テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
重たい瞼をパチパチと動かし、目の前に広がる見知らぬ天井を認識した後、俺はハッとして意識を覚醒させた。
寝台の上に寝かされていた身体を慌ててと起こすと、自分の手と足首に頑丈な鉄の鎖がついていることに気がついた。部屋の中には俺以外に誰もいなく、俺は咄嗟に鎖を外そうと腕輪の接続部分を必死にガチャガチャと弄った。
自分が今どこに連れ込まれて、これから何をされるのか、あの男たちが戻ってくる前にどうにかここから逃げ出さなくては、少しでも接続部が緩むように床に鎖を打ち付け続ける。
けれども頑丈な金属で製造された鎖には傷一つつけることができなかった。
「苛立ち」と「焦り」、そして「恐怖」といった三つの感情が入り混じり、俺は手首に繋がれた鎖を強く握りしめながら床にへたり込んだ。
______そのときに俺は実感した。
喉の奥を掻きむしりたいほどの渇望を、己の喉が砂漠の大地のように渇き飢えているという現実を、俺は実感した。
おかしい。こんなにも喉が渇いているなんて普通ではない。
_______渇きと飢えにもがき苦しむ俺の頭によぎった一つの仮説。
ふいに顔を上げると、寝台横のローテーブルに置かれた簡易的な置き鏡が視界に入ってきた。
鏡を見るのが怖い、自分の今の姿を確認するのが恐ろしい。
鏡から遠ざかるように一歩、二歩と後退りする俺は部屋に足音が近づくてくることに気がつかなかった。
そして次の瞬間、部屋を暗く閉ざしていた扉が突然バッと開かれて部屋に光が差し込む。
「おはよう…桜、ぐっすり眠れたか?」
部屋の入り口に立っていたのは、意識を失う直前まで自分の血を啜っていた黒髪の吸血鬼だった。
俺は自ずと臨戦体制をとるも、貧血のせいか足に力が入らずに床から立ち上がることができなかった。
「テメェ…ここはどこだッ、それに俺の名前……クソっ、さっさと俺を解放しろっ、この変態吸血鬼野郎っ!!」
「へへっ、まだ本調子じゃないんだろ?さーくーらっ♡ あぁ名前のことか?制服に生徒手帳が入ってたから見せてもらったぜ」
男はどこからともなく懐から俺の生徒手帳を取り出して、興味深そうにその中身をペラペラとめくった。
「桜ぁ…昨日は悪かったなぁ…我慢できなくてよ、ちと吸い過ぎちまったな…」
「黙れッ、俺を早く解放しろっ」
「んー…解放しろって言われてもなぁ……今ここから出ていけたとしてもよぉ、お前はもう元の生活には戻れねぇよ?」
_________元の生活には戻れない。
______一体何の話だ。
俺は戻れる、俺を縛るこの鎖さえなければ今すぐにこの場から脱出していつもの日常に戻れる。戻ってみせる。
学校で仲間と馬鹿騒ぎして、吸血鬼から街を守って、ポトスで美味いオムライスを食べる。そんな何気ない生活に戻るんだ。
俺は頭を横に振って、男の口から紡がれる残酷な言葉を拒絶した。
男はふとローテーブルに目を向けると、その上に置かれていた鏡をスッと手に取った。そして、口笛を口遊みながら一歩、二歩近寄ってくる。
男は鏡を手にしたまま、床にへたり込んで身体を震わせる俺と視線を合わせるためにその場にしゃがみ込み顔を覗き込んできた。
「ははっ、綺麗な赤い眼だなぁ…お前今血が飲みたくて仕方ねぇんだろ、喉が渇いておかしくなりそうだろ?」
男は右手で俺の頬を優しく撫でると、うっとりとした眼差しで俺の瞳を見つめる。
そして「ほら見てみろよ」と視線で促すように手にしていた置き鏡を俺の前に差し出す。
「………………ッ……」
鏡に映る自分自身の姿に目を疑った。
明らかに人間のものではない異端の瞳。
そこには右目が鮮やかな真紅色に染まった自分の姿が映し出されていた。
俺は目の前の現実が受け入れられず、放心状態に陥る。思考が追いつかず、目からはポロポロと涙が零れ落ちていた。
男は絶望したそんな俺を愛しいものを見るような目で眺めながら俺の身体を抱きしめる。
