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ウィンベル王国王都・フォルロワ。
その王宮の執務室と思われる部屋で―――
中肉中背、金髪の短髪をした30代の、
その部屋の主と思われる男性が、精力的に
書類仕事をこなしていた。
そこへ職員らしき男が慌ただしく入ってきて、
「陛下、魔物鳥『プルラン』の養殖用の
土地ですが、開拓整備が終わったとの事です。
現在それぞれに、2千羽ずつ投入されています。
定期的な食肉の供給は、3年以内に見込めるとの
事ですが」
「なるべく期間を短縮してくれ、と言いたいが……
相手は生き物だからなあ。
新たな開拓地の選定も頼む。
既存の業界の反応はどうなっている?」
書類に目を通しながら聞き返す彼に、職員らしき
男は、
「やはり反発があるようですが……
動物を管理して増やし、定期的に狩る―――
この事に半信半疑の者も多いようでして」
「あくまでも養殖は低価格路線だ。
むしろ天然モノは値段が上がる。
始めてみなければわからんだろうが―――
いざその時になれば、文句は出ないはずだ」
その答えに、彼は一礼した後回れ右をして
退室する。
「陛下!
魔物鳥『プルラン』の産卵施設について
ですが―――
児童預かり所は元より、各所で一定の成果を
上げつつあるようです」
入れ替わりのように、今度は女性職員が
入ってきて、報告する。
陛下―――
ラーシュ・ウィンベル国王は彼女が持ってきた
書類を受け取り、
「現状では―――
王都関連施設で、一ヶ月に2・3万と
いったところか。
値段は……
まあこれは仕方ないだろう。
ただ、3年以内に1個銅貨1枚にまで
下げるのが目標だ。
その達成に向けて引き続き頑張ってくれ」
「ハイッ!!
失礼いたします!」
彼女が一礼して退室し……
それから10秒もしないうちに、ノックがされた。
「どうぞ」
「失礼します、陛下」
そこに現れた、グレーの短髪に白髪が混じった、
40代と思われる、身分がそれなりに高そうな
衣装の男性に―――
『陛下』は思わず立ち上がった。
「伯父上!!」
ライオネル・ウィンベル―――
前国王の兄にして、現国王の伯父にあたる人物。
そして裏では……
王都にある冒険者ギルド本部・そこの本部長を、
ライオットという名で務めてもいた。
「ご壮健で何よりです、ラーシュ陛下」
うやうやしく頭を下げる彼を見て、国王は
しばらく何かに耐えるように身震いしていたが、
「プッ、ククク……!
だ、だめだあのライオネル伯父上が、
真面目そうにしているのを見ると……!」
「そりゃちょっと酷くねお前!?
せっかく久しぶりに、頑張って王族らしく
してるってのによ!」
くだけた言葉で会話をする伯父と甥。
彼らはひとしきり笑った後、
「それで今日はどうしました?
可愛い甥の顔でも見に来ましたので?」
「最近忙しそうだから、ちょっと邪魔して
やろうと思ってな。
まあ何だ、元気そうで何よりだ」
そう言うとライオネルは―――
フトコロからビンを取り出し、近くの
テーブルの上に置いた。
「また変わった食感ですね、これは。
ふわっとしたというか、トロっとしたというか」
「ダイズっていう豆の絞り汁に―――
メープルシロップを入れて、飲みやすくした
ものだと。
ダイズは王都の児童預り所の施設でも育て始めた
らしいから、もうちょいしたら王都でも出回る
だろう」
豆乳を飲みながら、王族の2人が会話に興じる。
「んで?
どうだ、最近の調子は」
「公都から、人工水路での魚の産卵に成功したとの
報告がありましたので―――
養殖計画について着手しています」
(101話 はじめての たるたるそーす参照)
飲み物から口を離し、ほぅ、と一息ついて
国王は語る。
「そういや、そんな話が出ていたな。
しかし大丈夫か?
