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「な、何をしたんだ、シンは?」
「あの分厚い氷の中に―――
普通に入っていったように見えたが」
「あの兄ちゃんが跪いているって事ぁ、
やっぱり……」
会場はどよめいていた。
氷のドームが一瞬にして水に戻り―――
そこには、立ったままずぶ濡れの体で、寒さを
こらえているアラフォーの男と……
その前に青い短髪の、横に細長い眼鏡をかけた
青年が―――
両手と両ひざを地面に着けたまま動かずにいた。
「えっと……これは?
グラキノスさんが負けを認めた?」
「しょ、勝負あり!!
この勝負―――
当ギルド・シルバークラス、シンの
勝利です!!」
拡声器で、レイド夫妻から決着が伝えられると、
それから一瞬遅れで……
拍手と大歓声が沸き起こった。
「まー、相手が悪かったよねー」
「シンを前に防御一辺倒とは―――
悪手もいいところじゃ」
「ピュピュ~」
観客席の家族からも―――
一段落した感想が語られ、周囲の観客も
うなずいているのが見えた。
「あの氷魔法を……
まるで紙でも裂くように……」
「ゲルト殿の言った通り―――
底知れぬ実力をお持ちのようです。
もっとも、そうでなければ……
ドラゴンの夫になったりはしませんか」
猫のような耳に赤毛を持つ青年と、
ポニーテールをした少女―――
ゼンガー・ミーオ兄妹も模擬戦を観戦しており、
シンの実力を目の当たりにして、率直な言葉を
語る。
「信じられぬ……
『永氷』のグラキノス―――
あやつの氷魔法を打ち破る人間がいるとは。
いったい何者なのだ、あの冒険者は」
一方、会場の『上』で……
5才前後と思われる、ベージュの薄い短髪をした
少年が、訓練場の天井付近の柱につかまりながら、
眼下の光景に息を飲む。
「魔力・魔法勝負に持ち込んだ時点で
終わりだったよー。
シンさんが相手じゃ、誰がやっても
同じだったから、気にする事はないよー」
外見は12・3才の、透き通るような白く長い髪を
持つ精霊の言葉に―――
視線は返さずに、彼はただ檀上の二人を
見下ろし続けていた。
「あ、すいませんお待たせしました。
お風呂頂きましたー」
応接室に入った私は、一行を見て頭を下げる。
晩春とはいえ、夏にはほど遠い。
さすがに冷水を浴びた体は冷え切っており、
対戦相手であるグラキノスさんと一緒に、
ギルド職員寮のお風呂で、お湯に浸かって
きたのであった。
「マギアさ……!
マギア!?」
グラキノスさんの視線の先を見ると、紫色の
ミディアムボブの髪をやや外ハネさせた女性と、
黒光りするほどの褐色の肌と、白銀の髪を持つ
女性の間に―――
5・6才と思われる男の子が、ラッチを抱えながら
挟まって座っていた。
「試合内容はお姉ちゃんたちから聞いたよー。
惜しかったって」
「も、申し訳あり……!
い、いや、すまない。
絶対に勝つと言っておきながら」
勝利を約束していたのか、彼はばつが悪そうに
少年に頭を下げる。
するとそこにノックがされ、セミロングとロングの
黒髪をした、妻2人が入ってきた。
「おーシン、ちょうどだねー」
「腹が減ったであろう?