「転化も無事に成功したし、今夜は焚石と三人でお祝いしねぇとな♪桜が吸血鬼になってからはじめての食事だからな。美味いやつ食わせてやるぞ、なぁ焚石!」
その言葉を聞いて、恐る恐る視線を上げてみると黒髪の男の背後に赤毛の吸血鬼が立っていた。
そして赤毛の男の手に握られているものを見て、俺は目を見開き「ヒッ」と短い悲鳴をあげて息を飲んだ。
男が手にしていたのは、一人の人間の女だった。
髪の毛を引っ張りながらずるずると胴体を引きずられて連れてこられた女は、まだ辛うじて息があるようで浅い呼吸音が微かに聞こえてきていた。
「飲め。はじめは女の生き血が一番飲みやすい」
「ははっ、焚石自ら狩ってきてくれたんだぞ、桜ぁお前愛されてるな〜♡」
焚石と呼ばれた赤毛の男は女の髪を掴んだまま、その頸をグッと俺の前に差し出してきた。すでに毒味をしたのか、女の首筋には吸血痕が残されており、そこから血液が垂れているのを見て、自分の意思とは反して俺はゴクリと喉を鳴らす。
_____飲みたい、飲みたい、飲みたい。
カラカラに渇いた喉をどうにかして満たしたい。俺は真紅色に染まった瞳で差し出された首筋を凝視した。
そして、女の首に手を伸ばしかけたそのとき、「……殺さないで」と消え入るような女の懇願する声が耳を掠めた。
俺はその声を聞き、バッと自分の口を両手で覆い隠した。
「……ハァ、はぁ…お、俺は人間の血なんか、いらない、吸血鬼になるくらいならっ、飢えて死んだ方がマシだッ!!」
どれだけ飢餓状態が辛かろうとも俺は絶対に人間を傷つけない。最期の一瞬まで人間としてのプライドを捨てたりしない。
フーッフーッと息吐きながら目を血走らせ、二人の吸血鬼をギロリと睨んだ。
黒髪の男はそんな俺を見て、ニコリと嘘臭い笑みを浮かべた。そして、赤毛の男は手にしていた女の髪の毛を離すと、真っ直ぐこちらを見つめる。
「さーくーらっ、ここまできて俺たちがお前を逃すわけねぇだろ?」
「お前はもう俺の所有物だ。どこにも行かせない」
「そそ、焚石の言う通りだ。そうだなぁ、お前が血を拒絶して自殺しようとするっていうなら俺たちにも考えがあるぜ」
黒髪の男はそう言うと、先程手にしていた俺の生徒手帳を再び持ち出して、そのカバーにチュッとキスを落とした。
「そうだなぁ…お前が人間の血をどうしても飲まねぇっていうなら、次はお前の身近な人間を用意してやるよ…桜にはさぞ学校にたくさんオトモダチがいるんだろうなぁ」
「……………は」
「お前は吸血鬼の本当の飢餓状態をまだ知らねぇからな…血に飢えた吸血鬼は相手が肉親だろうと恋人だろうとその判別が付かなくなって周囲の奴を全員噛み殺しちまうんだぜ」
男はククッと不敵な笑みを浮かべる。
その話が真実だとしたら、もしこれ以上飢餓状態が加速してしまったときに近くに街の奴や風鈴の仲間がいたら、俺がこの手でアイツらを血に染めてしまったら、そんな最悪な未来を想像してしまい、俺は真っ青になった。
楡井や蘇枋、杉下の屍を欲望のままに喰らい尽くす自分の姿に恐怖を感じた。
「桜ぁ、大事なオトモダチが自分のせいで傷つくのは嫌だよなぁ?」
「………………い、いやだ…それだけは…いや、だ…」
「なら俺と焚石からとっておきの提案をしてやろう。この方法ならお前は人間の血を飲まなくて済むし、俺もお前のオトモダチには絶対に手を出さないと誓ってやる」
_______俺の精神は限界だった。
もがき苦しむほどの喉の渇望と、周囲に危害が加わることへの恐怖、それらが俺の精神を蝕み、正常な判断力を鈍らせていった。
男は俺の前にしゃがみ込むと、タンクトップの上に羽織っていた上着を脱いだ。
そして、自身の首を人差し指でトントンと叩きながら俺を見つめた。
「桜には特別に俺と焚石の血を飲ませてやる。吸血鬼の血でも喉の渇きは満たされるからな。ただし吸血鬼の血は依存性が強くてな、一度飲めば最後。その血以外じゃあ渇きは満たせなくなる」
「……………………」
