この作品はいかがでしたか?
30
この作品はいかがでしたか?
30
白馬side
いつもの晴れ晴れとした朝。空気は少し冷たい。外車の助手席に座る白馬は水のように流れていく景色を眺めながら、久しぶりの日本の学校に胸を弾ませていた。交差点で車がゆっくり止まった頃、自由に跳ねた猫っ毛の見慣れた後頭部が見えたため、ばあやにここからは徒歩で行く旨を伝える。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「あぁ。いつもありがとう。」
すぐまじかに見えた猫っ毛の主の肩に手を置いて朝の挨拶をすると、いつもの不機嫌な顔が伺えた。
「おめーかよ。」
「今日は中森さんと一緒ではないのですね。」
ふと、いつも彼と一緒に登校しているはずである少女が近くにいないことに気がついた。
「あ?いつも1人だぜ?」
どういうことだ?持ち前の白馬の頭脳は目まぐるしく回転を始めた。
「こらー!!!!快斗ー!!!!!!」
静かに熟考をしていると後方から走ってくる音と中森さんの声が聞こえてきて、黒羽くんと一緒に振り返る。
「1人で行くなら連絡ぐらいしなさいよ!」
「は?おめぇまで何言ってんだ?恋人いるのに、異性と一緒に行く馬鹿がいるかよ。」
恋人……と言ったか?あんなに幼馴染を1番大事にしていたあの黒羽くんが?
「嘘!恋人できたの?!」
案の定中森さんの驚いた顔が轟いた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
授業は数分前に1限目が始まったばかり。普段は教師の話に耳を傾けているのだが、朝の黒羽くんの話が気になって仕方がなく、恋人が誰なのかずっと考えていた。彼に向ける感情がただのクラスメイトに向ける友愛では無いことを自覚したのはいつだろうか。彼が怪盗キッドの正体だと知って、追いかけるようになって、気づいたら、正体を白日の元に晒すのではなく、僕自身にさらけ出し、暴かれて欲しいと、熱情を抱えるようになっていた。こんなことでは探偵は務まらないだろうが…。
授業終了の合図が聞こえ、教師は日直から渡された学級日誌に記録を残してから出ていった。僕は黒羽くんの恋人が誰か気になって仕様がないので、本人に聞くことにし、彼の席に向かった。
「黒羽くん。朝言っていた、君の恋人とは誰なんだい?」
「……は?」
聞いた途端に彼の瞼はこれ以上ないほどに見開かれ、口元はうっすらと開いていた。聞いただけでこれ程びっくりするものだろうか?
「あら。面白いことになっているのね。2人共、昼休憩、少しよろしいかしら?」
固まっている彼をただただ見つめていた数秒後、後ろから妖艶な紅子さんの声が聞こえた。自慢のポーカーフェイスで驚いた顔を隠した黒羽くんが了承したので、僕も了承する。結局黒羽くんの恋人は誰か聞き出せなかったので、昼休憩までの授業中、彼のことを観察し続けていた。その間の彼は、少し上の空だったような気がした。授業中にまで彼の心と頭を支配してしまう名も顔も知らぬ恋人という者にただただ嫉妬心を覚えるだけの時間だった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
紅子さんが指定した屋上に黒羽くんと一緒に向かい、紅子さんが来るのを待っていた時だった。
「おめー、俺の事好きか?」
「?!」
驚かないわけが無い。今まで上手く隠していたつもりだった。
「…なぜ、それを?」
「…」
問たのに帰ってこない返事を待って沈黙が場を支配し、数分たった頃、屋上の扉が開いた。
「黒羽くん。単刀直入に言うと、貴方の世界では白馬くんと交際をしているのよね?」
「俺の世界?どういうことだよ。」
「貴方、この世界の人間じゃないのよ。」
「は?そんなわけーーーーーーーーー」
僕を置いてどんどんと話は進んでいく。僕が黒羽くんと付き合っている?そんな馬鹿な。紅子さんの言うことが本当ならば、今朝言っていた恋人というのは僕と言うことなのだ。心の底から溢れるような多幸感を感じ、心臓が早鐘を打っている。
「でも、よく聞いてちょうだい。こちらの白馬探と黒羽快斗は交際をしていないのよ。」
紅子さんの一言を聞いて、心臓が一際大きい音を鳴らした。そこから急激に頭が冷えていくのを感じた。
「貴方の本当の恋人に会いたければ私の言うことを聞いてちょうだい。」
「解決策はあるんですか?」
「いえ。まだ見付かっていないわ。だけど、必ず見つけ出すから安心してよろしくてよ。」
時々、紅子さんは何者なのだろうかと思うことがある。例えば今のような。
「そろそろ予鈴がなります。教室に戻りましょう。」
随分時間が流れたように感じ、愛用の懐中時計を開いたら、予鈴の3分前を指していた。3人で室内に入り、教室へと向かった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
次の日は休日だった。昨日のことが気がかりで、今週の休日は満喫できそうにないが。自室で紅茶を飲んでいると、スマートフォンが着信を知らせてきた。そこには『小泉紅子』と表示されている。
「もしもし。」
『もしもし。白馬くん?方法がわかったの。』
「本当かい?教えていただいても?」
『それは構わないのだけど。問題なのはこちらの黒羽快斗があちらの黒羽快斗の世界にいるということよ。』
黒羽くんは向こうの世界にいる。今いる黒羽くんは向こうの僕と恋仲ということだから…
「黒羽くんは無事なのでしょうか?!」
セクハラはされていないだろうか?もしかしたら向こうの僕がDV気質だったとしたら?それともすぐに欲情してしまうタイプだったとしたら?あれやこれやと被害妄想をふくらませていると、それを感じとったのだろうか。紅子さんがため息をこぼした。
『だいぶ愛してるのね……。肝心なのはそこじゃないわ。話を戻すわね。こちらの黒羽快斗があちらの白馬探を満足させないとこちらの世界に戻って来れないわ。』
あちらの僕を満足させる?そんな!それでは彼は無事では帰って来れないじゃないか!
