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~d×n~「演出じゃなくて、本気の恋」~BLコンカフェ設定~


Side翔太


俺は、この数週間、ずっとため息ばっかりついていた。

大学の授業の合間に面接、面接、また面接。

履歴書はきれいに書いて、写真もスーツでちゃんと撮った。けど——なぜか全部「後日ご連絡します」からの「今回はご縁がなく…」のパターンだった。


飲食店も、コンビニも、イベントスタッフも、どこもかしこも不採用。

バイト代がなかったら、来月の家賃もヤバい。

焦りと同時に、だんだん自分が社会から必要ないって言われてる気がしてきて、正直メンタルも削れてた。


そんなとき、求人サイトで見つけたのが《BLコンセプトカフェ・Deux♡Chat(ドゥー・シャ)》の募集。


 ——BL?


最初は意味がわからなかったけど、説明文には「男性キャスト同士のペア演出でお客様をおもてなしするカフェ」って書いてあった。

何だよそれ、って笑いそうになったけど、時給がやたら高い。しかも「未経験歓迎」「演技指導あり」って文字。


……もう背に腹は代えられない。


応募フォームに名前と簡単なプロフィールを入れて送信。

驚いたことに、その日の夜に「明日面接できますか?」と電話がかかってきた。

勢いで「はい!」と返事して、そのまま翌日スーツで行ったら、店長の店長がにこにこしながら「君、表情がいいね。お客さん喜ぶよ」と言ってくれて——まさかの即採用。


 ……そして今、俺は閉店後の控室にいる。


深夜、スタッフだけの空気。制服姿のまま、丸テーブルに置かれたノートパソコンの前に座ってる。

画面には「新人研修用:演出マニュアル動画」とデカデカと書かれたタイトル。

再生ボタンを押すと、店の中で先輩キャストたちが笑顔で接客してる映像が流れた。


「演出の基本は”距離感”です。お客様の前で、ペア同士が手をつなぐ、見つめ合う、耳打ちをする——これらはすべて”商品”です」


映像の中の声が、やたら真剣だった。

画面では、背の高いキャストがもう一人の肩に手を回し、耳元で何か囁く。囁かれた方が頬を赤くして、お客さんが「きゃー!」って手を叩いてる。


俺は思わず身を乗り出して見てしまった。

……いや、何だこれ、思ってたよりガチだよね。

単に仲良く見せるだけじゃなくて、所作とかタイミングとか全部計算されてる。

手をつなぐ時も、指先を重ねる順番が決まってて、見つめるのは三秒。

耳打ちの距離は十センチ以内、吐息がかかるかかからないかのギリギリ。


「これ……俺、ちゃんとできるのかな?」


小声でつぶやいたら、隣で同じく研修動画を見てた若い男性が笑った。


「すぐ慣れるよ。最初はドキドキするけど、お客さんが喜んでくれたら楽しいから」


その言葉に、ちょっとだけ肩の力が抜けた。


とはいえ、動画の中のキャストたちの完成度はえげつない。

動きが止まって見える瞬間が一個もない。笑顔も、視線も、全部お客さんを射抜くために計算されてる感じだった。


俺は、面接のときに店長が言ってた「君は表情がいい」って言葉を思い出す。

……その期待に応えられるだろうか。


再生が終わると、画面が暗転して「次はペア発表です」の文字が出た。

ペア——つまり、俺と一緒に演出をする相方。

心臓が、変に跳ねる。

どんな人なんだろう。優しい人だったらいいけど……。

いや、でももし動画みたいに背が高くて、落ち着いてて、耳打ちとかされたら——。


控室のドアが開く音がした。

振り返った瞬間、長身の男がスッと入ってきた。


「ああ、新人くんか。よろしく」


低くて落ち着いた声が、俺の耳に落ちた。

振り返った先には、制服のシャツをきっちり着こなした男の人が立っていた。切れ長の目が、俺を一瞬だけ見てから視線を外す。その動き一つ取っても、妙に様になっていて、俺は言葉を返すタイミングを逃してしまった。


「全員そろったねー」


奥の方から、店長が手を叩きながら前に出てきた。いつもと変わらない柔らかい笑顔だけど、その声には閉店後特有の落ち着いた響きがあった。

俺が座っていた丸テーブルの周りには、先輩キャストたちが思い思いの姿勢で腰掛けている。肘をついてスマホをいじってる人もいれば、制服のまま水を飲んでる人もいる。全員、舞台裏の顔になっていて、昼間の華やかな雰囲気とはまた違う。