「つまりお前はもう二度と俺らから離れられねぇってこと。なぁ桜、お前が選んで良いぜ。大切なオトモダチの血を飲むか、大人しく俺たちの血を飲むか。好きな方を選べ」
与えられた二つの選択肢。
しかし前者は何があっても選ぶわけにはいかない。俺のせいで別の誰かを犠牲にするわけにはいかない。
男は提案するまでもなく俺がどちらの選択肢を選べかとうにわかっているようだった。
両手を広げて「おいで」と手招きするように、俺が自分から巧妙に張り巡らされた蜘蛛の糸に引っかかるのを今か今かと待っていた。
_______喉が渇いて仕方がない。
今街に出たら俺は確実に他の人間を襲ってしまうだろう。
だったら目の前に差し出されているこの手を掴むべきなのではないだろうか。
例え二度と抜け出させなくなっても、この喉の渇きが一時的でも満たされるなら。
俺以外の誰も傷つかなくて済むなら。
_______俺は手を伸ばした。
ニコニコと微笑みながら両手を広げる男の腕の中に自ら飛び込み、震える手で男のデカい図体を抱きしめた。
「………よしよし、桜ぁ…ちゃんと自分の口からおねだりしてみろ。お前はどうしたい?俺たちにどうされたい?」
男は両腕でぎゅっと俺の身体を包み込むとそう耳元で囁いた。
_______性格の悪い男だ。
無理やり選ばせたくせに、まるで俺自身が望んでこの選択を選んだかのように誘導してくる。
俺はハァハァと息を荒げて、男を睨みつけた。
できることなら今すぐにこの男を殺してしまいたい。だが、今の俺には暴走寸前の己の欲望を制御する術が何もない。
俺は子猫が親猫に甘えるように無意識的に男の首元に顔を擦り寄せていた。
「……の、飲みたいッ……お、まえの血が、飲みたい…飲ませて……おねが、い……」
男は無様に懇願する俺の姿を愛おしそうに見つめると、口角を三日月のように上げて微笑んだ。
そして男は、俺を転化させたときと同様に自身の口内を軽く噛みちぎる。男の口の端からツーっと赤い鮮血が溢れる。
俺がその赤色を前に涎を垂らしてぼーっと見惚れていると、男は俺の頬を優しく包んでから唇を重ねてきた。
半開きになっていた口から男の血と唾液が流し込まれる。
角度を変えて何度も何度も繰り返されるキス。
あのときは不快でたまらなかった男の血液を美味しいと感じている自分がいた。
その味覚の変化をもってして自分が完全に人間ではなくなってしまったことを理解してしまった。
口移しで飲まされる血液をゴクゴクと無我夢中で喉の奥に通していると、ふいに後ろから手首を掴まれた。
「桜、俺の血も飲ませてやる」
そこには自分の爪でわざと傷つけたのか、首筋を流血させた赤毛の男が俺の手を掴んでいた。
ふわりと甘美な鮮血の匂いに俺の脳がくらりと揺れた。
そして誘われるがまま、今度は赤毛の男の首に手を巻き付けて首から滴り落ちる血液を一心不乱に舐め取る。
_______黒髪の男とは違う味。
でもコイツの血も美味い、もっと飲みたい。
俺は鋭利に尖った牙をあーっと露わにして、そのまま赤毛の男の首筋に歯を立てる。チュウチュウと血を必死に吸う俺の頭をそっと撫でながら赤毛の男は恍惚した顔で眺めていた。
満たされる、欲しかったものが手に入った、そんな満足感と多幸感が俺の心をふわふわと包み込んだ。
しばらくすると、吸血行為を終えた俺はいつの間にか男たちの手によって寝台の上に押し倒されていた。
「桜ぁ、俺らの血は美味かったか?腹いっぱいになって良かったなぁ」
混濁した意識でぼーっと天井を眺めていると、放心状態の俺に男がうんうんと首を縦に振りながら話しかけてきた。
男は上機嫌そうに笑みを浮かべて、俺の身体にスッと手を伸ばす。
「桜、知ってるかぁ?吸血鬼の牙には媚薬みてえな効果があってな、吸血されるとエッチな気分になっちまうんだよ…」
「び、ゃ…く………」
「そーそー、そんでよ、俺と焚石もお前に血吸われて、すっかりそんな気分に乗せられちまってるワケよ」
ふと視線を横にずらすと、赤髪の男も自身が着ていた上着を床に脱ぎ捨てていた。