グラキノスとやらもお疲れじゃった。
まずは食おうぞ」
その後に、褐色で黒髪の短髪を持つ青年と、
彼の妻で、ライトグリーンのショートヘアを
持つ丸眼鏡の女性が、同じように料理を持って
入って来て―――
テーブルの上に並べ始めた。
「スープかと思ったけど―――
これは米を柔らかく煮たものか」
細マッチョのような体つきの、短い茶髪の
青年が、かきこむようにお粥を食べる。
彼との模擬戦の後に食べたのはオジヤだったので、
汁物のようになったそれは……
目新しく感じたようだ。
「ホントはオジヤだったっスよ。
アレってなかなか冷めないのはいいんスけど、
少し固いので」
「シンさんもグラキノスさんも、体が冷えていると
思ったので―――
それを『クラン』に伝えたら、女将さんが
変更してくれました」
レイド君とミリアさんが、一緒に食べながら
説明してくれる。
「魚やエビ、貝のつみれに、タマゴが入っていて
結構腹にたまるな。
こっちの、野菜がふんだんに入った味噌汁も
たまらん」
白髪混じりのアラフィフの男が、ズズーッと
すすりながら話す。
「はいラッチ、あ~ん」
「ピュー!」
マギア君がフォークでつみれ団子を刺し、
それをラッチに食べさせ―――
子供同士、ほほえましい光景だ。
「そういえばグラキノスさん。
東の村を襲撃しようとしていた連中を
撃退して頂いたという話でしたが……
どうしてそちらへ行ったんですか?」
イスティールさんやノイクリフさんと違って、
彼は試合内容には触れようとせず……
こちらとしてもそれは、誤魔化す手間が減って
助かるので、あえて別の話題を振ってみる。
「あー、あれはですね……
ってオルディラ!
貴女が行こうと言ってたんでしょう。
ええと、ホラ、あの魚の」
彼の振り向いた先を見ると―――
名指しされた女性が、満面の笑みで味噌汁を
味わっており、
「はぁああ……至福♪
豆がこんなものになるなんて。
こんなにも美味しくなるなんて……♪」
「えーと、オルディラさん?」
私と目が合うと、口につけていたそれを
そのまま飲み干して、
「ああ、はい。
ここから東の村? へ行ったのはわたくしの
希望でして。
何でもそこは、魚醤と呼ばれる一品があると
聞いておりましたから―――」
「あー……
でもそれは、時期が悪かったですね」
次の魚醤の仕込みが終わるのは、夏の終わり
くらいだ。
去年の分はとっくに無くなっているだろうし。
「そっっっうなんですよ!!
聞けば魚の塩漬けを1年腐らせた逸品!!
ぬか漬けや味噌とは違った本格派!!
それを見ずしておぐっ!!」
そこでイスティールさんがいつぞやのように、
脳天チョップを叩き込む。
「本当にすいません。
ウチのバカが……」
「あはは……
しかし、その食品に対する情熱は
いったい……」
そこでイスティールさんとオルディラさんに
挟まれていたマギア君が、
「多分それは―――
オルディラ……お姉ちゃんの魔法に関係が
あるんじゃないかと」
「??」
そこで話の方向は一変し……
私たちは、彼女の魔法について詳しく聞く事に
なった。
夕刻―――
魔王・マギアを始めとする魔族一行は、
宿泊先の宿屋へ戻って来ていた。
「大変申し訳ございません、魔王様。
このグラキノス―――
いかなる罰でも受ける所存にて」
マギアの座るイスの前で、片膝をつくグラキノス。
「よい、気に病むな。
『霧』のイスティールに続き―――
『対鏡』のノイクリフ……
さらにはお前まで―――
この事実を考えるに、アレはどうあっても勝てぬ
存在であろう。
氷精霊は何か知っているようだったが……」
どこか遠い目をしながら、魔王様と呼ばれた
少年は言葉を続け、
「それはそうと……
『腐敗』のオルディラ。
ずいぶんと気合いが入っておるようだな?」
緊張した面持ちの3人をヨソに―――
彼女だけは嬉々とした表情を見せる。
「は、はい!
