夕刻のロビー。人の出入りが落ち着いた合間に、律はふと横を見やった。
華は予約票を持ちながら、何度も文字を目で追い、口の中で小さく復唱している。
「……ダブルルーム、三泊……お名前は……」
その姿はぎこちない。だが、ただ立っているだけの新人とは明らかに違った。
律は短く息を吐き、声をかける。
「桜坂さん、復唱は良い方法です。ただし声が大きいとお客様に聞かれますよ」
「……っ! す、すみません!」
慌てて顔を赤らめる華に、律はわずかに口元を緩めた。
「覚えようとしているのは分かります。その調子で続けてください」
ほんの一言だったが、華の胸にじんと温かさが広がった。