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「終わったー!!!」
さっきまで歌っていた余波で、つい大きな声が出た。
夕方に防音室で拳を突き上げる社会人って相当不審だろうけど、許して欲しい。
だって、やっと録音が終わったんだから!!
(いやー大変だった…)
いれいすとしての活動が忙しすぎて録音の間に時間が空いてしまったせいで、解釈違いが発生して本当に大変だった。疲れてきて、終盤はもうこれでいいかな、なんて思ってもいた。
でも、あの人ならそこに妥協はしないだろう。
そうやってこだわった歌ってみたが完成に近づくのは、やっぱり特別に感慨深い。
(ん?)
満足感と期待とのうらに挟まっている、もうひとつの感情に気づく。
録音が終わったんだから、もう心残りは無いはずだけど――
と、考えたのは一瞬。
正体は、すぐわかった。
全くあの人は、どこまで俺を溺れさせたら気が済むんだろうか。
そう、ぼやいてはみたものの。
リビングへ向かう足と上がる口角を、止める気になんてなれなかった。
キィ、という音と共に、一気に視界が明瞭になる。
青いエプロンを付けた後ろ姿がふりかえる。
その様子が、スローになったような錯覚を感じた。
「まろ、お疲れ様」
ふわり、とひまわりが咲いた。
ああ、今日も俺の恋人が世界一かわいい。
このやり取り、本物のふーふみたいやなぁ、なんて言ったら。
この照れ屋なコイビトは、どういう反応をするだろうか。
後ろからふんわり抱きつくと、お咎めの声が下から降ってくる。
なーんて言っても、形ばかりのものだけれど。
その証拠にあにきの声は甘く蕩けているし、火を使っている時は驚かせないようにするのが、俺らのルールだったりする。
少しだけ強めにハグし直すと、短くなった彼の髪の毛の裾から、鍋の中がちらりと見えた。
「っうぇ、今日カレー?!」
あにきがくすくす笑って頷く。
「なにー、そんなに腹減ってたん?」
「や、それもあるけど!」
確かにお腹は空いている。何度も録り直したし、全てのパートを全力で歌ったせいでかなり疲れてもいる。
でも、
「あにきのご飯だから!あにきが手間暇かけて作ってくれたご飯を、あにきと食べるのが美味しいの!」
もちろんこのどっちかでも嬉しいし美味しいねんけどな、と付け加えたところで、妙に大人しいあにきに気がついた。
「…そか」
これ、は。
「うにゃぁぁぁ…」
「…なに、どしたん」
「なぁんであにきそんなにかわいいの…心臓もたない…やめて…いややっぱやめないで…」
「っふは、どっちやねん」
うっすら朱色に染まったうなじにぐりぐりと頭を擦り付ける。本当に、この人の沼には終わりが見えない。
この後に続いた、「あと俺言うほど可愛くないで?」の言葉には、はっきり否を返させていただいた。いくらあにきでも、そこは譲れない。
「完成したん?運ぶの一緒にやる?」
「いや、いまいち味が決まらんのよなぁ…」
スプーンを持って小首をかしげるあにき。
料理が得意な人って、こういう感覚が鋭敏なんやろうなぁ。
「せや、まろが味見してくれん?」
「え、俺?」
「味見しすぎると味わからんくなるんやもん」
ほらほら、と急かす声とともにあっという間にスプーンへカレーが盛られる。
「はい」
ぱくり。目の前に出てきたスプーンを口に含んだ。そのまま舌の上へ転がす。
「ん〜…」
「どう?」
「強いて言うなら…もうちょいコクが欲しいというかなんというか…」
「ん、じゃあ味噌入れてみるわ」
俺の言葉から何かヒントを得た様子のあにきが、冷蔵庫へ歩き出す。
冷蔵庫に向かってすっ、と離れていく温もりを感じながら、ハッとした。
(今のって、)
「あにきー…?」
「んー?」
絶対に自分のした事がわかっていなさそうな返事をしたあにきは、味噌ごと俺の腕に収まった。
…俺の腕に収まった?
いやいや、さすがにこれが無意識ってことは無いだろう。
ってことは、嫌じゃないってことで…?
(あー…)
ダメだ。可愛さが飽和してる。天元突破しとる。なんなら今可愛すぎて真顔になっている自覚がある。
「まろ、もっかい」
いつの間にか味の調整をし終わったあにきが、またもやスプーンを向けてきた。
(気づいてないんやろなぁ…)
それはそれとして、いただきますけどね!
「あー…」
ぱくり。
広がる風味に、目を見張った。
「すごい!!めっちゃ美味しい!!」
よかった、なんていうあにきの声があまりにも優しくて、この空間が何より愛しくて。
この幸せを分けたい一心だった。
「あにきも食べて!!」
「そんなに美味かったん?なら…」
カレーをすくったスプーンを彼の口へ運ぶ。
「はい!」
「…んむ、」
「どう?」
…なんて言っても、味を整えたん9割方あにきやけど。
それでもこの幸せを共有したかった。
「…あ、美味い」
「せやろ?!」
ありがとな、おかげで上手く作れたわ――と、言おうとしてくれたんだと思う。こういうことに関して、すごく律儀な人だから。
でもふり返った彼の顔が、思った以上に近くて。
そんなのきっかけに過ぎないけど、愛おしさが溢れて、
「あり
ちゅ。
「なに、な、なん…?!」
「あ…」
「『あ…』やないねんあほ…!時と場所ってもんがあるやろあほかお前ほんとに…!」
思わず、と言った感じだった。
悠佑が何か言ってきているけど、正直攻撃力はゼロだ。だって顔さっきの比じゃないくらい真っ赤にして、目うるうるさせてんねんで??可愛い以外考えられんくないか??
自分の唇を舐めると、うっすらカレーの味がした。
「…やっぱり美味しい」
「…!!!」
ほんとに真っ赤。病名は情報量過多だろうか。
そんなことを考えつつ、とうとうフリーズしてしまった悠佑を解放して、笑ってみせた。
「早く食べよ!」