物を腐らせる能力しか無いと思っていた
わたくしが―――
ようやく何かのお役に立てるかも知れないと
思うと」
「先の大戦では、その能力で人間どもを
散々苦しめたであろう。
そう卑下するでない。
そして―――
それ以外に何らかの形で、お前の能力を
生かせるものがあれば、それは余に取っても
喜ばしい限りだ」
魔王・マギアの言葉で、和らいだ空気が室内に
広がり―――
「そうですね。
良い機会ですので自分も、この公都の氷室や
氷に関する技術を学んでおきます」
グラキノスが深々と頭を下げ、
「では私は―――
また『ガッコウ』で、新たな料理や食材の
情報を……」
「んじゃ俺は魔王様の護衛がてら、公都にいる
ワイバーンや魔狼、有力者と―――
『つなぎ』でも作っておきますか」
イスティールやノイクリフも今後の方針を語り、
その日の夜は更けていった。
模擬戦の翌日―――
「……物を腐らせる魔法、ですか」
「大変興味深いですね、それは」
銀色の長髪と、さらに白いシルバーの髪を持つ
夫妻が、一通り実験器具を用意しながら、
オルディラさんと向き合う。
何でも彼女の魔法は『腐敗させる』という、
非常に珍しい特殊系のもので―――
それもあってか、ぬか漬けや味噌、魚醤といった
発酵食品に、ひとかたならぬ興味を抱いたらしい。
そしてその魔法の確認や実験のため……
私もパック夫妻の自宅兼病院兼研究所に同行
していた。
私とパックさん、シャンタルさんはガラス製の
ゴーグルに布マスクを着けたが、『大丈夫です』
と言ってオルディラさんはそのままだ。
「では、始めてみましょう」
「はいっ!!」
私の問いかけに、彼女が元気良く答える。
そのオルディラさんの目の前には―――
魚の切り身が入った、ガラス製の細く小さな
ビンがあった。
地球でいうところのビーカーみたいな
ものだろうか。
彼女が両手で挟むように、置かれたままのそれを
見つめると―――
「……うっ」
「おお!」
「これは……」
時間にして30秒ほどだろうか。
切り身はあっという間にドロドロに溶け、
異臭を放つ。
まるで早送りの動画を見ているような。
その匂いをものともせず、パック夫妻は
のぞき込み、
「うん。確かに腐ってますね……」
「暖かい場所に放置して―――
4・5日くらいといったところかしら」
冷静に分析した後、すぐに排水口へ流す。
次いでパックさんが浄化魔法を使うと、
匂いも無くなった。
「ど、どうでしょうか」
不安そうにオルディラさんがたずねるが、
「そうですね、現象は確認出来ました。
ではパックさん」
「はい。
次はこれをお願いします」
同じように、ビーカーに切り身が入った物が
テーブルの上に出される。
だが先ほどとは違い、フタがされていた。
さっきと同じようにオルディラさんが両手を
挟むように近付ける。
しかし……
「……あ、あら?」
違和感を覚えたのか、彼女が声を上げる。
「え? えっ?」
今度は目に見えて起こるような変化は無く―――
四苦八苦するオルディラさんを前に、切り身の形が
崩れ始めたのは、2分ほどしてからだった。
「こ、これはいったい……?」
そのビーカーをパックさんとシャンタルさんが
見つめ、
「まだ切り身の中に残っていたようですね」
「シン殿から聞いて、理解していたつもり
でしたが―――
こうして目で実際に確認出来るのは
ありがたいです」
夫妻の言葉を、オルディラさんが目を白黒させて
聞いている。
浄化水を作った経緯もあり、菌や微生物の概念は
二人に教えていて―――
主に某農大漫画から得た知識ではあったが、
適度な温度と湿気があれば、菌は繁殖する。
そして菌を繁殖させる逆条件といえば、
高温で熱するか、真空状態にさせればいい。
なので、予めビーカーの中で木くずのような
ものをフタをして燃やし……
限りなく真空状態に近くしたのである。
とはいえ、切り身の中に少しは菌が残って
いたようで―――
内部から腐り、形をへこませていた。
「というわけで……
オルディラさんの魔法は『物を腐らせる』、
もっと詳細に言えば、菌や微生物の動きを
活性化させる、という事だと思います」
彼女はウンウンとうなずきながらメモを取り、
パック夫妻もレポートのような物に目を通しながら
書き込んでいく。
「2回目は、中の菌や微生物をほとんどいない
