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笑みを浮かべていたアンドレウスの表情が曇った。
私の事を愛していたのなら母が暗殺者に殺されたとき、一番に会いにくるはず。
だけど、アンドレウスは私の前に現れなかった。
「ごめん。それは僕の一番の後悔だ」
「お母さんの遺言書にはトキゴウ村の孤児院へ行くように書かれていました。アンディおじさんの元ではなく、母の故郷に」
「……そのせいで、僕は君を迎えるのに七年かかった」
母の遺言書にはアンドレウスのことなど全く書かれていなかった。
そのことについては、アンドレウスも思うことがあったらしい。
「君が突然いなくなって、僕は荒れに荒れた。妻や君のお母さんを心の底から恨んださ」
「私がトキゴウ村の孤児院に送られたこと……、知らなかったのですね」
「ああ。足取りを掴むのに一年かかった」
やはり、母はアンドレウスに私の行く先を伝えていなかった。
その間、私は孤児院で文字の読み書きを学び、初めて同年代の子供たちと関わりをもった。
母の死によって、私は見たものを一瞬で覚える才能に目覚め、遅れていた知能が年相応に戻った。
急激な知能の発達により、ルイスに『カンニングしただろ』などと難癖をつけられるのだけど。
「あいつの反対を押し切って、僕はトキゴウ村に遣いを出した。ローズマリーを迎えるよう命じたのだ」
「その方は――」
「第一騎士団長、カズン・パワー・ライドエクスだ」
(あっ……)
ここで話がつながった。
王都のエリート騎士であるカズンが田舎であるトキゴウ村を訪れたのは、アンドレウスの命令だった。
その前に、私はクラッセル子爵家に養女として引き取られたからすれ違いを起こしたのだ。
「だが、あいつは私より先に、行動に出た」
「……王妃さまは、私を殺すため、刺客をトキゴウ村の孤児院に放ったのですね」
「そうだ。あいつは少女の生首を私に見せつけ、”ローズマリーは死んだ”と言った」
「……」
六年前の事件は、王妃が仕組んだこと。
生存者は帰りが遅れたルイスだけ。
カズンは唯一の手がかりであるルイスを連れ帰り、使用人として保護した。
「だが、あいつはしくじった。それをカズンが連れ帰った子供が証言した」
「私は――」
「事件の少し前にクラッセル子爵家に引き取られていた、そうだろう」
「その通りです。私はお義父様とお姉さまの愛情を受けて育ちました」
「私はその状況を利用することにした。あいつが勘違いしている間、君を迎える準備を整えていた」
「……それが、今なのですね」
「ああ。十六年間、待たせてすまなかった」
「……」
私はアンドレウスから真実を聞き、悲しい気持ちになった。
今の生活で満足しているのに。
アンドレウスが現れなければ、私はクラッセル子爵に課題曲の成果を話し、家族三人で外食をして過ごしたというのに。
トルメン大学校に通うことはできそう。
でも、アンドレウスは私とルイスとの仲を認めてくれるだろうか。
「私の存在は、公になるのですよね」
「ああ。王宮に帰ったらすぐにでも」
「……義父だったクラッセル子爵についてはどうなりますか?」
「養女では無くなるね。僕が強制的に縁を切る」
「おじさん、私……、恋人がいるの」
「恋人……、それはルイス君かね」
「はい」
アンドレウスの娘になる今、クラッセル子爵との縁を切られることは想定していた。
だけど、ルイスのことはどうなる。
クラッセル子爵は音楽の道を極めていれば、いつか演奏会で再会できる。
だが、ルイスはただの士官学校生。
将来、騎士になるだろうが、恋人の関係でなければ、王女になる私に会うことは叶わない。
会うとしたなら、ルイスは出世をしないといけない。話すだけでも数年かかってしまうだろう。
「あの子はローズマリーのことを気にかけていたね。毎年、決まった時期にトキゴウ村を訪れ、殺された子どもたちを弔っていた」
「私はルイスのプロポーズを受け入れました。彼以外の男性と結婚したくありません」
「ルイス君はよい青年だ。来年、騎士見習いとして僕たちの味方になってくれるだろう」
アンドレウスはルイスのことをよく知っている。
私の周辺にいる人物をすべて調べていたのだろう。
アンドレウスの口ぶりから、ルイスは好印象だ。
もしかしたら、という希望はすぐに打ち砕かれる。
「だが、彼は平民だ。君の相手として、周りが納得しない」
アンドレウスは私とルイスとの交際を許してくれない。
「ルイス君との交際は……、諦めて欲しい」
この人は子爵令嬢として大事に育ててくれたクラッセル子爵を、恋人であるルイスをも私から奪うのだ。