『はぁ。よくお聞き。あちらの世界の黒羽快斗と白馬探はどうやら上手くいっていないようなの。あちらの黒羽快斗が冷たくしているせいね。あちらの黒羽快斗の天邪鬼をどうにかしてもらわないと同じことが何度も起こるわ。』
「つまり、僕にあちらの黒羽くんの天邪鬼をどうにかして欲しいと…。」
『話が早くて助かるわ。頼んだわね。』
「ええ。」
ツー。ツー。ツー。
白馬は紅子さんは何者だろうかと、再び思うのであった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
次の週になり、事件が起きたため、4限目開始前の10分休みに学校に行くと、黒羽くんは青子さんとまた喧嘩をしていた。
「もういい!快斗なんてもう知らない!」
「そんなこと言って〜!強がったって意味ねーぞ〜!けけけっ」
「ふんっ!」
あちらの世界でも、青子さんはいじられていそうだ。本鈴がなり、クラスメイトが各々着席した頃、僕は先週と同じように黒羽くんを見つめていた。彼は何度も隣の席の青子さんにちょっかいをかけていたが、今回は余程堪えたのだろうか、青子さんはいつもと違って冷ややかにあしらっていた。その様子を見て、黒羽くんは飽きたのか、ちょっかいをやめてつまんなさそうにペンを回し始めていた。4限目が終わり、昼休憩になると黒羽くんは教室を出ていった。どこでお弁当を食べるのだろうか。僕には天邪鬼をどうにかするという任務があるので、今がチャンスだと思い、黒羽くんの後ろをついて行った。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
黒羽くんは空き教室に入っていき、お弁当箱を広げた。僕もそばによって許可をとってから、隣に腰掛けた。
「青子ってばなんだよ。あんなにムキになりやがって。」
どうやら10分休みのことを根に持っているようだ。
「どうして喧嘩をしていたんだい?」
「青子が好きな奴いるって言うから、おめーじゃ好きになってくれる人は限られるなって言ったらキレられてよ〜。」
「それは100対0で君が悪いんじゃないかい。」
「だとしても、あんなに怒らなくてもいいじゃねーか。」
黒羽くんはぶつくさ言いながら卵焼きをつついていた。きっとこれは母親が海外にいる黒羽くんのために青子さんが作ったのだろう。
「そうとう落ち込んでいるね。」
「何言ってんだバーロー。こんなことで落ち込んでたらダセーじゃねーか。」
「冷たくされて落ち込まない人はいないよ。」
「!」
思い当たる節があったのだろう。少しばかり瞼を見開いて卵焼きをつつく手が止まった。
「大事な人なら、尚更ね。君は意地を張りすぎている。素直な心で向き合うことが、時には大事だ。」
「……わかってるよバーロー。」
「今日は青子さんと一緒に帰るといい。」
「恋人がいるのに異性と2人きりになる馬鹿がいるかよ。」
「こちらでは君に恋人はいないはずだよ。」
そういうと黒羽くんは驚いた顔をし、続いて寂しそうな顔をしてから、ゆっくりと頷いた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
君のイタズラをした後のやってやったと言わんばかりの顔。マジックを心から楽しそうにする顔。級友と喋って弾けたように笑う顔。グラウンドの端にいた猫を見る穏やかな顔。妖艶に微笑む夜の顔。踊るようにマントを翻す姿。ばあやの車に乗り、帰路につきながら、黒羽くんの様々な一面を思い浮かべる。先程まで同じ顔があったはずなのに、彼に似たようで違う黒羽快斗に会いたくて。仕方がなかった。中森さんと黒羽くんは無事に仲直りできただろうか。さざ波のように物思いにふけながら朝見た時と同じ風景を無心で眺め続けていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!