そして、黒髪の男は寝台に投げ出された俺の足を掴んで無理やり広げると、自身の下半身を割り込ませる。
「だからよ、ちと桜の身体借りるな。最初は痛てぇと思うけどよ…すぐ良くしてやっからな。なぁなぁ焚石、桜のハジメテ俺がもらっていー?」
「俺が先だ。お前は見てろ」
「えー…連れないこと言うなよ。でもまぁしょーがねぇか、じゃあ俺は焚石が終わるまで俺はこっちで我慢しておくか」
男は相棒からの牽制にしょぼくれたように肩を落とすも、すぐに気持ちを切り替える。そして、太い指の腹で唾液に濡れた俺の唇をそっとなぞった。
「桜ぁ歯立てるなよ」
思考する能力が完全に失われた俺は二人の言動の意味をまるで理解できていなかった。
ただ、先程までの悪夢とは違う、また別の悪夢が今からはじまるということだけは回らない頭の片隅で理解していた。
血を求められ、血を与えられ、心と身体を辱められる。闇の底に堕ちていく自分自身から眼を逸らすように俺はゆっくりと己の眼を閉じた。
◇◇◇◇◇
世界から隠れるように黒いパーカーのフードを深く被り、夕日の橙色が差し込まない路地を一人歩く。
俺は喉に感じる「渇き」を無視してひたすらに暗い道を突き進んでいた。
______頭ではわかっているんだ。
一人で逃げ回ったところで、この「渇き」から逃れることはできないということを。
最終的に自分からアイツらを求めてしまうことを。
アイツらの血を求めると対価としてこの身を差し出さなくてはいけない。奴らに組み敷かれることは俺にとって屈辱的で絶望的な行為に他ならない。微塵も求めてない愛を一方的に囁かれ、無理やり身体を暴かれる。
執着に塗れたアイツらの赤い眼に囚われると身体が竦んで動けなくなる。
俺はフラつく足取りで路地の壁に手をつき、どうにか足を前へ前へと動かしていた。
すると、路地の出口から光が漏れているのが見えてきた。そして光の先から聞こえてくる懐かしい声に俺は足を止めて呆然とその声を聞き入った。
「楡くん、今日は線路の向こう側に聞き込みに行こう」
「はい、あの日…俺たちと別れた後の桜さんの目撃情報、少しずつ集まってきましたね」
「梅宮さんたちの協力もありがたいよね。みんな寝る間を惜しんで手がかりを集めてくれてる」
その声と言葉に俺の瞳は微かな光を宿す。
俺が姿を消して数週間のときが過ぎていた。
俺をこの地獄に引き込んだ男、棪堂哉真斗は嫌がる俺の身体を押し倒しながら毎晩のようにこう告げてきた。
世間では俺が死んだことになったと。
もう誰も俺のことを探してる奴はいないと。
お前の居場所は俺たちの元だけだと。
その言葉に何度傷つけられ、精神を蝕まれてきたことか。
_______けれども現実は違った。
楡井と蘇枋、そして他の仲間たちも俺の帰りを信じて俺のことを探してくれている。
その事実に涙腺がじわりと刺激された。
今すぐにこの薄暗い道から飛び出して、楡井と蘇枋の元に駆け寄りたい。
俺はここにいると声を出して訴えたい。
俺は無意識のうちに光の先、二人がいるであろうその先に恐る恐る手を伸ばしていた。
あと少しで帰れる、アイツらの元に帰れる。
そんな希望に僅かな期待を抱いて俺は手を伸ばした。
だが、俺の指先が光に届く寸前のところで、背後から伸びてきた手が光を求める俺の手首をガッと掴んだ。
指の関節までにもあしらわれた特殊な刺青を見て、俺は即座に後ろに振り向く。
そこには薄ら笑みを浮かべた男が立っていた。
「さーくーらっ、どこ行くんだぁ?」
「………え、んどう…」
「お前、まーた脱走しやがって…前回焚石にされた仕置きを忘れたのか?まぁ今回の躾当番は俺なんだけどよぉ」
「……ッ、離せっ!!!」
俺は掴まれた手を振り払おうと力を込めたが、棪堂は微塵も俺を離すつもりはないらしく暴れる俺の身体を背後から抱きしめてきた。
棪堂は俺の身体を簡単に押さえ込むと、俺の首元に顔を埋めて舌を這わせる。俺はその生暖かい感触に顔を歪めることしかできなかった。
