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じゃむじゃむあっぽー🍏
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3話
保健室でのあの日から、俺の視線は無意識のうちに涼架を追いかけるようになっていた。
同じクラスではないけれど、廊下ですれ違う時、遠くから楽しそうな声が聞こえる時。涼架はいつも、ふにゃりとしたタレ目をさらに下げて、クラスの連中と笑い合っていた。
誰にでも優しくて、いつも楽しそうで。
俺が抱いていた彼の印象は、その日、音を立てて崩れ去ることになる。
四時間目が始まる直前、移動教室のために全校生徒がせわしなく階段を行き交っていた。
俺が教科書を抱えて三階から二階への階段を下りていた時、向かい側の、上り階段の踊り場に『彼』の姿見つけた。
次の授業の教室へ向かっているのだろう。涼架はクラスメイトの男子二、三人とにこやかに話しながら、段を上っていた。
「あ、若井くんだ!おはよー」
俺の姿に気づいた涼架が、嬉しそうにぶんぶんと手を振る。
「おう、おはよう。次の授業、上?」
「うん、 四階の視聴覚室なんだよね。遠くてやんなっちゃう」
いつも通りの、のんきでふわふわとした声。
「じゃあまたね!」と笑って、涼架は再び階段を上り始めた。俺も「じゃあな」と短く返して、階段を下りようとした。
ーーその、数秒後だった。
ドン、と何かが壁にぶつかるような鈍い音が、さわめく階段の騒音に混じって聞こえた。
本能的な胸騒ぎがして、俺は思わず足を止め、振り返る。
階段の途中で、涼架が立ち止まっていた。
一緒にいたクラスメイトたちは、話に夢中になって先に上っていってしまっている。誰も気づいていない。
涼架は、踊り場の壁に背中を預けるようにして、激しく肩を上下させていた。
その右手は、制服のブレザーの胸元を、ちぎれんばかりの力でぎゅっと鷲掴みにしている。
「….っ、は….っ、く…」声にならない、ひどく掠れた呼吸。
いつもあんなに柔らかく笑っている顔が、今は見たこともないほど苦痛に歪んでいた。眉間には深い皺が寄り、唇の端からは血の気が完全に引いている。
尋常じゃない量の冷や汗が、彼の綺麗な輪郭を伝って床に落 ちた。
「涼架…っ!?」
俺は教科書を抱えたまま、下りていた階段を駆け上がった。
周りの生徒たちが「うわ、若井、何怒鳴ってんだ?」とひそひそ声を痛らすのなんて、どうでもよかった。ただ、今にも崩れ落ちそうなその
身体を支えたくて、必死に足を動かした。
「涼架!おい、しっかりしろ、どうした!?」
踊り場にたどり着き、涼架の細い肩をがっしりと掴む。
間近で見る彼の顔は、まるで紙のように真っ白だった。
「若、い….く、ん….?」
涼架は、焦点の定まらない目で俺を見上げた。
いつもならきゅるんと輝いているはずのタレ目が、今は涙の膜で潤んでいて、ひどく供えたように揺れてい る。
「おい、息、できてねえじゃん….!保健室行くぞ。俺が運ぶから」
「だ、め…、いかない、で….」
涼架は振れた声で拒絶すると、俺のブレザーの袖を、震える手で弱々しく掴んできた。
「何言ってんだよ!こんなに苦しそうなのに…..っ」
「だいじょ、ぶ….だから…..ここで、ちょっと、待って….」
涼架は必死に呼吸を整えようと、深く、深く息を吸い込もうとする。だけど、それがうまく肺に入っていかないのか、微かにヒューヒューと喉が鳴っていた。
胸を押さえる彼の指先は、白くなるほど強張っている。
「いつも、の….こと、だから….。お願い、若井くん.みんなに、見られたく、ない….」
すがるような目だった。
周りを行き交う生徒たちが、怪訝そうな視線を俺たちに投げかけている。ツリ目の俺が、大人しい藤澤を脅しているようにでも見えているのかもしれなかった。
「….チッ、分かった。こっち来い」
俺は涼架の細い手首を掴むと、周囲の視線を遮るように彼を壁際へ押し込み、自分の身体で隠した。そして、彼の耳元で、なるべく低く、落ち着いた声を意識して語りかける。
「いいか、ゆっくり息吐け。吸うな、まずは吐け」
「っ、ふ….う…..っ」
「そう、上手い。もう一回、吐いて」
保健室で、涼架がときどき胸を押さえていた理由が、今すべて繋がったような気がした。
日差しが強くてクラクラしたんじゃない。サボりなんかじゃない。
こいつは、ずっと何かを隠している。誰にも言わずに、この痛みを一人で耐えてきたんだ。
数分間、俺が背中で壁を作っている間、涼架はひたすら呼吸を整えることに集中していた。
やがて、掴まれていた俺の手首の力が、じわじわと抜けていく。
「…はぁ…..ふう…..ごめん、若井くん。もう、大丈夫」
涼架が、弱々しく笑った。
その笑顔は、いつものふわふわとしたものではなくて、どこか悲しげで、無理に作ったことが見え透いているものだった。
「大丈夫なわけねえだろ。お前、それ….」
「授業、始まっちゃうね。僕、行かなきゃ」
涼架は俺の問いかけを拒むように、すっと視線を外した。そして、胸元から手を離し、乱れた制服をパパッと整える。
「涼架!」
「本当に大丈夫だから!ほら、若井くんも早く行かないと遅刻しちゃうよ?」
そう言って俺の背中をぽんぽんと叩く涼架の顔には、もう、さっきまでの苦痛の色は残っていなかった。いつもの、誰にでも見せる「優しい藤澤くん」の仮面が、綺麗に貼り直されていた。
「じゃあね、若井くん。助けてくれて、ありがとう」
涼架はタレ目をふにゃりと下げて微笑むと、まだ少しおぼつかない足取りで、階段を上っていってしまった。
一人残された踊り場で、俺は自分の右手をじっと見つめた。
今もまだ、涼架の肌の冷たさと、あの異常な震えが残っている。
「…あいつ、何隠してんだよ」
いつも笑顔の裏にある、誰にも言えない秘密。
それに触れてしまったかもしれない恐怖と、何もできなかった自分への苛立ちで、俺は胸の奥が張り裂けそうだった。
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