テラーノベル
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ある日の放課後。
昇降口で、数人の生徒がひそひそと話しているのが聞こえる。
『ねぇ、聞いた? 旧校舎の七不思議……』
『え、また? トイレの花子さんとかじゃなくて?』
『違う違う。今度は、鏡。……倉庫の姿見に“幽霊”が映るんだって』
3人は思わず顔を見合わせた。
窓から差し込む夕陽が、少し赤すぎて見える。
「……は? 幽霊?」
若井が鼻で笑う。
『いやいや、ホラーは苦手だし。ほら、ま〜た怖がらせようとしてんじゃん』
『でもさぁ……』
とクラスメイトの声が続く。
3人は耳をそばだてる。
『最近、鏡の中から叫び声が聞こえたって噂もあるんだよ』
音楽室の空気が一瞬だけ張り詰めた気がした。
藤澤は逆に興味津々といった顔で口元を歪める。
「え、めっちゃ面白そうじゃん。それ」
「お前なぁ……」
若井が呆れたように眉をひそめる。
「俺は無理だって、そういうの。絶対出るやつじゃん」
「はは、お前も信じてるじゃん。若井ほんとビビりだねぇ」
大森は思った。
確かに最近、聞いた事はあった。
——旧校舎の倉庫に大きな鏡がある。
——そこから声が聞こえる。
そして、
——名を呼ばれても答えてはいけない。
藤澤はからかうように笑いながらも、瞳の奥には奇妙な光が宿っていた。
大森は少しだけ鳥肌が立った。
いつもなら軽口を叩くだけの藤澤が、本気でわくわくしているように見えたからだ。
「まぁでも、立ち入り禁止なんだろ? 旧校舎」
若井が話を締めくくろうとする。
「そうそう、取り壊し決まってるし、行ったら先生に怒られるよ」
大森も同意する。
だが、藤澤は椅子の背もたれに寄りかかり、ニヤリと笑った。
「でもさ……今しか見られないんじゃない? 壊される前に、さ」
その言葉と同時に、音楽室のドアが――ギィ……と勝手に軋んだ。
3人は思わず振り向く。
誰もいないはずの廊下には、ただ夕暮れの光が差し込んでいるだけだった。
「なあ、元貴。あの噂、俺ちょっと気になるんだけど」
軽く笑いながらそう言う彼の横顔は、普段ののんびりした調子と変わらないように見える。
けれど、その目の奥には小さな好奇心の炎が揺れていた。
「え、嘘だろ。ほんとに行くつもり?」
「だって、ただの鏡だろ? そんなの見て帰ってくればいいじゃん。……もしかしたら、ネタになるかもしれないし」
藤澤は冗談めかして笑ったが、その口調には少し本気が混じっていた。
若井はあきれたように肩をすくめる。
「お前なぁ……肝試しのシーズンでもないのに、なんでそんなこと……」
「いや、でも。もしほんとに声がするなら面白いじゃん?」
藤澤は軽く言い放ち、カバンを肩にかけ直した。
「行くのは俺ひとりでいいよ」
その言葉に、大森は思わず心臓が跳ねるのを感じた。
胸の奥がざわつく。
「……ひとりでなんか行くなよ」
「大丈夫だって。すぐ戻るから」
藤澤は笑顔を残し、校舎の奥へと歩いていった。
校舎の裏手、錆びた鉄柵を越えると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
取り壊しを待つ旧校舎は、まるで時間が止まったかのように静まり返っている。
壁に貼られたポスターは色あせ、窓ガラスはひび割れ、薄暗い廊下には埃が舞っていた。
――こんなところに、幽霊が出るって噂。
クラスメイトの声が脳裏に蘇る。
「……ここか」
やがて、倉庫の扉の前にたどり着き、恐る恐る中へ入る。
軋む床板。
埃の匂い。
閉ざされた空気。
窓は半分割れていて、風に揺れるカーテンが影をつくる。
そして倉庫の奥、薄暗い中にそれはあった。
埃をかぶった机や椅子の奥に、ひときわ大きな姿見が布をかぶり、立てかけられていた。
藤澤は近づき、軽く笑った。
「マジであるんだ、幽霊の鏡」
布を引くと、鏡が姿を現す。
大人の背丈を優に超える大鏡。
割れてもいないのに、どこか不自然に歪んで見える。
藤澤は吸い寄せられるように近づいた。
覗き込むと、自分と同じ姿の藤澤がそこに立っていた。
だが、その表情は違った。
鏡の中の藤澤は、口元を裂けるように歪め、ゆっくりと笑ったのだ。
「……!」
目の前の“もう一人”は、藤澤よりも口角を大きく吊り上げていた。
冷たく、嘲るような笑み。
藤澤が一歩後ずさると、鏡の中の“自分”は遅れて動き、そして勝手に口を開いた。
『お前……必要ある?』
藤澤の心臓が跳ねる。
「……は?」
『キーボードなんて誰も求めてない。飾りみたいなもんだ。
いなくても成立するんだよ、このバンドは』
耳を塞ぎたかった。
けれど、声は直接心に染み込んでくる。
「やめろ……」
藤澤はもう一歩下がった。
しかし鏡の中の“もう一人”は一歩前へ。
動きがぴたりと重なりながらも、目だけが笑っていない。
『必要とされてると思いたい? でも、お前がいなくても、きっと誰も困らない』
『それでも、お前はここに立ち続けるのか?』
ぞわり、と背筋を這い上がる寒気。
喉がひきつり、声が出ない。
「やめろ……そんなこと、俺……」
『羨ましいんだろ? 元貴や若井みたいになりたいんだろ?
本当は投げ出して逃げたいんだろ?』
藤澤は壁に背中を押し付けられるような圧迫感に呼吸を荒くした。
「俺は……逃げたりなんか……」
『強がるなよ』
鏡の“偽の藤澤”はゆっくりと手を伸ばしてきた。
氷のように冷たい指先が、現実の藤澤の指と絡み合う。
『おいで』
低く艶やかな声。
耳の奥に溶け込むような囁き。
抵抗する間もなく、鏡の中の自分が顔を近づけ、唇を軽く触れさせた。
熱ではなく、ぞくりとするほどの冷たさが走る。
『こっちの世界は、お前を欲してる』
『さあ、来い。——藤澤涼架』
その言葉に抗えなかった。
次の瞬間、鏡の表面が波打ち、藤澤の体は水に落ちるように引き込まれていった。
空気が切り替わる。
暗く沈む世界。
音のない虚無。
最後に見たのは、鏡の外に立つ“偽の藤澤”の笑みだった。
口元をぐにゃりと裂くように吊り上げ、にやりと笑う。
『やっぱり、俺の方が本物らしいな』
ゆっくりと振り返り、現実の廊下へと歩き出す。
倉庫の電球がチカチカと明滅し、影が壁一面を揺らす。
——パタン。
倉庫の扉が閉まった。
何も知らない校舎の夕暮れは、ただ静かに時を進めていた。
『……さて、遊ぼっか』
コメント
4件
昨日課題が終わらなくて徹夜してたら寝落ちして見れなかった( ´⚰︎`°。) すんませんm(*_ _)m 今回は結構怖めだなーって僕は思う怖いの苦手だけど 気分転換にいいかも!!
涼ちゃん!?嘘でしょ!? これ、つまり、鏡の中に涼ちゃんが入っちゃった?吸い込まれちゃった?ってことですか!? わー…!続きが気になります…!