「ははっ、なんだ…お前、学校のオトモダチ見かけて懐かしくなってたのかぁ?」
そう耳元で囁くと、光に向かって手を伸ばしていた俺の腕をゆっくりと自分の方に引き寄せた。
棪堂の視線はこちらに背中を向けて遠ざかっていく楡井と蘇芳に向けられる。
そして、歯を食いしばって感情を殺す俺を宥めるように、棪堂は俺の心を粉々に砕く言葉を続けた。
「桜ぁ、お前はもうあっちには戻れねぇだろ」
お前はもう光の世界には帰れない。
だから俺たちの手を取るしかないんだ。
棪堂は目を細めて愛おしむように、憐れむように俺を見つめた。
光に向かって歩き続ける楡井たちと日陰から一歩も動けない自分。そこに明確な境界線があった。
俺たちの道が交わることはもう二度とない、その事実をはっきりと理解した。
_____その直後、俺の中で何かが壊れた。
一度折られた花が再び、花弁を綻ばせることはない。
俺は心のどこかに抱いていた希望や期待といった感情をその瞬間全て手放した。
そして、身体の力をスッと抜くと、俺は棪堂に身を委ねるように奴の胸のなかに頭を埋める。
「………血、飲みたい…えんどう、血ぃ…」
「!!……そうか、よしよし…じゃあ一緒に帰ろうな♪」
棪堂はその言葉を待ち望んでいたのだろう。
パーっと顔を輝かせながら、俺の身体を抱き上げて、光の差す方角とは反対の方向に足を進める。
「桜ぁ、そんな泣きそうなツラすんなよ。だいじょーぶ…辛いことも悲しいことも全部俺たちが忘れさせてやっから。お前はただ俺らの傍にいるだけでいいんだよ、可愛い可愛い、俺の桜ぁ…」
宝物を抱えた棪堂はさながらスキップをするような軽い足取りで暗闇を歩き始める。
俺は自分の心と身体を掴んで離そうとしない男の身体にしがみ付き、遠ざかる光から目を逸らした。
桜遥
吸血鬼の棪堂と焚石に魅入られて、血を飲まされたことで転化させられてしまった元人間。
人間の血を頑なに拒み、同じ吸血鬼である棪堂と焚石の血を飲むことで現在はどうにか喉の渇きを抑えている。
吸血行為をしたあとはその対価として二人の気が済むまで抱き潰されるのが日課となっている。
何度か脱走を試みているが、血を求めて自分が仲間を襲う可能性を恐れ風鈴に戻ることを躊躇し、最終的にはいつも棪堂と焚石の元に連れ戻される。
棪堂たちの裏工作によって表ではすでに死んだことになっているが、桜の生還を信じている風鈴の仲間たちによって現在も捜索されている。
棪堂哉真斗
上級種の吸血鬼。桜に血を飲ませた張本人。
相棒である焚石の食事を邪魔してきた度胸のある仔猫に興味を持ち、血の匂いをたどって桜の家にたどり着いた。
今まで飲んだことのない甘い血を持つ桜を一度で食べ切るのは勿体無いと思い、吸血鬼にすることで自分達の手元に縛り付けようと閃いたクレイジー吸血鬼。
桜の血を飲んでからはそれまで飲んでいたその辺の女の血が不味く感じられ、桜の血だけを欲するようになった。
桜の口から「お前の血が飲みたい」と強請られたいがために、定期的に瀕死の人間を桜の前に突き出して、嫌がる桜に自分の血を欲しがるように仕向けてるクズ。
基本的に抵抗する桜を無理やり抱くことが日課になっているが、数回に一度は桜が気を失う寸前まで血を啜り、無抵抗になった桜と恋人のようなイチャラブセックスをするのが生き甲斐。
焚石矢
上級種の吸血鬼。
棪堂よりも高位のため、人間を転化させると血が濃すぎて十中八九死なせてしまう。
自分の目の前に飛び込んできた桜をひと目で気に入り、捕まえるために棪堂に桜の居場所を突き止めさせた。
桜のことは自分の番だと認識しているため、何をしても許されると思っている天然のクズ。そのためどれだけ抵抗されようとも気にせずに押さえつけて血を啜り、淡々と抱いている。
対面座位でキスをしながら桜の身体貪ることを好んでおり、セックスが終わってもひたすらに桜にキスを強いることが多い。
態度にはあまり出ないが、本人的には桜を猫可愛がりしているつもりである。