テラーノベル
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場所を移し、涼しいリビングで詳しい話を聴くことになった。
史さんは心底うんざりした顔をしていたが、そこはやはり親友の妹ということで、少なからず気に掛かる部分があるのだと思う。
座卓の定位置に腰を落ち着ける頃には、早くも傾聴の姿勢を示していた。
「あ、お茶……、コーヒーがいい?」
「あ、ゴメンほのほの。 ホットでお願い」
天野商店の住居部分は、店の鄙びた外観からは想像もつかないほど垢抜けている。
基礎は中庭を囲う形で、ちょうど“口”の字に近い形状をしており、家の中にいながら木々の緑を、大空を身近に感じることができた。
施工は注文住宅を専門に扱う工務店との事だが、ある種の遊び心と機能性を両立させた住まいづくりは、さすがの一言に尽きる。
「ありがとありがと! それでねー……、ぅ熱っつ!?」
「ホントに落ち着きねぇなオメーは」
ともかく、彼女の説明によると、神使の異変はこの地域に止まらず、どうやら周辺一帯で、同じような報告がなされているとの事だった。
「栄の方までってなると、相当だぞ? 範囲」
「だしょー? ふゆふゆも心配してたよー。 あ、ふゆふゆっていうのはね?」
「いや知ってる」
それほど広範囲に及ぶ異変となると、やはり何かしらの脅威が近づいている可能性を疑いたくもなる。
ところが、三名が口を揃えて言うことには、“ヤバいモノの気配は特に感じない”と。
「でも、可哀想だよね……。 キツネさん、怖がってるって」
「そうなんだよー。 分かるでしょタマ──」
「ちょいちょい! とにかくアレっすよね。 なんだ……?」
既に幸介が割って入って事なきを得た。
この女神、なかなかに油断がならないようだ。
「えっと……、そうだ! キツネだけが掛かる病気? みてぇなのって無いんすか?」
「や、相手は神使だぜ? そもそも病気とは無縁だよ」
「あ、そっかー………」
一同、小難しい表情で頭を捻る。
神使に直接訊ねることが可能なら話は早いが、彼らも人間の言葉を理解こそすれ、話す術は持たないという。
「そんなら、やっぱり元締に訊くしかねぇわな……」
「そうそう。 そうなるでしょ?」
“元締”とは、この一帯の稲荷社を総括する特別な稲荷神を指すそうだ。
日本のあちこちに祀られるお稲荷さんの総数は、数え出したらキリがないほどに膨大である。
ゆえに、地域ごとに“元締”を立て、外部との情報共有をはじめ、何らかの施策を講じる場合、方向性の決定がスムーズに運ぶよう取り計らっていると。
「市長とか、知事みたいなものか……」
「いや、ちょっと違うな」
何とはなしに口にしたところ、史さんが頭を振った。
「市長やら知事ってのは、住みよい町を作るってゆうのが根っ子にあるだろ?」
「うん。 住民の代表だからね、そういう理念がないと」
「連中の根っ子にあるのは五穀豊穣だ。 得られる財産の質が違う」
一方は、人間の生活を豊かにするもの。
一方は、人間の生命を育み生かすもの。
なるほど、どちらも財産に準えることができる。
恐らく、この二者に貴賤はない。
人間として日々を送る上で、両方とも重要なのは言うまでもなく。
ただ、どちらがより原初的かと問われれば。
どちらがより、生物の根幹に則した物かと言われれば
「商売繁盛なんぞ着せられて、どんな気分なのかね………」
リビングに臨む中庭を眺めながら、史さんは誰にともなく呟いた。
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