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「その質問の仕方、実にいいね! そう。僕がここに居る理由。実は前から沼知議員の汚職を追っていた。その過程で九鬼の名前も浮上したからだ」

「沼知議員……って」


そう言えばさっき、九鬼氏もそんな名前を出していた気がする。

あまり政治には明るくない。

確か、私の地元から地方議員を得て。今や国会議員まで登った|古兵《ふるつわもの》。


それぐらいの事しか分からず。汚職とか言うワードに聞いて良い話しなのか、困惑すると。


松井さんは明るく笑って。


「いきなりこんな話でびっくりするよね。でも、この話はちゃんと君とも繋がっている。秘密を明かすけど。沼知議員の汚職、それは裏金問題だ。奴は不法に金を集めて私腹を肥やしている」


秘密と言う言葉に心臓が跳ねる。

でも、驚きを飲み込み。狼狽えたところで会話は進まないと思い。出来るだけ冷静に務める。


「裏金、ですか。ニュースとかでしか聞いた事がなくて、実感が湧きません」


「だよね。分かるよ。大半の人はそう言うモンだよ。でも、沼知に流れている裏金のルートの一つが九鬼野郎なんだ」


「えっ」


流石に声に出して驚いてしまう。


これもまだ秘密だよと、悪戯っ子のような気軽さで笑う松井さん。しかし、次の言葉には笑みを消して。


「僕は悪い事をしている沼知も九鬼も。白日の元に晒したい。やっつけたい。それは真白ちゃんに取っても、悪くないはずだ」


切長の瞳をさらに細め、真面目に語る様子は知者と言う言葉が似合うと思った。


そして先程、黒須君に言われた『協力者』という言葉の意味。

それは私と松井さんの『敵』は同じと言うことだと、理解したのだった。


九鬼氏を何とかしたいと思っている人が、私以外にも居たと言うこと。

しかも記者という、松井さんの存在はとても心強いと思った。


「そうなんですね。だから、レストランの個室の部屋で助け舟を出してくれた。ありがとうございます。助かりました」


軽く頭を下げると松井さんは「いやいや、それほどでも」と、軽い返事で返すのが嫌味じゃなくて。また、くすりと笑ってしまった。


「美人にお礼を言われるのはいい気分だね。それでさ。沼知と九鬼のダブルオッサン。二人は共通の地元の有力者同士。そして癒着! って。いやぁ、本当にベタ過ぎて嫌になるんだけども。問題はさらに深くてさ。沼知は集めた金で、政治家や会社の社長相手とかに高利貸しをして──」


「悠馬。それ以上は真白に関係ない」


今まで沈黙していた黒須君が、ぴしゃりと言い放つと。

松井さんは「おっと、喋り過ぎたか。真白ちゃん。今のは忘れてくれ」と、壁に背を預けた。


その動作で会話の主導権が、黒須君に渡ったと思った。黒須君が壁から背を離し、私に向き直る。


「真白。これで悠馬がここに居る意味は分かって貰えたと思う。補足させて貰うと、悠馬が真正面から沼知議員の裏金問題を暴露したとしても。沼知議員は秘書に罪を擦り付けて、蜥蜴の尻尾切りをする可能性が高い。だから、切るのは尻尾じゃなくて──金のルートである九鬼氏という足場を、悠馬は狙った。その足場を崩してやると、真白。どうなると思う?」


言葉を継ぎやすい問いに、ほっとしつつ。答える。

「立っていられなくなる、と思います」


「その通り。沼地議員の足場は九鬼氏だけじゃない。悠馬の同僚達が、九鬼氏以外の他の沼知議員の裏金ルートを洗い出して。その足場を近日中に一斉に崩そうと今。懸命に情報を集めている」


「そうそう。絢斗の言う通り。悪い奴らを一網打尽。|天網恢々《てんもうかいかい》ってヤツだ」


壁に背を預けた松井さんが「ちょっと失礼。腹減った」と言って。

ポケットからタブレットケースを取り出し。中からタブレットを手の平に数粒落として、まとめてパクリと口に入れた。


微かに漂うミントの香り。


その香りを心地よく感じて、私もほんの少し。空腹を感じるのだった。


ポリポリとタブレットを咀嚼する松井さんを、黒須君が「もっと緊張感を持て」と指摘すると。


松井さんは「それは絢斗の担当だから」と直ぐに返事する。

その二人の軽いやり取りが、お互いの仲の良さを語っていて。ちょっと羨ましい。


二人はどんな大学時代だったんだろう。黒須君にはやっぱり彼女居たよね? とか気持ちが緩んだところに。


松井さんがそうそうと、私に話し掛けてきて。前々から黒須君に法律面の事で、アドバイスを受けていたことを教えてくれた。


話を向けられて、緩んだ気持ちを引き締め。松井さんの言葉に耳を傾ける。


松井さん曰く。

九鬼氏は母のトラブル以外にも、沢山の問題があるということ。

内容はセクハラ、モラハラ、パワハラ。

トラブルの枚挙にいとまがないらしく、その幾つかは松井さんの地道な交渉により、既に証拠や証言を確保していて。


そこに私や母の事を加えたいと言う事を、語った。


「って、迷惑掛けることはないから! マスメディアに露出してくれとかじゃないからねっ。櫻井家は今は裁判前で大事な時だとは分かっている。全てが終わってからでもいい。協力してくれるとありがたい」