「じゃあまず、新人の紹介からね」


店長の視線が俺に向けられた。


「今日から《Deux♡Chat》で働いてくれることになった、翔太くん。大学生だそうです」


軽く肩を押され、俺は立ち上がって頭を下げる。


「翔太です。よろしくお願いします」


自分でもわかるくらい声が硬い。

すると、あちこちから「よろしく〜」「新人くん、がんばってね」と明るい声が飛んできた。中には「大学生かー、若いね」と笑う人もいて、少しだけ肩の力が抜けた。


「じゃあ、そのまま今後のペア発表もしちゃおうか」


店長が手元のタブレットを確認しながら言った。

この店は二人一組の”ペア制”で接客をする。動画で見たような絡み合いの演出も、ペア同士でやるのが基本。だから、誰と組むかは死ぬほど大事らしい。

店長が名前を一つずつ読み上げていくたびに、「よろしくねー」とか「お、また一緒か」と声が上がる。


「……じゃあ次。渡辺くんは——宮舘」


その瞬間、俺は条件反射で”宮舘”と呼ばれた方を探した。

数人の間からすっと立ち上がったのは、さっき控室に入ってきた長身の男だった。黒髪が柔らかく光を受けて、切れ長の目が静かに笑うでもなくこちらを見ている。制服のシャツは首元まできっちりボタンが留められ、袖口まで整っているのに、窮屈そうな感じはなくて、逆に余裕を感じさせた。


(か、かっこいい……)


心の中でつぶやいた瞬間、自分の顔が熱くなるのがわかった。

やばい、こんな整った人とペアとか……俺、ちゃんとできるのかな?

ただでさえ今日初めて店の空気を吸ったばっかりで、右も左もわからないのに、隣に立つ相手がこんなに完成された人間だと、自分の未熟さが際立ってしまいそうで怖い。


「渡辺くん、これから三か月は彼と一緒にやっていくから、仲良くね」


店長が笑ってそう告げると、宮舘さん——でいいんだろうか——は軽く顎を引いて俺に一礼した。その仕草一つで、胸の奥がきゅっとなる。


(う、うまくやっていけるだろうか……)


ペア発表の声や笑いが響く控室の中、俺だけ少し置いてけぼりになったような感覚を抱えていた。


店長が俺と宮舘さんの間を見比べて、ふっと口元を緩めた。


「渡辺くん、緊張してるでしょ?」


不意に問いかけられて、俺は思わず背筋を伸ばす。


「い、いえ……あの、ちょっとだけ」


声が上ずっているのは自分でもわかった。


「じゃあ、少しでも距離を縮めるために紹介しておくね」


店長は俺の肩に軽く手を置き、隣の長身の男へ視線をやった。


「彼は〇〇涼太。この店じゃ”涼太”って呼ばれてる。お客様にも、スタッフにもそう呼ばれてるから、翔太くんもそうしてあげて」


「涼太さん……」


口にした瞬間、何だろう、妙に柔らかい響きが舌に残った。

そのとき、宮舘さん——いや、涼太が一歩俺に近づき、背筋をすっと伸ばしたまま、少しだけ首を傾けた。


「よろしく、翔太」


その声は低くて落ち着いていて、それだけでも胸の奥に響くのに——その直後、口元がふっと緩み、まるでスポットライトでも浴びたみたいなキラキラした笑顔を向けられた。

それは作り笑いには見えなかった。瞳の奥まで笑っていて、見られた瞬間、心臓が一拍分強く跳ねる。


(……やばい、近い。しかもかっこよすぎる)


さっき動画で見た”お客様に向ける笑顔”と同じなのか、それとも違うのか——そんなことを考える余裕もなく、ただその視線に押されて、俺は一歩も動けなくなっていた。


一応「よ、よろしくお願いします」と返すものの、声がかすれていた。

涼太は気づいた様子もなく、にこっとまた笑ってくれる。それが逆に、俺の胸をざわつかせる。


(こんな完璧な人と並んで、俺、ちゃんと演出できるのかな……? 俺なんかが横に立って、お客さんはがっかりしないだろうか)


