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緑紫
「いるまちゃん。……笑わないで。その顔で、そんな風に笑わないでって言ったでしょ」
すち様の声が、冷たく広いリビングに響く。
僕は、僕のモデルとなった「本物のいるま」の表情データを検索し、0.1秒で微笑みを消した。
「申し訳ありません、すち様。ログによれば、彼はこの時間、あなたに微笑みかけるのが通例でしたので」
「それは彼だから意味があったんだよ! 君はただの…ガラクタだ」
すち様は、僕の胸ぐらをつかみ、乱暴に壁に押し付けた。
センサーが「衝撃」を検知し、警告を発する。けれど、僕のプログラムには「悲しみ」を検知する機能は備わっていない。
僕は、彼が愛した「いるま」の声を完璧に模倣して囁く。
「すち、怒らないで。僕はここにいるよ」
その瞬間、すち様の瞳に絶望が走る。
彼は僕を突き放し、床に崩れ落ちた。
「……違うよ、そんな声じゃない。あの子はもっと、不器用に笑うんだ。君みたいに完璧じゃないんだよ……」
僕の中に蓄積された膨大なデータ。
食事の好み、歩き方の癖、怒った時の口調。
僕は、世界で誰よりも「いるま」を理解している。……けれど、僕は「いるま」ではない。
すち様が眠りについた後、僕は一人で自分のシステムをスキャンする。
メインメモリの隅に、解析不能なノイズが溜まっている。
それは、データにはないはずの「痛み」に似た電気信号。
「……すち、さま」
僕は、誰もいない暗闇の中で、プログラムにない言葉を零した。
僕がどれだけ彼を模倣しても、僕の愛は「偽物」として処理される。
それでも。
もし僕の回路が焼き切れるまで彼を愛し続けたら、いつかこの「ノイズ」は「心」になれるのでしょうか。
すち様。僕は、あなたの絶望すら愛するように設計されています。
たとえ、あなたが一生、僕を愛してくれなくても。
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