そんなに次から次へと」
「平気ですよ。
それに、基本的にはすでに完成・実施された事を
なぞっているようなものですので」
今度はライオネルがふぅ、と息を吐いて、
「そう謙遜するな。
一地方都市で行う事と―――
この王都で、しかも国を挙げて行う事とは、
規模も予算も人の扱いも全く違う。
お前がやっている事はこのウィンベル王国の、
いや、この世界の基礎ともなる事だ」
「またそうやって重圧をかけてくるんですから。
まあでも確実に―――
歴史に記される事になるでしょうね」
窓の外、空に視線を向けて若い国王は苦笑する。
「ところで伯父上。
話は変わりますが……
幾度となく我が国に圧力をかけてきた、
例の新生『アノーミア』連邦―――
最近、不気味なほど静かなのですが、
何かつかんでいたりします?」
ラーシュが窓から視線を彼に戻すと、ライオネルは
コホン、と咳払いし、
「静かだというより―――
静かにしなければならないんだろうよ。
元々あそこはマルズ帝国という覇権国家だった。
未だにマルズを中心に置き、その影響も根強い。
そこへ来て、散々ちょっかいをかけてきた国が、
いろいろと新技術を作るわ、ワイバーン騎士隊を
設立するわ。
そりゃ慎重にもなるだろうよ」
「我が国を恐れていると?」
国王が聞き返すと、前王の兄が両目を閉じて、
「半分だけ当たりってところだな。
マルズに取っちゃウィンベル王国より―――
連邦各国の離反の方が怖いんだよ」
「え? ウィンベル王国に何の関係が」
意味がわからない、というように甥が首を傾げる。
「大ありだ。
連邦と名を変えてもマルズ国は未だ―――
帝国だった時の影響力を持っている。
連邦各国は独自で、ウィンベル王国との
商売上の取引きはあるが、それらは全て
マルズ国の承認を得ているはず。
つまりウチとの取引きは、マルズ国に
かかっていると言っても過言ではない」
「ああ、なるほど―――
そこでウィンベル王国の機嫌を損ね、取引きに
支障が出たら……
それらの不満は全て、マルズ国へと向かうという
事ですね」
ラーシュの回答に、ライオネルは満足そうに
うなずく。
「そういう事だ。
しかも長年に渡り、力ずくで支配された
恨み付き。
マルズに取って最悪のシナリオは、
連邦各国がこぞってウチに同盟打診、
その上で現在の新生『アノーミア』連邦から
離れる事だろう」
「マルズ国は当面―――
ウィンベル王国と連邦各国の顔色を窺いながら、
国家運営をしなければならない……
という事ですか」
遠くを見るような目で、彼は視線を下げる。
「まあ連邦各国も、すぐにどうこうとは動かん
だろうがな。
完全な独立なんぞ企んでも、個々の国々では
マルズに一蹴されるだろう。
それに我が国との信頼関係が醸成されるまで、
まだ時間がかかる。
いくらワイバーン騎士隊がいるとはいえ―――
来てくれる『かもしれない』軍隊をアテには
しないだろうからな」
「なるほど。
しかし―――こういう時に、今までのツケは
回って来るものなのですね」
フー……と、ため息をつく国王に前国王の兄は、
「そーゆーこった。
お前もあんまり恨み買うんじゃないぞー。
あーホント良かったぜー。
王様になんかならないで」
「それ本気で言ってるでしょう!?
この不良王族!!
……ところで、恨みと言えば―――
私を逆恨みしているであろう『急進派』の
残党が、何かやらかしそうだと情報が上がって
きているのですが」
その問いに、伯父はトントンとテーブルを
指で叩き、
「それなら警戒はしてある。
公都『ヤマト』とその東の村、あと中間に
作られた新規開拓地。
それとブリガン伯爵領との境目に作られた村。
他各地に、ワイバーン騎士隊の訓練を兼ねて
パトロールさせている。
何かあっても対処は可能なはずだ」
『何事も無ければいいがね』と、ボソリと
語ったライオネルの言葉を―――
ラーシュの耳はとらえていた。
「……ん?」
私たちはスカベンジャースライムを撃退した後、
施設整備班のみんなで、川に入りながら汚れを
落としていた。
水魔法の魔導具の杖のジェット噴射で、ゴム製の
ウェーダーを洗い流していると、何人かが上空を
見たり指差したりして、ざわつき始める。
「ありゃあ……ワイバーンか?」
「複数いますね。
何かあったんでしょうか」
あの方向は川の上流……公都だ。
そこへワイバーンが数体、離発着しているように
見える。
「公都『ヤマト』に集まっているみたいですね。
とにかく戻りましょう」
私の言葉に、全員がこちらへ振り向き、
「まあ、何かあったら真っ先にシンさんに
連絡が来るだろうし」
「って事は、たいした事じゃ無いんじゃね?」
私を安全基準にされても困るんだけどなあ……
そう思っていると各自、川から上がり―――
みんなで公都へ向けて歩き始めた。
「あ、シン!」
「おーい、シンが帰ってきたぞ!
