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「ねえフランス、私の名前を呼んでみて」
それが、病床の彼女――イギリスが僕に課した毎日の小さなテストだった。進行性の病気は、
少しずつ、けれど確実に彼女の記憶と五感を蝕んでいく。
主治医からは、いつか僕の顔すら分からなくなる日が来ると告げられていた。
「イギリス」
僕が答えると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「正解。じゃあ、私のどこが一番好き?」
「気が強くて、僕を振り回すところ。それから、笑うと左の頬に小さなえくぼができるところ」
僕は彼女の顔をじっと見つめながら、その声を、表情を、心のノートに一文字ずつ書き写すように記録していた。
文字通り、彼女のすべてを「諳(そら)んじる」ことができるように。
冬の足音が聞こえる頃、イギリスの状態は悪化した。起き上がることすら難しくなり、視力も急激に落ちて、僕の顔がぼんやりとしか見えなくなっていた。
部屋に差し込む夕日だけが、静かに彼女の横顔を照らしている。
「ごめんね」
イギリスが、かすれた声で呟いた。
「私、もうすぐあなたの顔も、自分の名前も、全部忘れちゃうかもしれない。真っ暗な暗闇の中に、一人で取り残されちゃうみたいで、怖いよ……」
彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
僕は彼女の細くなった手をそっと握りしめ、その手の甲に自分の額をあてた。
「忘れてもいいよ、イギリス」
フランスは声を震わせながら、強く、真っ直ぐに伝えた。
「君が忘れても、僕が全部覚えているから。君の笑い方も、泣き顔も、僕を呼ぶ声も、全部僕の心に深く刻み込んである。君が暗闇に迷ったら、僕が何度でもその名前を呼んで、手を引いて光の場所へ連れて行く」
イギリスは視線の定まらない目で僕の方を向き、弱々しく、けれど確かに僕の手を握り返した。
「そっか……。じゃあ、私も覚えるね。あなたの手の温かさ、絶対に忘れないように、心の中で何度も唱える」
それから数か月が経ち、奇跡的にイギリスの病状は安定した。けれど、かつての記憶の多くは失われ、僕が誰なのかも、完全には思い出せない状態になっていた。
ある晴れた午後、僕は彼女の病室を訪れた。イギリスは窓の外の青空を眺めていた。僕が近づくと、彼女はゆっくりとこちらを振り返った。
「こんにちは」
他人に対するような、丁寧で、少し怯えたような声。
胸が締め付けられるのを隠して、フランスは微笑み、彼女の前に手を差し出した。
「こんにちは、イギリス。手を、繋いでもいい?」
彼女は不思議そうな顔をしながらも、ゆっくりと自分の手を僕の手のひらに重ねた。
その瞬間、イギリスの目が見開かれた。彼女は僕の手の感触を確かめるように、指先を小さく動かした。
そして、消え入りそうな声で呟いた。
「……あたたかい」
イギリスの瞳から、涙がひとすじ流れた。
「知ってる。この温かさ、私、ずっと知ってる。暗闇の中で、何度も何度も、思い浮かべてた……」
記憶は消えても、彼女の魂の奥底には、二人が紡いだ愛の温もりが確かに「諳んじられて」いた。
フランスは涙をこらえながら、彼女の手を優しく、強く握りしめた。
「うん、僕だよ。また最初から始めよう。君の好きなところ、何度でも教えてあげるからね」
窓の外には、どこまでも高く、澄み切った青空が広がっていた。
リア隊長👑
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リア隊長👑
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コメント
1件
読了しました……最後、手の感触で“知ってる”って言ったところ、もうずるいです🥀泣きました。記憶が消えても体温は諳んじられるっていう表現が、重くて優しくて。フランスの「忘れてもいいよ」が、全部を受け入れてるようで胸がぎゅっとなりました。リア隊長の文章、ひたむきな愛がにじんでてとても好きです。次も静かに読みに来ますね🤍