10年前…
湊が学校から祖父母宅に帰ると、父と母がいた。
大学は地元に行って、実家に戻るよう説得された。
湊は拒否したがその度に説得される。
何度話合っても堂々巡りで、嫌になった湊は内緒で東京の大学を受験し、逃げるように上京した。
誰も自分を知らない土地での新生活も大学の頃は順調に行っていた。
気の合う同級生と飲み歩いて、くだらない世論を語って、朝まで騒いで…。
卒業できたのが自分でも不思議なくらい毎日が充実していて楽しかった。
一変したのは就職した会社での時だった。
ノルマの達成や取引先からのクレーム対応、上司からの圧力、残業、終わりの見えない仕事の山…その繰り返しだった。
忙しさで親しい友人とも疎遠になり、楽しかった大学生活が遠い昔に思えた頃、湊の身体に異変が起きる。
毎朝起こる頭痛や目眩…身体は悲鳴をあげていた。
それでも、仕事は休めなかった。
絶望の繰り返しの日々が続き、 周りの声が雑音にしか聞こえなくなった時、心が壊れた…
相手は誰でも良かった。
今の辛さから一瞬でも逃れる事ができれば…
気がつけば同性愛者が集まる店に足が向いていた。
生気のない虚ろな目で酒を頼むと一気に飲み干した。
声をかけてきたのは、自分より少し背の高い、いかにも遊んでいそうな男だった。
丁度いい…
こいつなら一度の関係で終わらせられる。
すぐにホテルに誘った。
終わった後はなんの感情もなかった。
ただ虚しさが残っただけだった…
抱かれている時は下の名を呼んで欲しいとだけお願いしたがそれ以上お互い何も言わず、聞かなかった。
それから数ヶ月が過ぎた頃、取引先との打ち合わせの場にその男がいた。
冷静を装い、初対面の振りをしたが、そいつはその後もしつこく湊に言い寄ってきた。
湊の同僚から携帯番号を聞き出すと、毎晩のように電話をかけてくるようになった。
暗い部屋で1人膝を抱えてうずくまる。
鳴り続ける着信音は既に風化されてしまう程だった。
「…疲れたな」
湊の限界はとっくに超えていた。
感情さえ無くした湊はただじっと天井を見上げる。
やっと鳴り止んだ着信音が静けさを増した。
膝を強く抱え、頭を垂れる。
暗闇の中、見えない出口を探し彷徨っているかのような毎日。
声を出しても誰にも届かない…聞こえない。
明日さえ見えないただやりこなすだけの日々。
全てがどうでも良くなっていた…
ふと玄関を見るとさっき届いた荷物が置かれていた。
祖母からだった。
こっちに来てから電話番号も住所も祖父母には教えなかったが、数ヶ月前、祖父が体調を悪くしたと他から聞かされた時、何かあったらと教えていた。
荷物に手を伸ばし箱を開ける。
中には湊の大好きな地元の食材等がぎっしり入っていた。
「…懐かしいな」
ひとつひとつ取り出しては遠い地元を思い出していた。
白い封筒が目に入る。
祖母からの手紙なんだと思い、封を切る。
「………!」
手紙を読むと感情を失くしていたはずの湊の瞳から涙が溢れ出した。
手紙を強く握りしめその場に突っ伏して湊は泣いた。
「………うっ……っ…っ 」
声を上げ、嗚咽が出るまで泣きまくった…
どのくらい時間が経ったのだろうか…
涙は一向にとまらなかった。
身体中の水分が無くなってしまうのではないかと言うくらいに泣き続けた…
一度の過ちを酷く後悔した。
今更帰った所で誰も自分を必要としていないと思っていた…
世界中でたった一人になってしまったと思っていた。
けれど、その手紙は絶望の縁から湊を救い上げ光をくれた…。
便箋の字は祖母のものではなかった。
達筆でしっかりとした文字だった。
誰からの手紙かは名前を見なくてもすぐにわかった。
隣の家に住む年の離れた友達。
その小さな身体全てで湊に真っ直ぐ愛情をくれた…
湊にとって宝物のような存在だった。
白い便箋に書かれていたのは一言だけ…
会いたいです。 慎太郎
それだけだった…。
【あとがき】
何度も何度も悩み、何度も何度も書き直しました。
次は第1章最終話です。
明日、投稿します。
月乃水萌
コメント
8件
最高です😭👏🏻✨ 続きが楽しみです☺️ 頑張って下さい💪
シンの手紙…泣ける🥹🥹