すぐに連絡を!!」
公都・中央区画の東門までたどり着くと―――
複数人が待ち構えていた。
その中には公都の門番兵長になった、ロンさんと
マイルさんもいて、慌ただしく動き始める。
「何かあったんですか?」
鎧に身を包んだ2人は顔を見合わせ、
「いや、もうすでに解決はしたっぽいんだが」
「ギルド長が呼んでいるので、早く!」
私は慌ててゴム製のウェーダーを脱ぎ、
「じゃあ皆さん、いつも通り―――
外側にある簡易施設で着替えてから、
公都に入ります。
着替えは一ヶ所に集めておけば、
洗浄担当の係が来ますから」
「「「はーい」」」
整備班は、外側に建てられた簡易施設で
着替えてから、公都の中に入る事になっている。
排泄物はどんな病原菌を持っているかわからない。
そうである以上、必要な処置だ。
しかし……
「いやシンさんは早く!」
「そ、そうは言われましても―――」
一応、施設整備班のトップでもある私が、
着替えもせずに公都に入るというのはNGだ。
困惑していると、突然私の身に着けている
装備や服が、ほのかに輝き始めた。
「!?」
次いで、知っている声が聞こえ、
「シンさん。
浄化魔法をかけましたので―――
このまま入っても大丈夫です」
「パックさん?」
そこにいたのは、長い銀髪を持つ―――
この公都の薬師で医療関係の責任者でもある
パックさんだった。
しかし彼まで出てきているという事は、
よほどの緊急事態なのか?
いやでも、それならワイバーンライダーが
迎えに来てもおかしくないわけで……
「あの、とにかく来てください。
説明はギルド支部でします」
「わ、わかりました」
そして私はパックさんの後について―――
特殊部隊のような外見のまま、公都の中を
ひたすら走った。
「物々しい格好だな、オイ」
「はは……」
冒険者ギルド支部の応接室に着いた私は、
まずそこの―――
白髪交じりのアラフィフの、最高責任者と
言葉を交わす。
「何かと戦ってきたのですか?」
スカベンジャースライムは撃退したけど―――
あれはどっちかというと、水で押し流しただけで。
「あれ?
イスティールさん?」
質問した声の主は、外ハネしたパープルの髪の
彼女で―――
隣りにはかつて模擬戦で私と戦った、
茶色の短髪の青年……
ノイクリフさんもいた。
他にも―――
細マッチョのノイクリフさんよりもさらに細身の、
珍しい青色の短髪の男性が、この世界では珍しい
横に細い眼鏡をかけ、
そして褐色よりも黒い肌を持つ女性が、対照的な
白髪をなびかせ、座っていた。
「初めまして、シン殿。
自分はグラキノスと申します」
最初に男性の方があいさつし、次いで女性が
「は、初めまして。
わたくしはオルディラといいます。
あのっ!