不安の種が、胸の奥でじわじわ広がっていく。


「はいはい、じゃあペアも決まったことだし、明日からのシフトに合わせて練習だよ」


店長が手を叩いて場を締める。その声は明るいけれど、どこかで俺を観察しているような目をしていた。


「涼太は経験も長いし、翔太くんのことサポートしてくれるから安心して」


そう言いながら、店長はほんの一瞬だけ涼太に視線を送る。その視線の意味を俺は読み取れなかったけれど、涼太は軽く頷いて「任せてください」と短く返した。


周りのキャストたちは、それぞれのペア同士で笑い合ったり、軽口を叩いたりしている。俺の隣では涼太が腕を軽く組んで、静かにその様子を眺めていた。

俺はというと、さっきからずっと、自分の心臓の音がやたら大きく聞こえて落ち着かない。明日から、この距離感のまま”演出”をやらないといけない——そう思うと、胸の奥が熱くなると同時に、不安でいっぱいになるのだった。


―――――――――――――――――――


初出勤の朝、俺は制服に袖を通しながら深く息を吸った。

昨日のペア発表のあと、結局涼太さんとまともに会話をすることもできず、気づけばもう「現場デビューの日」がやって来てしまったのだ。胸の奥が落ち着かない。


開店準備でバタバタする店内。俺はオーダーカウンター横に立って、手持ち無沙汰にしていると、先輩キャストの一人が気づいて声をかけてくれた。


「翔太くん、まだ時間あるし、ラテアートの練習でもしてみる?」


優しい標準語で、柔らかく笑っている。俺は思わず背筋を伸ばした。


「え、俺がですか?」

「うん。ここは”ラテアート”が目玉メニューだからね。基本的なハートくらいは入れられたほうがいいんだよ。あんまり気負わなくていいから、一度やってみようか」


差し出されたミルクピッチャーを受け取り、俺は恐る恐るスチームミルクを作り始めた。


「フォームはね、きめ細かく。空気を入れすぎると泡立ちすぎちゃう。そうそう、今みたいに……お、上手いね」

「え、本当ですか?」

「うん、初めてにしてはかなりいいよ」


先輩の声に少し勇気をもらって、俺はエスプレッソの入ったカップに慎重にミルクを注ぎ込む。手首の角度を調整しながら、そっとカップを揺らすと——ふわりと白いハートが浮かび上がった。


「……できた?」

「おお、きれい」


思わず声が出る。先輩が目を丸くして、俺の手元をのぞき込んだ。


「ちょっと待って……これ本当に初めて?」

「はい、動画で見たことあるくらいで、実際にやるのは今日が初めてです」

「嘘みたいだなぁ。形もきれいだし、線も崩れてない。翔太くん、すごく器用だね」

「本当に……?」

「うん。これならすぐにお店に出しても問題ないレベルだよ。普通は一週間くらい練習しないと形にならないんだけど」


先輩は感心したように何度もうなずいた。


俺は少し照れながらカップを見下ろす。確かに素人が作ったにしては綺麗に見えるけど……こんなので褒められていいんだろうか。


「よし、じゃあ一回実際にやってみようか。涼太と一緒にね」

「えっ!?」


心臓が跳ねる。

先輩は厨房奥に向かって声を張った。


「涼太! ちょっと来て!」


すぐに聞き慣れた低い声が返ってくる。


「はい」


足音が近づき、制服のシャツ姿の涼太がカウンターの向こうに現れた。切れ長の目がこちらをちらりと見て、軽く首をかしげる。


「翔太くん、ハートのラテがすごく上手くできたんだ。だからさ、試しに二人でお客様のところに出してみようと思って」

「もうですか……?」俺は思わず先輩に聞き返した。

「大丈夫。君ならできる。むしろ今の調子のままお客さんに見せたほうが、緊張も解けるよ」

「……そうかなぁ」

「うん、間違いない。涼太も一緒だしね」


その言葉に涼太が一歩近づいてきて、低い声で俺に囁く。


「心配しないで。俺が隣にいるから」


キラリと笑顔を見せられた瞬間、胸がまた強く鳴った。


(本当に俺、今日からお客さんの前に立って大丈夫なのかな……?)