状態にしての実験でした」
「これでオルディラさんの魔法は―――
菌や微生物に作用するものだと、証明
出来たという事です」
パック夫妻の説明に、彼女は視線を上げて
「で、では……
わたくしにもあのような―――
『はっこうしょくひん』なる物を作る事は
可能でしょうか?」
懇願するような表情で質問してくるが、
「害のある菌や微生物で腐った物を腐敗、
体に良い形で腐った物を発酵、
食べる側の都合で、勝手にそう呼んでいる
だけですから。
基本的には同じなんです」
そこで発酵食品の説明に入る。
「ですので、この公都で作られている発酵食品は、
どれも人為的に『体に良い形』で腐らせただけの
物です。
その方法さえ知っていれば、誰でも作る事が
出来ますよ」
私の答えに、オルディラさんの表情がパアッと
明るくなり、
「特にオルディラさんの魔法は―――
発酵食品のためにあるようなもの。
ぬか漬けや味噌は比較的早く簡単に出来ますが、
中には時間のかかる物もあるんです。
ですが、あなたの魔法さえあれば……
短期間で大量の発酵食品を作る事も、夢では
ありません」
そこでパックさんが片手を上げて、
「魚醤と―――
今シンさんが仕込んでいる『しょうゆ』
ですね?」
実は研究室の一角を借りて、醤油の再現に
着手していた。
手順としては、
①砕いた小麦を炒ったものと茹でた大豆を混ぜる。
②1日ほど熱が冷めるまで待って麹菌を入れる。
③2日ほど適当に混ぜる。
④塩水に入れる。
⑤1 年 か ら 2 年 待 つ。
⑥『たまり』が出来上がる。
⑦『たまり』を絞る。時間をかけながら。
出来れば3日かけて。
⑧絞った後の汁を加熱して殺菌する。
(そのままでも塩で保存殺菌は出来ている)
⑨出来上がり。
特に⑤がネックで―――
もしこの期間がオルディラさんの魔法で短縮
出来るのなら、画期的を通り越して革命が起こる。
「ただオルディラさんの協力についてですが、
匂いや菌の管理が大変だと思いますので、
完成品が出来るまでは、研究室を使って
もらいましょう」
シャンタルさんの提案に―――
彼女は飛び付くようにして、
「やります!
やらせてください!
それが出来るまでは、滞在させて
頂きます!!」
こうして、新たな発酵食品のプロジェクトが
オルディラさんを中心として―――
スタートする運びとなった。
「あれ、あなたは」
「お久しぶりでーす。
元気してました?」
3日ほどして―――
冒険者ギルド支部に呼ばれた私は、旧知の顔と
再会していた。
赤い短髪の、いかにも軽そうなアラサーの男。
そしてその隣りには、
「アラウェン隊長!」
彼の部下である、ギルド長よりは少ない分
白髪の目立つ、筋肉質のアラフォーの男性。
フーバーさんが座っていた。
心無しか、2人ともどこか少しやつれているような
印象を受けるが……
同じ応接室の中には、ギルド長―――
そしてレイド夫妻もおり、
「新生『アノーミア』連邦の諜報組織が、
今度は何の用だ?」
「いやまー、この前あの司祭の捕縛に『協力』して
もらったっしょ?
(80話 はじめての あいさつまわり参照)
そのお礼という事で……」
ジャンさんの、静かだが迫力ある質問に対し、
彼はケラケラと笑顔で答える。
あの司祭……創世神教のリープラス派の
ズヌク司祭が、ラミア族のエイミさんを
誘拐しようとした件か。
しかし、あれは去年の出来事。
今頃になって何で? という疑問が頭を過る。
テーブルの上に差し出されたお礼の品であろう
箱を見つめていると、フーバーさんが口を開き、
「その……
そちらへお耳に入れなければならない事が
あって、こちらへ来ました。
ですがこれは未だ調査中の事であり―――
新生『アノーミア』連邦の総意では無い事を」
それを上司である彼が片手を横にして遮り、
「―――実は今、連邦各国で……
獣人族の子供たちが行方不明になる事件が
起きている」
「っ!?」
「それはどういう―――」
レイド君とミリアさんが思わず反応するが、
「落ち着け、2人とも。
まさかそれで―――
ウィンベル王国が疑われているんじゃ
ねえだろうな?」
ギルド長がずい、と身を乗り出すと、
アラウェンさんは首を左右に振り、
「いやいやいや!
だからホントーにその顔怖いから止めてって!