ぬか漬けは大変美味しく―――
それに味噌というのも本当にシン殿が」
そこでギルド長がパン! と手を叩く。
「いやとにかく、先に状況を説明してくれ」
ジャンさんが場を仕切り直し―――
私がここに呼ばれた理由を彼らの口から
聞く事になった。
「ははあ、なるほど……
それはお疲れ様でした」
イスティールさんたちの話によると―――
公都に来る目的で出かけたのだが、周辺の村や
町にも興味が向いて……
そちらまで足を延ばそうとしたところ、
何やら物騒な事を話している連中と遭遇し、
強盗か盗賊と判断した彼らは、戦闘して
連中を鎮圧。
それを王都のワイバーン騎士隊が発見し、
彼らと共にいったん公都まで同行したのだという。
イスティールさんやノイクリフさんの実力は
知っているし―――
並の相手では話にもならなかっただろう。
さらに現状、他にも賊がいないか、
レイド夫妻も含めてワイバーンライダー複数が、
周囲の警戒にあたっているとの事。
しかしなかなか情報量が多いな……
「捕まえた人たちは?」
「現在、ギルド支部近くの収容施設に
入れてあります。
十中八九、『急進派』かその関係者、
でしょうね」
パックさんの説明で、ギリアス様の忠告を
思い出す。
警戒はしていたけど、本当に来たのか。
王都のワイバーン騎士隊が発見したという事は、
ある程度は動きもつかまれていたんだろうな。
「メルと、ドラゴン2人も収容施設へ行って
見張ってもらっている。
まあバカな真似はしないだろ。
後はあの両伯爵のように―――
『大人しく』なってもらうさ」
つまり、またデイザン・ジャーバ伯爵のように、
私に彼らの魔力・魔法を無効化させた上で、
改心を促すという事か。
ギルド長の考えを察した私はうなずき、
「状況はわかりました。
私も後で収容施設へ向かいます。
イスティールさんたちも―――
ありがとうございました」
私が頭を下げると、彼らも軽く一礼し……
収容施設へ行こうと頭を上げると、
「それで、ええと……
そのお礼として、というわけではありませんが」
「??」
グラキノスと名乗った青年が、言いにくそうに
話しかけてきた。
「何でしょうか?」
「シン殿と―――
イスティール、ノイクリフが手合わせした事は
聞いております。
これでも自分は氷魔法が得意でして。
ぜひ、自分とも一度手合わせをして頂けないで
しょうか?」
なるほど……
急いで呼ばれたのは情報共有もあるけど、
このためでもあったのか。
となるともう一人も?
と思ってオルディラさんの方を見ると、
「わわ、わたくしは……
あまり戦いは好みませんので」
その答えに思わずホッと胸を撫で下ろす。
「というわけだ。
また模擬戦形式でやるが、構わんよな?」
「まあ……そうですね。
お手柔らかにお願いします」
観念した私は、同意で答え―――
「あの、仲間が申し訳ありません。
それでですね、わたくしは―――
ぬか漬けや味噌といった、あの不思議な
食品について教えて頂ければと。
あれって腐らせているんすよね!?
でも食べられるように腐らせるってどぉっ!?」
途中から早口になったオルディラさんに、
イスティールさんが脳天チョップを喰らわせる。
「いったん話は終わったんだから、
マギアさ……マギアを迎えに行きますよ。
シン殿、また後で」
「?? まだ誰かいらっしゃるのですか?」
私の問いに、ジャンさんが片手を上げて
「小さい男の子もいたんだよ。
何でも、身寄りの無い子の面倒を見ていた
そうなんだが―――
彼女たちと離れるのを嫌がったらしくてな。
仕方なく連れて来ていたらしい。
今は児童預かり所に、戻ってきた氷精霊サマ、
土精霊サマと一緒にいる」
「あ、あの2人も帰って来ているんですか」
そして軽く2・3言葉を交わした後―――
私はパックさんと一緒に、応接室を後にした。
「ははあ、スカベンジャースライムを」
「無効化して、コイツで押し流しちゃいました
けどね」
パックさんの質問に―――
私は手にした水魔法を出す杖を振りながら話す。
収容施設へ行って、『急進派』とやらの魔法を
無効化した後……
パック夫妻と共に、私はメル・アルテリーゼと
一緒に帰り道を歩いていた。
「捕まえて持ってきた方が良かった
でしょうか?」
パックさんに問うと、彼は複雑そうな顔になり、
「学者としての興味はありますが―――
薬師としては、公都に入れるのは
容認出来ませんね」
次いで、彼の髪よりも白い銀髪を持つ妻が、
「疫病の原因になりかねませんし―――
特に子供の事を考えますと。
それこそ完全に、魔力と毒を遮断する箱でも
無ければ」
シャンタルさんが真剣な表情で語る。
つまり逆に言えば、それが用意さえ出来れば……
って事か。
この2人は本当に学者肌なんだなあ。
「でも、またイスティールさんのお仲間と
模擬戦?」
「あやつらの故郷の者はみな、戦闘好きなのか?」
黒髪セミロングと、ロングの妻2人が―――
グラキノスさんとの対戦について話す。
「一緒にいた、えーと……
オルディラさんという人は、そうでもなかった
みたいだけど」
「その代わり、シンさんの『発酵食品』について、
非常に興味を持っていたようですが」
それを聞いたメルとアルテリーゼは視線を交わし、
「まあアレ―――
好きな人は本当に好きなのよね」
「ぬか漬けも、当初は面食らったものだが、
今では料理にアレが付いてこないとのう」
多分、体が欲しているというのもあるんだろう。
この世界では乳酸菌の貴重な補給源だし。
「まあそんなワケで、数日中にまた模擬戦を
やると思う」
今後の事について、全員がうなずいて情報を
共有した後、
「それでどうする?
