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## 第四章:零(ゼロ)が残した手土産
天乃鈴が夜の闇へと消え去ってから、梵天のアジトにはこれまで以上の重苦しい沈黙が支配していた。
最高幹部たちは再び会議室へと集められていた。首領であるマイキーの前に、ココが重々しい足取りで一枚の紙切れと、古びたUSBメモリを差し出す。それらは、鈴が潜入中に使っていた下っ端用ロッカーの、さらにその奥の隙間から見つかったものだった。
「マイキー、例の『零の踊り子』……天乃鈴が残していったブツだ」
ココの顔はいつになく険しい。
「わざわざ分かりやすい場所に残してあった。メッセージ付きでな」
マイキーは無言で、鈴の手書きとおぼしき紙切れに目を落とした。そこには、彼女のキャラクターそのままの、丸っこいフォントの明るい敬語でこう書き置きされていた。
『万次郎くんへ。
さっきの耳打ちだけだと信じてもらえないかもしれないので、証拠を置いておきますね!
私の仕事は「正確な情報」をお届けすることですから。
対価は、万次郎くんの驚いた顔、ということで!
うふふ、それではまたどこかで〜。
零の踊り子より』
「……中身は」
マイキーの低い声が響く。
「……信じられねぇ内容だ」
ココがノートパソコンを叩き、プロジェクターの画面にUSB内のデータを映し出す。そこに表示されたのは、梵天の極秘資金ルートの流出履歴、そして、それらを外部の敵対組織へと売り払っていた「仲介口座」の名義人データだった。
その名義人の欄に記されていた名。そして、取引の音声ログから解析された声の主。
それは、ここ数ヶ月の組織拡大に伴い、その冷徹な手腕を買われて「最近幹部に昇格したばかりの男」——遠藤(えんどう)のものだった。
「なっ……遠藤、テメェ……ッ!!」
鶴蝶が信じられないといった様子で、会議室の端に座る男を睨みつける。
三途は狂ったような笑みを浮かべ、ゆっくりと愛刀を抜いた。キチキチと、刃が擦れる不穏な音が室内に響き渡る。
「あァ? 随分と神妙な面持ちじゃねぇか、遠藤ォ。最近幹部になったからって、調子に乗って王様にでもなったつもりだったか?」
「ま、待ってください! 違います、これは罠だ! その『零の踊り子』とかいう野良の情報屋が、俺をハメるために捏造したデータに決まって——」
遠藤は顔面を蒼白にし、必死に弁明しようと椅子を蹴って立ち上がった。
しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
「……遠藤」
マイキーの冷徹な一言が、遠藤の動きを完全に凍りつかせる。
「鈴はね……情報の正確性だけで、裏社会の頂点にいる奴だ。あいつが直に取ってきた情報に、間違いはない」
「ひっ……!」
「処理しろ、春千夜」
「御意のままに、俺の王(マイキー)」
歓喜に歪んだ三途の刃が、絶叫を上げる遠藤へと振り下ろされた。
騒動が終わり、血生臭い会議室から一人離れ、マイキーはビルの屋上へと立ち、東京の夜景を見下ろしていた。
手元にあるのは、潜入時の天乃鈴の履歴書に貼られていた、あのツインテールの写真。昔と変わらない、悪戯っぽく輝く金色の瞳が、まるで画面の向こうから自分をあざ笑っているかのように見える。
彼女は、自分を裏切るために梵天へ来たわけではなかった。
ただ、依頼された仕事を忠実にこなし、そして同時に、かつての友人であるマイキーの組織に巣食う真の「ユダ」を炙り出し、手土産として置いていったのだ。
「フッ軽で、天然で、敬語で……中身はあの頃のままだな、鈴」
ふと、背後の暗闇から、衣服が擦れる微かな音がした。
常人なら気づかないほどの、風が凪ぐような気配。だが、今のマイキーにはそれが誰のものか、直感で理解できた。
「万次郎くん、まだ起きてるんですか? 夜更かしはお肌に悪いですよ〜」
振り返ると、ビルのフェンスの上に、危なっかしい足取りでちょこんと腰掛けている鈴の姿があった。3階から飛び降りても無傷な彼女にとって、高層ビルの屋上のフェンスなど、ただの平均台のようなものなのだろう。鮮やかな紫と水色の髪が、夜風に揺れている。
「……鈴。わざわざ戻ってきたのか。遠藤は処理したぞ」
「ふふ、流石万次郎くん、お仕事が早いですね!」
鈴はフェンスから軽がると飛び降りると、やっぱり、驚くほどのゼロ距離までトコトコと近づいてきた。見上げる金色の瞳には、一切の敵意も、恐怖もない。
「お礼を言いに来たわけじゃないぞ」
「わかってますよぅ。ただ、最後にちょっとだけ、万次郎くんの顔が見たくなっちゃって。あ、これ、プライベートのサービスですから、対価は要りません!」
マイキーは静かに手を伸ばし、鈴の頬に触れようとした。しかし、鈴はまるで初夏の風のように、するりとその手をかわして一歩下がる。
「だーめです。私は『零の踊り子』。闇の住人です。梵天の首領が、特定の情報屋と仲良しこよしなんて、裏社会のパワーバランスが崩れちゃいますから」
「……どこへ行く」
「さぁ? 次のお得意様が、私を待ってますから。どこにでも行きますよ。でも、もしまた梵天にピンチが訪れたら……その時は、正当な対価を用意して、私を雇ってくださいね?」
鈴はそう言って、悪戯っぽくウインクをした。
「じゃあね、万次郎くん。またね」
その言葉を最後に、天乃鈴は夜空へ溶けるように、屋上の縁から身を投げた。
マイキーが慌てて駆け寄り、下を覗き込んだ時には、すでに彼女の影はどこにもなかった。ビル壁の僅かな突起を伝って降りたのか、あるいは別のルートへ飛び移ったのか。まさに、裏社会の伝説に違わぬ、見事な『踊り子』の足跡だった。
マイキーは夜空を見上げ、小さく、本当に久しぶりに、微かな笑みを浮かべた。
「ああ。またな、鈴」
孤独な王の心に、消えない『零』の灯火を残したまま、彼女は今日も裏社会のどこかで、軽快に、明るく、美しく踊り続けている。
コメント
1件
うわああああ第2話も最高すぎた!!😭💕💕 鈴ちゃん、潜入してただけじゃなくてちゃんと証拠残して去っていくスタイルかっこよすぎる…!「対価は万次郎くんの驚いた顔」って台詞、エモすぎて何回も読んじゃったよ…🥺💖 最後の屋上のシーン、距離感保ちつつもお互いを想ってる感じがたまらんのよ…!「またね」で終わるところがもう続きが気になりすぎる!!次の話も絶対読むからね!!🔥✨
天乃 鈴!カンヒュ民!
15
14
瑠奈
42
瑠奈
45