が伸びてきて——
額に触れる。
「……ちょっと冷たい」
「熱ねぇよ」
「そういう問題じゃないの」
真剣な顔。
いつもの軽さがない。
(……バレたか?)
一瞬、背筋が冷える。
でも——
「……なんか、弱ってる感じする」
ぽつりと呟く。
(……そこまでか)
まだ、“決定的”じゃない。
なら——
「ちょっと疲れてるだけだって」
少しだけ力を抜いて言う。
「最近寝れてなかったし」
半分、本当。
半分、嘘。
「……ほんとに?」
「ほんと」
少し間。
美憂はじっと見つめてきて——
「……じゃあ」
小さく息を吐いた。
「今日はちゃんと寝なよ」
「寝るって」
「ちゃんと、だよ」
「はいはい」
それで終わると思った。
でも——
「……ねぇ」
「ん?」
「今日さ」
一瞬、言いづらそうにして。
「……一緒に寝てもいい?」
「は?」
思わず、間抜けな声が出た。
「いや、だから!」
顔を赤くしながら、少し声を荒げる。
「なんか心配だし!一人だと変なこと考えそうだし!」
「いやそれはお前だろ」
「うるさい!」
枕を軽く投げてくる。
それを受け取りながら——
(……マジかよ)
状況が理解できない。
「ダメ?」
少しだけ小さな声。
さっきまでと違う、弱いトーン。
「……別に、いいけど」
気づいたら、そう答えていた。
「ほんと?」
「おう」
「……じゃあ失礼します」
そっと、ベッドに入ってくる。
⸻
距離が、近い。
思ってた以上に。
「……せま」
「文句言うな」
「佳がでかいの」
「俺のせいかよ」
そんなやり取りをしながらも——
体温が、すぐそばにある。
息遣いが、聞こえる距離。
(……やばい)
心臓がうるさい。
さっきまでの痛みとは、違う意味で。
「……佳」
「ん?」
「手、冷たい」
「そうか?」
「うん」
そっと、手を取られる。
そのまま——
ぎゅっと、握られる。
「……これであったかくなるでしょ」
「……まぁな」
短く答える。
でも内心は——
(無理だろ)
(これで落ち着けるわけねぇ)
⸻
「……ねぇ佳」
「ん?」
「今日さ、ほんとに楽しかった」
「……そうか」
「うん」
少し間。
静かな部屋。
「また行こうね」
昨日と同じ言葉。
でも、今はすぐ隣で聞こえる。
「……ああ」
少しだけ、声が柔らかくなる。
「また行こう」
「約束ね」
「約束」
そのやり取りが——
やけに重い。
⸻
しばらくして。
「……ねむ」
美憂が小さく呟く。
「寝ろよ」
「うん……」
握っていた手の力が、少しずつ抜けていく。
寝息が、静かに聞こえ始める。
「……」
佳は、天井を見つめたまま動けない。
(……あーあ)
こんな距離。
今までなかった。
(今さらだろ)
そう思いながらも——
胸が締め付けられる。
(離したくねぇな)
そのまま、そっと手を握り返す。
起こさないように、静かに。
(……もう少しだけ)
(このままでいさせてくれ)
⸻
隣で眠る美憂の寝顔。
無防備で、安心しきっている顔。
(……ほんと)
(信頼されてんだな、俺)
だからこそ。
(裏切ってるみてぇで嫌だな)
言ってないことが、多すぎる。
でも——
(今はいい)
(今だけは)
目を閉じる。
その温もりを、感じながら。
⸻
その夜。
二人の距離は、確かに縮まった。
でも——
“言葉”だけは、まだ届かないまま。