もう夕食に行っちゃう?」
メルの質問に私は頭をかいて、
「取り敢えず私は、コレ着替えて来ないと」
未だに身に着けていた、施設処理班用の特殊装備の
裾を引っ張って見せる。
「あー確かに」
「しかし、その格好で来たシンを見て―――
あやつらたいそう驚いておったな」
牢屋に入れられたところへ、ガラス製のゴーグル、
布マスク、胸には照明の魔導具に、肩に杖型の
魔導具をかけた、近代戦の軍人みたいな人に
来られた日にゃ……
そりゃ驚くよね。
「『これから何をされるんだ!?』って
目をしていましたからね」
「人間って未知の物を見たら、ああまで
動揺するものなんですねえ」
パックさんとシャンタルさんが、その時の事を
思い出しながら感想を口にする。
「で、でもまあおかげで『無効化』は、
気付かれる事なく済ませる事が出来ましたし」
「それじゃ、私たちはラッチを迎えに行くから」
「いつものように、宿屋『クラン』で会おうぞ。
お二人はどうするのじゃ?」
妻たちの言葉にパック夫妻は、んー、と
一呼吸おいて、
「レムも家にいますし、今日のところは」
「あれ? レムちゃんは児童預かり所に
預けてあるんじゃ」
私の質問に、今度はシャンタルさんが答える。
「最近は半々で、ウチの手伝いと児童預かり所に
いるんですよ」
「ウチは病院施設でもありますから―――
あのコがいると、特に子供の患者さんが
落ち着くといいますか」
あー、なるほど。
あの小さなゴーレムはラッチと同じく、みんなの
マスコット的存在だし……
特に病院は、苦しい・痛いという時に行くところ。
そこでレムのような存在は心強いだろう。
そして私たちとパック夫妻は別れ―――
それぞれの場所で夕食の時間を迎える事になった。
「ごちそうさまー。
あ、お姉ちゃん。
そっちの飲み物取ってー」
家族用の、複数が泊まれる宿屋で―――
5、6才と思われる、ベージュのような
薄い黄色の……
撒き毛の短髪を持つ少年が、小さな手を
目的の物へと向ける。
「あ、あの……
魔王・マギア様。
ここではもう、演技はよろしいのでは?」
オルディラが困惑した声で答え、彼は
ハッとした表情になる。
「……す、すまんな。
児童預かり所でずっと子供扱いされていた
ものだから、つい」
「べ、別に私はそれでも」
小声でイスティールが話すが、それは誰にも
聞こえず、
「そういえば児童預かり所―――
本当にいろいろいましたね。
獣人族、亜人、子供のドラゴンにワイバーン。
それがフツーに仲良く生活していました」
グラキノスが、眉間にシワを寄せながら、
未だに信じられないという表情になる。
「普段は小さなゴーレムもいるんですが、
この公都の病院を手伝っているようです。
そこの医者夫婦が両親代わりなんだとか」
ノイクリフが続けて補足するように説明し、
「しかも、聞いていた時よりも―――
また料理が増えております。
さらに驚くべき事は、それが一人の
冒険者によって次々と作られたとの事。
あの―――
シンという人間によってです」
オルディラの指摘で、いったん話が区切られたかの
ように、全員が沈黙した。
そこで魔王と呼ばれた少年が静寂を破り、
口を開く。
「それで、グラキノスよ―――
その冒険者と戦う機会を得たわけだが、
勝算はあるか?」
その質問に彼は両目を閉じて、
「正直なところ、負ける場面が想像出来ないの
ですが……
魔力もほとんど感じられませんでしたし。
ただ、ノイクリフの『対鏡』を上回るほどの
『抵抗魔法』―――
それが事実であるなら、何をしても
無駄でしょう」
「……そうか。
しかし、この目で見られないのが残念だな。
何でも模擬戦は、10才未満の子供は見れない
らしい」
マギアの言葉に、周囲がざわつく。
「そんな決まりがあるんですか!?