松井さんの言葉を受けて、なるほどと思う。九鬼氏がお金を不正に沼知議員に送っていたこと。それだけでも世間に露見したら、バッシングは免れない。

更に。地元では我が物顔でトラブルを抱えていた事が判明すると、世論はどう動くか火を見るよりか明らか。


(きっと、凄く時間を掛けてここまで調べたんだろうな)


大変だったろうと、思うと頭が俯き加減になった。

すると松井さんが、私が悩んでいると思ったのか。少し優しめなトーンで喋り掛けてきた。


「そうだ。真白ちゃん。絢斗のことを勘違いして欲しくないんだけども。絢斗が僕に、君の事を打ち明けたのは僕の『記者』の為じゃなくて。君を守る為。絢斗は沼知共々、九鬼を《《根本》》から断つ方が、裁判後も安心して地元で暮らせるかと思って、行動した。弁護士の枠からはみ出した行動だとしても、そこは大目に見てやって欲しい」


その言葉に思わず、顔を上げ。目をぱちくりとさせてしまう。


黒須君を見ると、次は黒須君がそっと視線を下に落とした。


「九鬼氏のような存在は、裁判後も嫌がらせをする可能性がある。地元が一緒なら尚更。禍根は全て絶てるなら断ちたいと思った。そこに個人的な感情が無いとは否定しない。今のこの場面まで黙っておいたのは悠馬との調整、真白に気を使わせたく無いと言うこともあった。事後報告になってしまい──」


さらに、深く視線を落とす黒須君を見て言葉を遮った。


「黒須さん、大丈夫です。お気持ち分かりましたから。松井さんも含めて、お二人のことは信用しています」


黒須君の言葉を止めるように、気持ちを伝える。


「母には様子を見ながら話してみます。きっと驚くけど、松井さんになら協力してくれるはず。私のさっきの個室での出来事。あれは裁判に関係ない。まずは、私のことで良ければ幾らでも協力しますっ」


「えっ! 本当かい?」


ぱあっと、明るい声を出す松井さん。


「微力かも知れませんが、力になれるのなら」


「よっし! 絢斗! 真白ちゃんからのオッケー宣言が出たから、さぁ。バレッタを!」


──バレッタ?

なんの事だろうとキョトンとすると、黒須君が私に近寄った。


「真白、無理はしてないか」


「無理なんかしてません。母も立ち向かおうと勇気を出してくれた。だったら私も頑張らなきゃ。それに黒須さんも松井さんもいるから。きっと、大丈夫かなって」


偽りのない気持ちを伝える。


「分かった。何があっても真白は俺が守るから」


黒須君が淡く微笑みながら、指先が私の耳を掠めたかと思うと後頭部に手が回り。ぱちんと、バレッタを外す音がした。


そしてそのまま。バレッタをポンと松井さんに投げると、松井さんは大事そうに両手で受け止めた。


「実はバレッタに、超小型の録音機能付きの盗聴器を付けていた」


「!」


だから、タイミング良く黒須君や松井さんが来てくれたのだと分かった。

「音声をイヤホンで傍受していて、同じフロアで待機していた。真白に言うと変に緊張したり、負担になるかもしれないと思って、黙っていて悪かった」


節目がちに言う黒須君に気にしないでと、首を横に振っていると。

バレッタをいそいそと懐に直しながら松井さんも、こちらに近寄って来た。


「絢斗の急な仕事が入ったって言うのも、こちらの作戦。真白ちゃん一人の方があのオッサンは油断すると分かっていたから。騙してごめんね。お陰で大収穫だったよ。特に、自ら沼知の名前を出してくれたのは素晴らしかったね!」


「悠馬、分かっていると思うけど櫻井家には迷惑掛けるなよ」


「当たり前。九鬼のオッサン以外の声は全て加工するし。出所は絢斗が録音していたって事で、真白ちゃんの名前は出さないさ」


分かってるなら良いと、頷く黒須君。


その様子を見て、最初から私はこの二人の計画の上に居たと思った。

それに対して嫌な気持ちは無く、マジックの種明かしを見たような。スッキリとした気持ちになった。


松井さんが伸びをしながら、首をこきりと鳴らす。


「よし。一先ずはこれで僕は退散だな。色々と纏めなくちゃ」


「松井さん。あの、月並みですけど、お仕事頑張って下さい。松井さんが書かれた記事が出るなら、買います」


世の中に沢山悪い人がいるけど。こう言う人が居る限り希望はある。


黒須君や松井さんは誰かの味方になる、素敵な仕事に就いたんだなぁと。

素直にそう思えて口元が綻ぶと。松井さんがじっと、私を見つめてから。にっと笑った。


「記者冥利に尽きるね。いやぁ。照れちゃうなぁ。真白ちゃん。絢斗に飽きたら、僕に直ぐに連絡頂戴ね。明日でもいいからねっ。あ、なんなら今から二人で食事にでも行くかい?」