それにココは亜人や他種族に対する差別
無いっしょ!?」
両手の手の平をジャンさんに向けて、
わたわたする上司の横で部下が引き継ぎ、
「連邦としましても、こちらとの取引拡大を
考慮し、差別的な扱いは影を潜めました。
だからこそ、このような事件が起きているのは
我々にも意味がわからず……
正直にお伝えするのがせめてもの、
『誠意』と思ってください」
真剣な表情でフーバーさんは語る。
そしてギルド長は両目を閉じ、ボリボリと
頭をかき始めた。
彼は『真偽判断』が使える。
それは取りも直さず、彼らの言う事が
『本音』であり『事実』である事を示していた。
「この事、王都には伝えたッスか?」
レイド君の質問に、アラウェンさんは拝むように
両手の手の平をパン、と密着させ、
「いやー、それがまだ。
なので届けてもらえません?
公都、ワイバーン騎士隊が王都と往復して
いるんでしょ?
そのついでというか」
そこで彼は一通の封筒のような物を差し出す。
「―――ミリア」
「はい」
ジャンさんがミリアさんの名を呼ぶと、彼女は
それを受け取り、
「それで……だ。
調査中と言っていたが―――
目星はついているのか?」
「まぁ、そうデスネ。
この国もいるっしょ?
『急進派』ってのが……
なーんか勝手に危機感募らせて―――
自分から崖に突っ込むタイプ。
そーゆーのだと思ってもらえれば」
言い辛そうに答えるアラウェンさんに対し、
こちら側も『あ~……』という空気になる。
「ええと、隊長と私はこれで戻るつもりです。
それと今回の件で何かわかれば、すぐそちらにも
情報を報せます」
「え? ちょ、少しくらい休んでも」
「ダメです!!」
「いやせっかくここまで来たんだし……!」
フーバーさんの言う事に抵抗を見せる
アラウェンさん。
どっちが部下か上司かわからない会話を
しつつ―――
それをどんな目で見ればいいのかわからず、
しばし茫然としていると、
『ぐうぅうう』
と、訪問者2名のお腹が鳴り―――
「……宿屋『クラン』にメシ頼んでやるから、
少し待ってろ」
ギルド長の提案で、2人は食事を……
私たちはオヤツを取る事になった。
「まーた調味料やら料理やら増えてますねー。
さっすが『万能冒険者』!」
ソースやタルタルソース付きの揚げ物を
アラウェンさんが頬張り、
「しかし、食事くらいしてきてからでも」
私が問うと、フーバーさんが手を止め、
「申し訳ありません。
一刻も早くお知らせしなければと」
上司とは対照的に、こちらは真面目な回答だ。
だがこちらの世界での空腹は、魔力さえあれば
肩代わり出来るはず。
という事は、本当に急ぎに急いで―――
ギリギリの状態で来たという事か。
こちらはというと、果汁を混ぜてゼリーのように
固められた葛餅を食べつつ、
「書面はワイバーン騎士隊に託しました。
今日中には王家の手に渡るものと」
「あざっす!!」
ミリアさんの言葉に、アラウェンさんが
持っていたフォークごと敬礼のようなポーズを
取って答える。
「つーかまさか、連邦からココまで走ってきたとか
言わないッスよね?」
レイド君の軽口に、今度はフーバーさんが
「途中までは馬車でした。
まあ、いろいろありまして」
非公式の使者でもあるし、お忍びと考えると
それもやむを得ない事か。
それを聞いたジャンさんが両腕を組むと、
何やら考え始め―――
「……シン、帰りは途中まで送ってやれ」
「?? アルテリーゼ……ドラゴンに乗せても?」
私が聞き返すと、食事中の上司部下が2人同時に
手を垂直に立ててブンブンと振る。
「いや、いくら何でもドラゴンは」
「『万能冒険者』の護衛付きなら―――
馬車か徒歩で十分です」
とは言っても、私に魔法絡みの戦闘能力は
無いんだけどなあ……
まあメルとアルテリーゼがついてくるだろうし、
そこは大丈夫か。
「うまかったです!
ありがとうっした!!」
「しかし、ご迷惑をおかけするばかりですな。
そういえばシン殿。
お礼の品を持ってきておいて何ですが―――
何かお望みの物とかはありますか?