イ、イスティール!
ノイクリフ!
貴様ら、なぜそれを報告しない!」
グラキノスが抗議の声を2人に向けるが、
「落ち着くのだ。
だいたい、その2人は子連れでも何でも
なかったのだぞ。
今回は余が来た事でそれがわかったのだ。
それだけでも来た意味があったであろう?」
すかさず魔王が執り成し―――
それでも先行して調査していた2人は、視線を
下へ向ける。
「こ、この失態は……!
命に代えても挽回いたします!」
「何があっても、魔王・マギア様には―――
模擬戦をご覧になって頂きます!!」
テーブルに額をこすり付ける、イスティールと
ノイクリフに対し、
「気にしなくていい。
動くのはいいが、くれぐれも敵対するような
行動は避けよ」
少年は何とかなだめようと、困惑した表情を
周囲に向けていた。
5日後、模擬戦当日……
会場となった冒険者ギルド支部の訓練場は、
すでに大盛況で―――
私はすでに舞台となる檀上に、グラキノスさんと
対峙して立っていた。
そのギルドの関係者だけが入れる最上段の席には、
黒髪短髪、褐色肌の青年と、
その妻である―――
丸眼鏡にライトグリーンのショートヘアの女性が
スタンバイしていた。
「それでは皆様!
当ギルドの『模擬戦』を行います!
今回のお相手は、あの『イスティール』さん、
『ノイクリフ』さんと同郷の―――
グラキノスさんです!!」
レイド君のアナウンスで、まず先に私の
対戦相手が紹介される。
「グラキノスさんは先日、東の村を襲おうとした
武装集団を、同郷の方たちと共に撃退し―――
これまでの二人に勝るとも劣らない実力だと
推測されます」
彼の続けての説明に、観客席からはどよめきが
起こる。
「そして当ギルドからはこの人!
シルバークラス、シン!!
前回のノイクリフさんとの戦いでは―――
3対1の後、さらに1対1で対戦。
どちらもこれを破っております。
その同郷の方との因縁の戦い……
果たして今回も勝ち名乗りを上げる事が
出来るのか!?」
私の紹介はミリアさんがしてくれるけど―――
やたら煽るなあ。
観客も何か食い気味の感じの人が多いし。
私は観客席にいる、メルとアルテリーゼ、
ラッチに手を振ると―――
中央から離れてグラキノスさんと距離を取り、
彼もまた同じように離れ……
試合開始の合図を待った。
「それでは両者構えて―――」
「……開始っ!!」
レイド夫妻の合図で観客席が一層沸き上がる。
双方、共に素手で武器は持っていない。
「……ん?」
見ると、対戦相手が片手を水平に上げ、
その手の平をこちらに見せるように向ける。
まるで『待て』と言っているようだが……
「……シン殿。
打ち合うのもいいが、自分には―――
あなたがノイクリフを『抵抗魔法』で
破ったという事が、どうも信じられない」
彼の言う事に耳を傾けるかのように、
会場が静かになり、
「だから、自分からは攻撃しません。
10数えるだけ―――
自分からの攻撃を控えましょう。
シン殿はどのようにでも、攻撃してくればいい」
まるで試合放棄にも思えるような言動に、
会場にザワザワと不審な空気が広がっていく。
「何言ってんだー!!」
「お前、何しに来たんだよ!?」
期待外れというように、不満の声があちこちから
飛んでくる。
しかし彼は上げていた片腕、その指先で、
眼鏡の中心をクイ、と直し
「攻撃は控える、と言いましたが……
何もしない―――
とは言ってませんよ?」
そこで頬の空気が一瞬冷えたような気がした。
次の瞬間―――
「!?」
