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夏目萌*優しい彼~コミカライズ
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西原衣都
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猫塚ルイ

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「さてと、それでは本題に入りましょうか」
昴は、すっかり言葉を失っている羽衣子をよそに、まるで何事も無かったかのように淡々と話を進めていく。
「騙されたとは言え、貴方自身が契約書にサインをしてしまっている以上、私たちとしては契約書に記載されている金額を返済してもらうより他に方法はありません」
「で、でも、私……こんな大金……払えません……」
声を絞り出す羽衣子に昴は一度だけ小さく頷いた。
「……そうですね。保育士の仕事をしているだけでは、到底返済出来る額では無いと思います」
その言い方は丁寧だったが現実を容赦なく突きつけてくる。
「失礼ですが、どこか金銭を工面出来る宛はありますか?」
「……無理です……こんな大金……親戚にも、友人にも借りる訳には……」
首を横に振る羽衣子の動きは弱々しく、今にも崩れそうだった。
すると、そのやり取りを聞いていた男の一人が軽く鼻で笑う。
「兄貴、こうなりゃこの女、どこかの店に飛ばすしかねぇっすよ」
そしてもう一人もすぐに続く。
「彼女、元が良いからすぐ稼げますよ」
「……っ」
露骨で不穏な言葉に、羽衣子の背筋が凍る。
意味を完全に理解したわけではない。
それでも、“良くないこと”だということだけははっきりと分かり、不安が一気に押し寄せ視界が滲み羽衣子の表情はみるみるうちに歪んでいった、その時、
「黙れ」
低く、鋭い声が空気を震わせた。
昴の一言に男たちの表情が一瞬で引き締まる。
「お前らは先に戻ってろ。後は俺一人で話をつける」
「……すいません」
「失礼しました」
先程までの軽口が嘘のように二人は素直に頭を下げると逃げるようにその場を後にした。
足音が遠ざかり、玄関先には羽衣子と昴の二人だけが残された。
すると、昴は羽衣子へ向き直り、
「吾妻さん、少々お邪魔しても宜しいでしょうか?」
「……あ、はい……どうぞ」
躊躇いはあったが、昴一人ならばと小さく自分に言い聞かせながら部屋へと招き入れる。
リビングに通した後、羽衣子が飲み物の用意をしようとするも、
「お構いなく。それよりも話の続きをしましょう」
断られ、促されるままに向かい合う形でソファに座る。
逃げ場のない距離に羽衣子は無意識に背筋を伸ばし、そんな彼女を見つめながら昴はゆっくりと口を開いた。
「一つだけ、私から提案があります」
「……提案、ですか?」
恐る恐る聞き返す羽衣子。
昴は僅かに微笑み、そのまま続けた。
「貴方の借金800万を私が肩代わりする代わりに私の条件を飲んで欲しいんです」
「……え? 条件……?」
突然差し出された“救い”のような言葉に、羽衣子はただ目を見開くことしか出来ない。
昴はその反応を見ても表情を崩さず、静かに告げる。
「条件は――うちで住み込みの家政婦兼シッターとして働くこと」
あまりにも予想外の内容に羽衣子の思考が一瞬止まった。
「住み込みで……?」
思わず聞き返した羽衣子に、昴は穏やかに頷いた。
「ええ。知っての通り、うちには女手がありません。今は乙哉に手伝って貰って何とか家事をこなしていますが、やはり限界があります。乙哉の都合がつかない場合などは家政婦を雇うこともあるのですが、希海があまり懐かず、結局辞めてもらうことが殆どなのです。その点、吾妻さんのことは希海も気に入っていますし、何よりも保育士さんですから安心して希海を任せられます」
一度言葉を区切り、羽衣子の目を真っ直ぐ見つめる。
「ですから、前向きに検討してもらいたい」
「…………」
羽衣子はすぐに答えられなかった。
頭の中では様々な思いが渦巻いている。
希海のことは好きで、懐いてくれていることも嬉しいし家事だって嫌いではない。
それに何より、800万円という借金を肩代わりしてもらえる。
本来なら、迷う余地などないはずだった。
それでも、一つだけ引っかかることがあった。
「あの……」
「はい?」
「その場合、私は……保育士を辞めなくてはいけないってこと、ですよね?」
「そうですね」
「それは、困ります……正直、人手も足りてないですし……何よりいきなり辞めるわけには……」
「その点については、こちらで新たな保育士を探しますので、ご心配なく」
「……え?」
予想外の返答に羽衣子は目を見開いた。
「吾妻さんは知らないでしょうけど、園長は元々七鳳組と関わりがある人間なので、私が話せば滞りなく全てが通ります。ですからその点は何も心配いりませんよ」
「…………」
羽衣子にとって、あまりにも現実離れした話だった。
けれど、先程からの流れを考えれば、それが出来てしまう人間なのだと、嫌でも理解させられる。
これで、断る理由は羽衣子の中で完全に消えた。
そんな時、羽衣子の中に一つの思いが浮かぶ。
「あの……例の契約書のことですけど」
「はい」
「兄に、連絡してみてもいいですか?」
騙された理由も借金のことも、本人の口から説明を聞きたかった。
「構いませんけど……恐らくもう、連絡は取れないでしょう」
昴の言葉は最もだと羽衣子は理解しているが、それでも、ほんの僅かな望みに縋るようにスマートフォンを取り出すと兄の番号へ発信した。
しかし、何度鳴っても繋がらない。
祈るように何度か掛け直すが、結果は同じだった。
すると今度は震える指でメッセージを送る。
五分待っても、十分待っても、既読はつかない。
それから暫く待ってみたものの、結果は変わらなかった。
俯いたまま動かなかった羽衣子は、やがて小さく息を吐くと顔を上げ、
「……分かりました」
その言葉と共に昴を見つめた後、
「先程の京極さんの条件を受けます。これから、よろしくお願いいたします」
羽衣子はこれからの自分の運命を大きく変える選択を口にしたのだった。
コメント
1件
うわ、この展開……! 羽衣子、本当に追い詰められてるなって思ってたら、昴さんの提案が意外でどきっとしました。希海ちゃんが懐いてるってところ、伏線回収っぽくて胸熱。でも家政婦兼シッターって、単なる雇い主と従業員じゃ済まない関係になりそうな予感が……。兄に連絡しても繋がらない描写、冷たい現実が重くて切なかったです。続き、すごく気になります!