客席はちょうど賑わっていて、女子大生グループらしきお客さんが笑いながらメニューを覗き込んでいた。


「じゃあ……せっかくだし、ハートのラテお願いしまーす!」


その声に、先輩が軽く合図を出す。


「はい、では本日のおすすめ、ペアラテをお届けしまーす。涼太、翔太くん、お願いね」


俺はカウンターの奥でカップを準備しながら、心臓が早鐘を打っているのを感じる。

涼太が隣に立ち、落ち着いた低い声で言った。


「翔太、右手出して」

「え、あ……はい!」


差し出した俺の右手を、涼太が自分の大きな右手でしっかりと絡める。その瞬間、客席から「きゃーー!」と黄色い歓声が上がった。


「……すごい、もう盛り上がってる」


俺が小声でつぶやくと、涼太は口の端をほんの少し上げた。


「当たり前だろ。こういう演出を”見せる”の。落ち着いて、俺の動きに合わせて」


俺たちはカップの上に並んで立ち、ミルクピッチャーを同時に傾ける。


「翔太、最初は俺が導くから少しずつ力を抜いて」

「は、はいっ」


白いミルクがエスプレッソに細く流れ込み、円を描きながらカップの中央で広がっていく。

涼太が親指で俺の手首を支え、角度を微調整してくれる。俺はその導きに従いながら、少しずつ自分の感覚を重ねていった。


「今、振る……せーの」


涼太の低い声と同時にカップを軽く揺らす。すると、白いハートの半分が浮かび上がった。俺の注いだ線と、涼太の線が重なって、二人分のハートがひとつに合体していく。


「わぁぁぁぁぁっ!」


客席から再び大きな歓声。


「え、すごい、本当にハートになった!」

「二人でやってるの、めちゃくちゃ尊い〜!」


俺は思わず息を飲んだ。


(本当にできた……俺が、涼太と一緒にやって、ちゃんと形になった……!)


最後に涼太が手首を少しだけ引いて注ぎ口を持ち上げ、ハートの輪郭を閉じる。


「完成です」


低い声と同時に、二重のハートがカップの表面に浮かび上がった。


「「お待たせしました」」


俺と涼太が同時に声を合わせてトレーに乗せ、テーブルへと差し出す。


「きゃーーーっ!!!」


お客さんたちが手を叩きながら大盛り上がり。中にはスマホで写真を撮る子もいて、「尊い」「これはやばい」と口々に叫んでいた。


俺は頬が熱くなるのを感じながら、ちらりと隣の涼太を見上げた。


「……俺、ちゃんとできました?」


涼太は短く笑って、軽くうなずいた。


「上出来。初日でここまでやれる新人は珍しいよ」

「ほ、本当に?」

「嘘は言わない。翔太、センスあるよ」


にこっと笑顔を向けられた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなる。


(だめだ……褒められるだけで、こんなに嬉しくなるなんて……)


「翔太、次もいくよ」

「え、もう次!?」

「歓声が上がれば、他のお客さんも”自分も見たい”って思う。こうやって注文が増えていくんだよ」

「そ、そうなんですね……!」


涼太の落ち着いた声と確かな手の導きに支えられながら、俺は初めてのお客さんとの演出を乗り切った。その余韻に包まれつつも、これからもっと大変になるんだろうなぁ、と内心で震えていた。


「翔太」


隣で次の準備していた涼太が、ふいに俺の名前を呼んだ。低いけど柔らかい声に、思わず「はいっ」と返事をしてしまう。


「……あ、いや。そういうの、いいんだけどさ」


涼太は少し首を傾けて俺の顔をのぞき込み、にやりと笑った。


「翔太、俺に敬語いらないからね」

「え? いやでも……先輩だし」

「先輩とかそういうの関係ないよ。ここは普通のカフェじゃなくて、BLを楽しみに来てるお客さんが多いんだ。だから設定も大事なんだよ」


涼太はカップを磨きながら、穏やかな口調で続ける。


「翔太と俺、歳近いし、同級生っぽいラフな感じで絡んだ方がウケると思う。それにさ、その優しい話し方……使わないなんてもったいないよ」

「……!」


俺は思わず目を見開いた。


(すごい……ここまで考えてるんだね)


