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朝の光が差し込み、部屋の中が徐々に温まっていく。
俺はキースの横に座り、テーブルに整えられた朝食をぼんやりと見つめていた。
誘拐事件から2日。俺は学園を体調不良を理由に休んでいる。
キースも俺に付き添うように休んでくれていたが……本当に大丈夫なのだろうか。仕事的に。過保護な行動に、少しだけ不安だ。俺のせいでキースの評判が落ちるのは俺としても本意じゃない。
「……リアム、何を考えているの?」
穏やかな声が現実に引き戻す。顔を上げると、キースが俺をじっと見つめていた。その瞳の中に、俺の揺れる心が映っているような気がして、思わず視線を逸らす。
「いや……明日は学園に行こうかな、って。兄様は気にしすぎですよ」
苦笑いを浮かべながら答えると、キースは少しだけ眉を寄せたが、それ以上追及はしてこなかった。代わりに俺の髪を優しく撫でる。その手の温もりは心地良いはずなのに、どうしてだろう。胸の奥がざわつく。
キースは、俺の動揺に気づいているのかもしれない……。
そう思った。
朝食の席では、両親が穏やかに会話を交わす中、俺は静かに食事をする。
隣に座るキース兄様は、俺の皿にそっとパンを足してくれる。その優しさがありがたい反面、どこか息苦しさを覚えてしまう自分がいる。
『流されているだけじゃないのか?』
昨日のレジナルドの言葉が、再び頭の中を巡る。
キースの想いは本物だ。でも、俺は……?昨夜こそ想いを告げなければ、と思ったのに、また悩んでしまっている。俺がキースに感じているのは、愛情なのか、それともただ流されているだけの感情なのか──分からない。
朝食は美味しいはずなのに、どうにも進まなかった。俺は小さく溜息を吐き出す。
「……兄様、少し部屋で休んできますね」
そう告げて席を立った。
※
自室に戻ると、俺は窓際の椅子に腰掛けた。
外は青空が広がり、穏やかな風が木々を揺らしている。けれど、胸の中は曇ったままだ。
「レジナルド先輩……あの人は、本当に……」
呟く。
レジナルドが想いを寄せているのは、俺ではなく『俺がここに来る前のリアム』。だからこそ、彼の優しさは俺にとって若干重いし、幾許かの罪悪感を覚える。
一方で、キースの愛情は本物だ。レジナルドの思いが偽物というわけではなく、俺という存在をもって、キースとは日々を重ねてきた。
……でも、俺の気持ちはどうなんだろう。ああ、もう……頭がこんがらがってきた。
「……俺を愛してくれている。俺も、たぶん……好きなんだと思う……」
気持ちを整理するために独り言を繰り返す。
けれど、それが心の底から湧き上がる感情なのか──それすらも曖昧。ただ、そう思わないといけないような気がしてならなかった。
自分が面倒くさい。はぁ、と溜息を吐くと同時にノック音が聞こえた。
「リアム様」
ノックの音に振り向くと、アンではなくナイジェルが立っていた。
珍しい。普段、俺の世話を主にするのはアンであって、呼びに来たりするのもアンの仕事の一部だ。勿論、アンの仕事はそれだけではないので忙しいときは他の者が来るのだが──……。
そして、その背後からひょっこりとノエルが顔を出す。
「リーアム!」
※
「お休みしてるから来ちゃった!一応、一部始終報告はお兄さんから来てるけどねー」
元気な声で俺に駆け寄り、窓際に座っていた俺の腕を引いてソファに座らせる。
「兄様が……?」
「そう。あの後、私が戻ったら誰もいないじゃん?おかしいな-、と思って。辺りを探してたら、お兄さんが来てさ。リアムがさらわれた、って」
「え、それってどれくらい後の話だよ?」
「えー?小一時間くらいじゃない?」
随分と情報が早い……ああ、いや。
密偵をどうの、とレジナルドが言っていたからそれでか……?
「で、お前はどうしてたの?」
「私?一緒に行こうとしたら危ないから家に戻ってなさいって。必ず助けるし、報告するからこのことは内緒だよって」
「なるほど……」
うちは侯爵家だ。それなりに家格も高いし、その息子が誘拐されたと騒ぎになればかなり大事になる。ディマスが絡んでいるのはレジナルドも知っていたし、キースも掴んでいたのかもしれない。
「でさーお兄」
「うん?」
「どうもね、どうも……お兄さんが引っかかる」
「え?」
「いや、お兄がお兄さんに既に落とされ気味なのはもういいとしてさ」
「いや、お前さ……」
「とにかくよ?それはいいんだよ。多分思い出せないエンド的にもそういうの必要なんじゃないって?ゲーム的に思うし。お兄が主人公ポジならもうキースルートだと私は思うからさ」
「…………待ってくれ。俺、そんなにお前にあけすけに話したか……?」
「ま、それなりに。それに……ナイジェルをお忘れで?」
ノエルはニヤッと笑った。
あ……情報源はそこにもあったのか……。俺は思わぬ情報源に溜息を吐いた。
ノエルは続ける。
「でよ?このゲームって今はもうルート通りではないとは思うけど、基本は変わらないと思うんだよね」
「と、言うと……?」
「お兄さーまた色々と悩んでない?」
「い、いやそんなことは……」
ノエルはじっと俺を見つめる。その目が探るようで、思わず目を逸らしてしまう。
「まあ、いいけどさ。お兄、悩んでる暇あるなら行動したら?」
ノエルが突然投げかけた言葉に、俺は驚いて顔を上げた。
「悩むって……別にそんなこと……」
「嘘だね。お兄の顔見たら分かるよ」
ノエルはため息をつきながら、俺の肩に手を置いた。
「色々抱え込むのもいいけど、さっさと動いたほうがいいと思うよ。悩みなんて、結局答えなんか出ないんだからさ」
軽い口調だが、ノエルのその言葉には不思議な説得力があった。俺の考えを見透かしているのかいないのか。ただ、ノエルなりの直感でそう言っているのだろう。
「行動、か……」
俺が呟くと、ノエルはぽんぽんと肩を叩く。
「尻の穴の一つや二つくれてやれよ!で、好きだよー!って叫んだら……良いと私は直感で思った」
「お、お前…………」
「こういうのってノリと勢い大事じゃん?そして行動は早め!だよ!」
強くノエルは言う。
ハチャメチャな提案ではあるのだが、無駄に真意を捉えているのがまた……。
妹には適わないな、と俺は息を吐いた。
そんな会話をしていると、ナイジェルがお茶を持ってきた。
その瞬間、ノエルが彼の背後に回り、何やら動く。
「ちょっ……ノエルたん⁈やめ……!」
ナイジェルは慌てて顔を真っ赤にする。え、何やってんの妹よ……。あと、ナイジェルのその呼び方……その光景があまりにおかしくて、思わず笑ってしまった。
「ま、私らみたいな人もいるんだから、お兄も、もうちょっと気楽にしなよ」
ノエルは最後にそう言い残し、笑った。
「気楽に、ね……」
俺は呟き、窓の外に視線を向けた。悩んでばかりでは何も進まない。それなら、まずは動いてみるしかないだろう。
「よし……キースと話してみよう」
立ち上がり、扉を開ける。
「よぉし!お兄!がんばってこーい!」
ノエルの言葉が背中を押してくれたような気がした。