<4.4>ver2.
★同日 新宿丸座 楽屋内
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「…楽しかったな,今日!な、春沢」
「まーお前は楽しかったろうね、俺よりも」
「……え?」
楽屋の隅で荷物をまとめていた俺は、春沢さんの言葉に手を止めた。
「何、それ」
「いや別に? ただ、お前、今日はやけに楽しそうだったなーって思ってさ」
春沢さんは皮肉っぽく笑いながら、俺を見た。普段なら適当に流せる言葉なのに、今の言い方には妙に引っかかるものがある。
「……ライブも盛り上がったし…ほら、学べるとこも、あったじゃんか」
「そりゃよかったね。笠木と一緒にやれてさ」
その名前を出された瞬間、胸の奥が冷たくなった。
「……なんで、そんな言い方すんの」
「別に。ただ、お前があんな風に楽しそうにしてんの、俺とはネタやってる時じゃあんま見なかったなーって思って」
「……そんなことないだろ」
思わず否定したけど、自分でもどこか引っかかってるのはわかってた。
確かに、今日の俺はいつもより前に出てたし、笠木と一緒にネタを考えるのは新鮮で、ワクワクしたのは事実だ。
「俺は、春沢さんとだって真剣にネタやってるし、楽しいと思ってるよ」
そう言ったのに、春沢さんの表情は曇ったままだった。
「そりゃよかった。でもさ……」
「でも?」
「**“シンプルスター”**ってコンビ名、もうそろそろ似合わなくなるんじゃね?」
「……どういう意味?」
「お前の中で、“シンプル”じゃなくなってきてるんじゃねーの?」
春沢さんの低い声が、楽しかったライブの余韻を一気に冷やした。
「え」
「いや、俺もいたのにさ。まるで、お前が一番星!みたいな…ごめ、俺何言ってんだろ疲れてるわ」
「……春沢さん」
俺が何か言おうとすると、春沢さんは疲れたように笑って手を振った。
「悪い、忘れてくれ。俺が勝手に言っただけだし」
「でも…それは」
「俺、先帰るね」
それだけ言うと、春沢さんはさっさと荷物を持って楽屋を出ていった。
(……なんだよ、それ)
ポツンと残された俺は、手に持った台本をぎゅっと握りしめた。
確かに、今日は楽しかった。俺のネタがウケて、笠木ともいい感じにやれた。
でも、それは春沢さんとのコンビが嫌になったわけじゃない。俺は、ただ──
(……ただ、もっと色んなことを試してみたいだけなんだ)
春沢さんが俺の変化に気づいてるなら、俺だって気づいてる。
最近、コンビのネタ作りでも意見をぶつけることが増えたし、前よりも「こうしたい」って気持ちが強くなってる。
でも、それが春沢さんを不安にさせてるんだとしたら?
(……はぁ)
ため息が出る。ライブが終わったばかりなのに、全然スッキリしない。
ポケットから携帯を取り出して、メールの画面を開く。
春沢さんに何か送ろうかと思ったけど、結局何も打てずに閉じてその場を後にした。
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