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『明日、君が僕を忘れるなら 』
視点変更多いと思います🙇🏻♀️🙇🏻♀️
朝、目が覚めたとき隣にいる柔の顔を見て、舜太は少しだけ考えた。「誰やったっけ」と思ったわけではない。そんなこと、思いたくもなかった。
ただ、寝起きの頭では、目の前の人が誰なのか理解をするまでに、ほんの少しだけ時間がかかった。
柔太朗。
俺の恋人で、毎日隣で眠っていて、少し寝癖が酷くて、朝の機嫌はあまり良くない人。
俺はやっとそこまで思い出して、息を吐いた。
「……じゅう」
小さく呼んでみるが 返事はない。
柔は布団に顔を半分埋めて、気持ちよさそうに眠っていた。少しだけ開いた口元を見て、俺は思わず笑ってしまった。
いつも通りの朝だった。 カーテンの隙間から光が差し込んで、遠くから工事の音が聞こえる。 テーブルの上には昨日飲んだペットボトルが置きっぱなしで、床には柔太朗が脱いだ靴下が片方だけ落ちている。
何も変わっていない。変わっていないはずなのに、こういう当たり前なことをひとつずつ確かめることが日課になっていた。
考えれば思い出せることもあれば、いくら考えても出てこないこともあった。
最初は、ただの物忘れだと思っていた。 疲れているだけ。寝不足なだけ。少し気が抜けているだけ。 そうやって理由をつけて、気にしないようにしてきた。
けれど最近は違った。
昨日まで確かに覚えていたことが、朝になると抜け落ちている。知っているはずの言葉が、喉まで出かかっているのに思い出せない。
誰かに気づかれるのが怖くてその度に、俺は笑って誤魔化した。
「…しゅん?」
不意に声がして顔を上げると、 柔太朗が目を開けていた。
「なにしてんの、こんなとこで」
「んー?なんもしてへんよ」
「こっち見てたでしょ」
「柔の寝顔見とったんさ」
「……気持ち悪い」
「うわー、柔ひど」
何度も繰り返してきた、何でもない朝の会話。 こうしていると、自分の中で何かが変わり始めていることなんて、嘘みたいだった。
「今日、何曜日かわかる?」
柔が布団から出ながら俺に尋ねてきた。
「金曜日……?」
「今日は火曜日」
「あ、そやったっけ笑」
舜太は笑って頬を掻いた。
「やば全然わからんかったわ笑」
「舜太最近曜日よく間違えるね」
「毎日一緒におると、曜日感覚なくなってまうねん」
「それ、前も言ってたよ」
柔はそう言いながら、キッチンへ向かった。 その背中を見送ってから、ゆっくりと自分の手を握った。
今日は火曜日。忘れないように、頭の中で何度も何度も繰り返す。
朝食を済ませ、柔が仕事へ出る準備をしている間、テーブルに置いたスマートフォンを手に取った。
画面には、見覚えのないメモが残っていた。 作成日時は昨日の夜。
『明日の朝、病院のことを話す』
「……病院?」
試しに声に出してみても、何のことなのか全くわからなかった。 最近、頭がぼんやりすることも、忘れっぽくなったことも全部自分が一番よくわかっていた。 けれど、病院へ行こうと決めた記憶はない。
誰かに勧められたのだろうか。 それとも、自分で心配になって書いたのだろうか。
「今日、帰り遅くなるから先にご飯食べてて」
柔の声に、俺は慌てて画面を閉じた。
「わかった。気をつけてな」
「舜もちゃんと食べてね」
柔は玄関で靴を履きながら、ふと思い出したように振り返った。
「そういえば、今日の夜、話したいことがあるんだけど」
心臓が、嫌な音を立てた。
「……話?」
「うん、帰ったら話すね」
「今じゃあかんの?」
「大したことじゃないよ。帰ってからでいい」
「……そっか」
「じゃあ行ってきます」
柔が行ってから俺は今日の曜日を確認した。また忘れてしまっていたから、カレンダーの端に『今日は火曜日。柔が教えてくれた』と書き込んだ。
いつか、柔太朗のことも、こうして書かなければ思い出せなくなるのだろうか。
声も、顔も、笑い方も。 好きになった理由も、一緒に過ごした時間も。 全部、文字に残さなければわからなくなってしまうのだろうか。
「……嫌やなあ」
誰もいない部屋、小さな声で呟いた。
まだ、大丈夫。 柔の顔はわかる。 声も、名前も、好きだという気持ちも、ちゃんとここにある。 だから、まだ大丈夫。 そう言い聞かせるように、何度も繰り返した。
その言葉が、いつまで自分を支えてくれるのかも知らないまま。
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コメント
1件
読了しました…。 冒頭の「誰やったっけ」と思いたくないのに、一瞬だけ時間がかかるって描写がもう、胸にきたよ。当たり前の朝をひとつひとつ確かめる日課になってるってとこ、すごく切なかったです。 柔くんが帰ったら話したいことあるって言ったときの心臓が嫌な音を立てる感じ、すごくリアルでドキドキした。自分で病院のメモ残してるのに、その記憶がないの、ほんとに怖いし…。 「まだ大丈夫」って繰り返すのも、その言葉がいつまで自分を支えてくれるのか分からないままっていう結び、とても好きです。続きが気になる…👍