これは個人的な興味ですので、無理には
聞きませんが」
フーバーさんの質問に、室内の全員の注目が
集まり、
「う~ん……
他国の料理や調味料、とか?」
「そりゃシン、誰が聞いても嫌味だろ」
すかさずギルド長からツッコミが入り、
レイド夫妻も同調してウンウンとうなずく。
でも各地の話を聞くに、どうも秘伝のタレとか
香辛料とかあるっぽいんだよなー……
あと興味があるものといえば―――
「あとは、歴史的な事とか?
そういえば、新生『アノーミア』連邦って、
元はマルズ帝国だったんですよね?
いつ帝国になったのか、とか。
その成り立ちとかわかります?」
その質問に、上司と部下は顔を見合わせ、
「あ、話せないとか禁止されているのなら別に」
私が気遣うと、彼らはこちらへ向き直り
「いやいや、大丈夫だよ。
何せスゲー昔の話だし、そこまで厳しくは」
「帝国を称したのは、70年ほど前に
なるでしょうか。
その頃に、大小様々な周辺各国を支配下に
治めて……
以来各国の自治独立を認めるまで、40年ほど
統治下に置いたと、記録にはあります」
それは記録であり、単に事実の羅列。
だが、聞きたい事は他にあった。
どうして周辺各国を支配したのか、である。
通常なら戦争に至るまでの経緯・原因は2つ。
水や食料、その他の資源の確保。
そして生存圏の拡大だ。
だがこの世界では水も食料もほぼ無限。
天変地異でも無い限り、国同士の総力戦も
無かったと聞いている。
後はイデオロギー、宗教対立などが
考えられるけど……
「帝国になったきっかけというか―――
動機って何だったんでしょうね?
周辺各国とは歴史的に、仲が悪かったの
でしょうか」
すると、アラウェンさんは本当に困ったような
表情をして、
「そのあたりは諸説あるっていうか……
まあ一応、正史には『威光を知らしめるため』と
書かれているけどさ」
「??」
私が首を傾げると、今度はフーバーさんが、
「周辺各国をまとめ上げた―――
マルズ帝国初代皇帝については、歴史家の間でも
評価が二分されているんですよ。
各国に戦争を仕掛けたきっかけも……
『国内の不満を外に向けるため』とか、
『経済破綻が迫っていた』とか―――
理由がはっきりしません」
いやちょっと待て。
それでいいのかマルズ帝国。
「そんで持って広くなり過ぎた支配地域の維持が
出来なくなって、結局独立させましたとさ。
まーキ〇ガイのやる事に特に理由なんて
無かったんじゃね?」
「隊長!
だから言い方ってものがですね!?」
この人、隊長を任されるほどだから有能だとは
思うんだけど……
忠誠心というか愛国心に疑問が残る。
しかし、独立を認めたという事は―――
支配するだけの旨味が無かった事を意味する。
確かにその方がいい結果になる場合もある。
戦前の日本がそれだ。
脅威的な戦後復興と評される事もあるが、
それは戦勝国からの経済支援と、安全保障。
そしてそれまでの支配地域を手放したからである。
日本はそれぞれの国を、自国レベルにまで
引き上げる事を目標としていた。
結果、占領地の経営は赤字もいいところで―――
南方諸島にある鳥のフンだけが黒字だった。
メタンガスが取れたからだ。
もちろん、長期的には投資分を回収する計画で
あっただろうが、その前に敗戦。
だから一概に、支配地域を持ち続ける事が
良い事とも言い切れないのだが……
「まぁ何だ、出て行くなら明日にしておけ。
シン、嫁2人と一緒に護衛頼むぜ」
ジャンさんが私の思考と話を元に戻し―――
取り敢えずいったんお開きとなった。
「いやースンマセンお土産まで頂いちゃって。
しかも二頭引きの馬車まで!