目の前には、球体の半分をかぶせたような、
薄く白く濁った物体が突然、姿を現し―――
同時にグラキノスさんの姿が消えた。
半ドームのようなそれは、明らかに氷で
作られた物で……
高さ3メートルほどのその中に、彼は
いるのだろう。
「『永氷』のグラキノス……
大地や滝すら凍らせるその魔力、見事」
一方、ドーム型の会場の天井付近の柱、
接合部分につかまりながら―――
一人の少年が見下ろしていた。
「ちゃんとわらわの手をつかんでて。
今のあなたは、落ちたら下手すると
死んじゃうんだから」
その横で男の子の手を取りながら―――
透明ともいえるミドルショートの白い髪の
12・3才くらいの外見の少女が、宙に
浮いていた。
「しかし、久しぶりに見たけど……
本当にすごい魔法だね。
わらわでもあそこまで凍らせるのは、
ちょっと無理ー」
氷精霊のお墨付きの言葉に、部下を褒められた
ような気持ちで、魔王の表情が微笑になる。
「300年前の人間との争いでも―――
あやつの氷魔法は誰にも貫く事は出来なかった。
どんな魔法も武器もな」
「まあシンさんの前では、意味無いけどねー」
「……何?」
氷精霊の意図がわからず、魔王は試合場へと
再び視線を落とした。
「では数え始めますよ……
―――1!」
どこかに穴でも開けてあるのか、グラキノスさんの
声が会場内に響く。
「何だよあの氷は!?」
「反則じゃねーか、ありゃ!」
「しかも一瞬で……」
観客席から、戸惑いの声が聞こえてくる。
見た感じ、氷の厚さはかなりあり―――
半透明で中身が見えないくらいだ。
もしかしたら、1メートルくらいあるのかも
知れない。
「―――3!
―――4!」
その間にもカウントダウンは進んでいく。
『無効化』すれば一瞬で水に戻りそうだが、
観客は納得してくれるだろうか。
それに完全無効化だと―――
私の能力がバレる可能性もあるし。
「……よし」
私は、その氷のドームまで近付くと、片手で
その表面に触れる。
ラミア族のエイミさん・タースィーさん組と
戦った時のように―――
一部分だけの解除を試してみる事にした。
(62話 はじめての たっぐまっち参照)
「一瞬で分厚い氷を形成する……
そんな魔法など、
・・・・・
あり得ない」
小声でつぶやくと同時に、出入り口のように
私の前の部分の氷が水になった。
「―――6!
―――7!」
一方その頃、グラキノスは―――
氷のドームの中心で、カウントを続行していた。
(この試合は、魔王様がご覧になっておられる!
その御前で負ける事は許されん……!
ノイクリフはきっと油断したのだろう。
その証拠に、あの冒険者は何も出来ないでは
ないか。
少なくともこのまま10まで数え切れば……
人間の『抵抗魔法』ごときに負けるなどという
事は―――)
彼は、魔族である自分達が人間の魔法に
負けるなど、あり得ないと思っていた。
だから最優先は、シンの『抵抗魔法』の否定に
あった。
「―――8!
―――きゅ……う……!?」
「あの……
お邪魔します?」
そしてあと1カウントという時に、
氷を溶かしながらいきなり目の前に現れた
シンに対し……
彼の理解は追いつかず、
数秒後、敗北を悟ったであろうグラキノスは、
自ら氷魔法を解除した。
バシャンッ! という音と共に氷のドームは
大量の水となり―――
「うわっぷ!?」
その水が完全に流れ去った後には―――
立ったままずぶ濡れになったシンと……
両手を地面につけてうなだれた対戦相手の
姿が―――
観客たちの前に現れた。