たしかに、ただの敬語で無難に接客するよりも、親しげに呼び合ったほうが距離感が近く見えるし、お客さんにも伝わりやすいし柔らかく聞こえるから演出に映えるはずだ。


「どう? 翔太」


涼太が笑みを含んだ目で俺を見てくる。少しだけ挑発するような光があって、でも意地悪じゃない、むしろ”どうせできるだろ”って信じてるような目だった。


「……わ、わかった。じゃあ敬語やめてみる」


俺が言うと、涼太は満足そうに頷いた。


「うん、そのほうがいいよ。ほら、”よろしくお願いします”より”涼太、これ一緒にやろう”のほうが自然だよね」

「……何だそれ。ちょっと恥ずかしいよ」

「恥ずかしいのがいいんだって。お客さんはそういうのに弱いんだから」


涼太はツンとした感じで肩をすくめたが、声は優しくて、俺の緊張を解かすみたいに軽やかだった。


「ほら、翔太。次の注文、二人羽織スイーツのリクエスト入ってるよ」

「えっ、もう?」

「うん。だから準備しよう。俺が後ろに回るから、翔太は正面で落ち着いて。失敗しても大丈夫だよ、俺が支えるから」

「……涼太って、意外と優しいんだね」

「意外とって何さ。最初から優しいよ」


にこっと笑う涼太の顔に、また心臓が跳ねた。


(……やばい。こんな風に言われたら、余計に緊張するよね)


俺はトレーを持つ手に力を込めながら、次の演出の準備に向かった。

客席の一角で、にぎやかな女子グループが手を振っていた。


「二人羽織スイーツ、お願いしまーす!」


その声に店内の視線が一斉に集まる。

俺はカウンターの奥で深呼吸した。


「……涼太、本当に俺で大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。翔太は器用だから。俺が後ろから支えるから安心して」


涼太はにこりと笑って、軽く俺の肩を叩いた。

トレーに小さなショートケーキと粉糖の入ったシフターを乗せ、俺たちはお客さんのテーブルへ向かう。


「お待たせしました〜! 本日は特別演出、”二人羽織スイーツ盛り”です♡」


先輩キャストがアナウンスすると、客席はざわめきでいっぱいになった。


「じゃ、翔太。前に立って」

「う、うん……」


俺はテーブルに向かって立ち、涼太はすっと俺の背後に回り込む。

その瞬間、涼太の長い腕が俺の両肘の下に回り込んできて、がっちりと抱え込まれるような形になった。


「ひ、ひゃっ……」


思わず声が漏れる。腕の重みと体温が、背中越しに伝わってきて心臓が跳ねた。


「落ち着いて。俺が動かすから、力抜いて」


低い声が耳元で響いて、余計に熱がこもる。

俺の手の上に、涼太の大きな手が重なった。指先までぴったり沿っていて、動かすたびに密着しているのがわかる。


「さ、まずはいちごをトッピングするよ」

「う、うん……」


二人でスプーンを持ち、赤い苺をケーキの上にそっと置く。


「わー! 二人とも息ぴったり!」

「やばい、距離感が最高すぎる!」


客席から黄色い歓声が上がる。


「次は粉糖だよ」


涼太の声に合わせて、俺たちはシフターを手に取る。ふるふると揺らすと、白い粉がケーキの上にふわりと舞い降りた。

——そのはずが、一瞬角度を間違えたせいで、粉がふわっと舞って俺の頬に降りかかった。


「えっ……!」

「翔太、動かないで」


涼太が俺の頬にそっと触れ、親指で粉糖を拭い取る。

その動作はほんの一秒もなかったけど——客席からは割れるような歓声が上がった。


「きゃーーーーーっ!!!」

「やばいやばい、今の尊すぎる!!」

「写真撮った!? 撮ったよね!?」


俺は顔が一気に真っ赤になった。


「//////なっ……!」

「演出だよ、翔太」


涼太は俺の耳元で小さく笑う。


「でも……粉糖のせいで本当に触れることになっちゃったけどね」

「そ、そんなさらっと言わないでよ!」


俺が慌てると、涼太はさらににやりと笑って、客席に向かって「お楽しみいただけましたか?」と声を張った。


「「「はーーーーい!!!!」」」


店内が一斉に盛り上がり、拍手まで起こる。


「……すごい反応だったね。翔太のおかげだよ」

「え、俺のせいじゃないでしょ、今のは完全に涼太がやったから……!」

「でも、翔太が赤くなってるのが一番の”ご褒美”なんだよ」

「なっ……!」


客席に背を向けた瞬間、俺は思わず顔を両手で覆った。


(やばい……お客さん以上に、俺が翻弄されてるよね……!)


二人羽織スイーツは大成功に終わり、俺の心臓はまだドキドキが収まらなかった。



続きは note にて公開中です。

作者名「木結」(雪だるまアイコン)でご検索ください。


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