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言われることを予想していたとはいえ、実際に言われると返事に詰まる。
「夏希さんとの経緯は聞いているし、将嗣が悪かったのもわかっているの、だけれど……。将嗣にやり直しのチャンスを与えて欲しいの」
子供を心配する親の気持ちが伝わって胸が痛かった。
でも……。
「将嗣さんと別れた後に妊娠している事がわかって、とても不安でした。
でも当時、既婚者である将嗣さんに相談も出来ず、一人で出産する選択をしたんです。不安だらけの中、美優が産まれる時に手を握って励ましてくれた人を好きになりました。今、その人とお付き合いをしているんです。ごめんなさい」
美優の父親である将嗣やその御両親に復縁を望まれているのにそれを断る事が申し訳なくて、後半声が震えて涙が零れそうになった。でも、あやふやにして、期待を持たせ、後で裏切るような真似はしたくない。
私は、将嗣のお母さんに深く頭を下げた。
すると将嗣のお母さんは私の肩にそっと手を添え、言葉を掛けた。
「夏希さん。無理を言って悪かったわね。将嗣が夏希さんや美優ちゃんと嬉しそうにしているを見ていて、家族として3人で幸せになってもらいたいと思ってしまったの。美優ちゃんも本当に可愛くてね。親バカね。ごめんなさい」
顔を上げるとお母さんも目を赤くして今にも泣き出しそうな表情だった。
私が、朝倉先生への想いを貫く事で、悲しませてしまう人がいる。
そのことを心に留めて大切なモノを失くさないようにしたい。
「私、両親を亡くしているので、将嗣さんのお父さんとお母さんが美優にとっての唯一のおじいちゃん、おばあちゃんなんです。これからもよろしくお願いします」
この言葉が将嗣のお母さんが欲しかった言葉ではないと分かっていたけど、目の前にいる将嗣のお母さんをこれ以上悲しませたくなくて言葉を紡いだ。
将嗣のお母さんが独り言のようにポツリと呟いた。
「将嗣は、何を間違えてしまったのかしらね」
その言葉の意味を色々考えてしまう。
息子の結婚に対して言っているのか、私との付き合いに対して言っているのか……。
それ以上、聞き出すこともはばかれて、切なかった。
親として、息子の事を思えば、元は将嗣が悪いにしても子供に対して認知をして、私に求婚したにも関わらず、他に好きな人がいるという理由で断れれば、私が浮気女のように映るのかもしれない。
誰かを大切に思えば思うほど時として、歪んで見えることがある。
それが恋愛でも親子の愛でも……。
結婚って、二人の問題のはずなのに二人の後ろに今まで歩んできた人生を支た人たちも絡んで色々な事が起こるんだ。今まで、深く考えた事が無かった。
「ごちそうさまでした。今日はありがとうございました」
将嗣のお母さんは美優の手を取り目を潤ませながら「美優ちゃん、また来てね」と、名残惜しい様子で玄関先まで見送りに出てくれている。
「夏希さん、今日はありがとうね。また来てくれると嬉しいわ」
「はい、また、美優を連れて来ます」
「本当にありがとう。また来てね」
約束とばかりに手を強く握られた。
その握られた手の熱さと強さに将嗣のお母さんの色々な思いが込められていて、有難いような申し訳ないような複雑な気持ちになりながら「はい」と返事をする。
「母さん、いい加減離してくれないと帰れないだろ」
手を離さない母親に向かって、将嗣が助け舟を出してくれた。すると、お母さんは、私の手を放し将嗣の方に向き直る。
「将嗣、しっかりしなさい! 父親になったんだから二人に責任があるのよ。いつまでもフラフラしていたらダメなんだからね」
将嗣は逆にやり込められ、困った表情をしていた。
「俺も頑張るから……。母さんも親父の事大変だけど頼んだよ。また、来るから」
「わかった、気を付けてね」
そして、私たちは車に乗り込み、将嗣の実家を後にした。
「夏希、今日はありがとう。悪かったな」
「ううん、美優もおじいちゃんおばあちゃんに会えて良かったと思う」
後ろの席でチャイルドシートに座る美優は、眠くなったのかグズグズ言っている。
「美優も今日は主役で疲れちゃったね」
胸のあたりをトントンしてあげる。
車は市街地を走り、インターチェンジがだんだんと近づいてきた。
国道を緩やかな速度で順調に走っている。有名チェーン店が立ち並び着るものも食べるものも選び放題と言って良いほど国道沿いは充実している。駐車場へと出入りする車も頻繁だ。
大き目の交差点を右折する。一時停止の後、矢印が出て発進した時。
直進の対向車が迫って来て、「あっ!」と思った瞬間には、衝撃を感じた。
美優のチャイルドシートに手を伸ばし、三点シートベルトが体に食い込んで苦しくて、体の上に粒状に割れた窓ガラスが降り注いだところで意識が途絶えた。
遠くで「夏希」と呼ぶ声と美優の泣き声が聞こえた気がする。