もちろん奢るよー、と明るく言う松井さんにリップサービスも楽しい人だと苦笑してしまうと。

急に視界がネイビーブラック、一面に染まった。

何事と思うと、背中に手が回る感触がして黒須君に抱きすくめられたとわかった。


「悠馬。それぐらいにしておけ。今から真白に飽きられない為にも、たくさん口説くのだから早く帰れ」


鼻先にまた甘やかなムスクの香りを感じながら、突然の抱擁に驚き、口籠る。


「絢斗。目がマジになってる。ジョーダンだから! 怖いってば! お熱い二人の仲を邪魔して悪かったってばっ。絢斗に蹴られて死にたくないから、もうお暇しますー!」


「なら、もう行け。また連絡するから」


「はいはい。じゃ、そー言うことで。真白ちゃん、絢斗こんな感じだけど、よろしく頼む。じゃ、またねー」


その言葉を聞いて、黒須君の腕の中で首だけを捻って「あ、ありがとうございましたっ」と、伝えると。


ヒラヒラと手を振って、松井さんは重い扉を開けて出て行ったのだった。


バタンっと閉まった扉を見つめながら、まるで春の嵐みたいな人だったと思ってしまった。


これで裁判後。私も家族も、九鬼氏に怯える事はきっとないだろう。

その為に松井さんに協力できる事はしっかりと、やって行きたいと思っていると。


ふいに「真白。俺を見て」と黒須君に名前を呼ばれ、反応する前にさっと黒須君の手が腰に回り。


トンっと壁に緩く体を押し付けられ、左手に指が絡んだ。


「っ、黒須さん」


「自分の妻が他の男に口説かれるのは、見ていて嫉妬で狂いそうになる」


黒須君の眼鏡越しの瞳は切なくも、ギラリとするような嫉妬の炎が垣間見れた。

それは男性ならではの色香を含んだ、顔付きだと思った。

至近距離でそんな事を言われて、男らしい色気のある表情に胸がドキドキしたのも刹那。


唇が重なった。


あっと、思って唇を開いた隙間に黒須君の柔らかな舌が差し込まれ。深いキスを授けられる。


「んっ、うっ」


びっくりして声を出そうとすると、その声までも奪うような──噛み付かれるようなキス。

舌と舌が絡み合あうと直ぐにちゅっ、くちゅっと、唇から水音が漏れる。


口付けの角度が幾度なく変わり。

指先がキツく絡み合い。

いつの間に足の間に黒須君の長い足が割り込まれて、ぐっと脚で秘所を刺激されてしまい。

たまらず声を上げると、黒須君の唇がやっと満足気に離れて行った。



黒須君が熱い吐息をこぼしながら言う。


「そんな反応……可愛い過ぎて俺は心配だ。俺が見て無いところで、他の男に口説かれているんじゃないかと、いつもそんな事を考えてしまう」


「はぁ……そ、そんなっ、……そんな事はありません。それに、さっきの松井さんのは冗談で本気じゃない。からかっているだけ、です」


情熱的なキスと体への刺激で、はぁはぁと喘ぐように喋る。

それに私は黒須さんの『契約妻』ですから──とは。

黒須君の強い視線で、言葉には出来なかった。


「それでも、だ。俺は真白の肢体に触れてから、より真白の虜になっている」


そう言って黒須君が私の首元に顔を埋め、首筋に吐息を感じて体がピクリと反応してしまった。もどかしい熱が体に籠り、じわじわと熱くなる。


「んっ」


「このまま、前の続きをしたいけれども。ここじゃ真白の肌を他人に晒す可能性もあるから我慢しよう。それにこの後、真白と行きたいと思っているところがある。着いて来てくれる?」


ねっとりと喰むようなキスを首筋にされ、頭をよしよしと撫でられてしまえば断る選択などなく。はい、としか言えない。


「私も……黒須さんの虜に既になっています。信じて下さい」


嘘じゃないと。空いてる手でおずおずと、黒須君の背中に手を回す。


「ならば。絢斗。俺のことは絢斗と呼んで。前もお願いしたのに呼んで貰えなかったから。そして敬語もいらない」


前は《《最中》》だったから、呼ぶ事が出来なかった。この一週間も九鬼氏への打ち合わせで、いきなり下の名前を呼んでいいか迷ってしまったから。


そう反論をしようとすると、見透かされたかのように首筋にかぷりと柔く、黒須君の犬歯が刺さり。

ぞわりと体が反応してしまい、直ぐに反論を諦めてしまった。


「つっ、はい。あ、絢斗……くん。よ、よろしくお願いしま、す。じゃなくて。よろしく……です」


息を乱しながら名前を口にした。

どうにも、高校の時のクセが抜けないと言うか。同い年なのにラフな感じで喋れなくて、自分でも不器用すぎると思ってしまった。

でも、黒須……くん。いや、絢斗君はクスクス笑って。


「そう言うところも、たまらなく可愛いよ。益々虜になる。これからはもっと俺の名前を呼んで」


と、今度は私の頬にキスをするのだった。



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