至れり尽くせりってのはまさにこの事♪」
翌日―――
公都の南門から出て、まず一番近い連邦国家の
ポルガ国を目指し、私とメル・アルテリーゼ、
そしてアラウェンさんとフーバーさんが、
馬車に同乗していた。
「もう何も言いますまい……」
うなだれる部下を見て、妻と一緒に苦笑する。
「味噌は長持ちしますからねー」
「お湯さえあれば、スープになるしのう」
彼の上司がホクホク顔で手にしているのは、
公都で大量に購入した品々の一部だ。
「そういえば、こっちの技術って今
どれくらい普及してます?」
何気なく会話を振ると、
「貝の養殖は真っ先に取り入れられました。
魚の方は、生きたまま獲ってくる事の出来る
人間が少ないので―――」
トラップ魔法としているけど、アレ魔法でも何でも
ないから、却って技術指導が難しいんだよなー……
と、そこで馬車がガクンと止まり、全員が
姿勢を崩す。
「出てくるがいい! 裏切り者!!」
馬車の外から、怒声を浴びせられる。
しかし―――
「意外と早かったねー」
「ギルド長が言った通りだのう」
妻2人は事もなく、感想を口にする。
「……へ?」
アラウェンさんがポカンとする一方で、
私は彼らに呼びかけ、
「取り敢えず、降りましょうか。
あ、お二人はそのままで」
こうして3人で外に出る事になった。
「お前は誰だ!」
「その馬車の中に―――
我が新生『アノーミア』連邦の裏切り者が
乗っているはずだ!
引き渡してもらおう!!」
4、5人ほどの―――
顔の下半分を布で隠した男たちは、少なくとも
一般人ではなく……
それぞれが手に得物を持って馬車の前に
立ちふさがる。
私は妻2人と両手をホールドアップさせながら、
彼らとの対話を試み、
「裏切り者とは穏やかじゃないですね。
何があったんですか?」
「貴様には関係無い事だ!
死にたくなければここから去れ!」
口調は荒いが―――
しかしいきなり襲い掛かってくるような
雰囲気でもない。
そこへ、体が他より一回り小さい人間が
私の前へ現れ、
「我々は無関係な者まで襲う事はない。
用があるのは、馬車の中の人間だけだ」
小柄な男……と思ったが、声で女性だとわかる。
彼女がこの連中のリーダーだろうか。
「いや事情くらい教えてくれてもいいんじゃ
ないですかね?
これでも護衛を引き受けた冒険者ですし」
私が役割を名乗り、その上で無抵抗なのを
確認したのか、彼らは武器を地面に向け、
「その馬車にいる人間は―――
欺瞞情報をばら撒いているのだ」
「それはまたどのような……」
彼女は面倒くさそうに舌打ちすると、
「まあ貴様らにも言い訳は必要だろう。
だが、話すのも馬鹿馬鹿しい事よ。
『万能冒険者』とやらのな」
「え~?」
「なんじゃそれは?」
妻2人がわざとらしく返す。
「新生『アノーミア』連邦へ献上された
新技術や料理の数々……
それが一人の冒険者によって作られたという
話だ。
何でもその冒険者はドラゴンを妻とし、
ワイバーンも従えているらしい。
さらに亜人や獣人も―――
それほどの人間がなぜ冒険者などしている?」
そんな事言われてもなあ。
それに、別に従えているわけでは……
「ワイバーン騎士隊は事実と確認が取れたが、
そうやって虚実混ぜて報告するという事は、
我が連邦の連帯や弱体化を狙う目的があるから
だろう。
お前も冒険者ならわかるだろ?
そんな荒唐無稽な情報を流すそいつらを
信用出来るか?」
「ええと……
これなら信用出来ますかね?」
私は両手を上げたまま、アルテリーゼの
方へ顔だけ向けてつぶやく。
「魔法を使える人間など……
・・・・・
あり得ない」
これで、この場で魔法を使えるのは人間以外に
限定されたはず。
私の言葉の意味を察したのか、アルテリーゼは
ドラゴンの姿に変化し、
「は?」
「え?」
「おぇあ?」
驚く彼らの前へ、彼女は歩み出て
「『万能冒険者』の妻、アルテリーゼじゃ。
出来れば大人しくして欲しいのじゃが……
いかがする?」
その言葉に、彼らは武器を地面に落として
武装解除に応じる意思を見せた。
一段落したと思ったのか、そこへアラウェンさんと
フーバーさんが降りて来て、
「やーっぱりお前か。
声でわかったけどよ」
「お知り合いですか?」
私の問いにフーバーさんが眉をしかめ、
「……別の隊の連中です。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
とにかく、誤解は解けたという事で、彼らも
馬車へ同乗させ―――
目的地へ向かって走り始めた。