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いちご大福
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恋人、といえるような関係になったのはつい最近で、なのにその男とはもう十年以上の付き合いがある、所謂腐れ縁とか幼馴染とかそういう表現の方がもっと近い関係にあると思う。いつからそういう目で見るようになったとか、意識し始めたのはいつなのかとか、何のきっかけでとか……そういうものが俺には一切浮かばない。彼はどう思っているかは知らないが。 そんな男と今夜、初めての夜を過ごす、と思う。
何故そんな根拠のない自信があるかと言うと、なんとなく、彼は無意識なのかもしれないが……そういう熱っぽい視線を最近感じるようになったからだ。
例えば、地方へ移動するために新幹線を使う時。
たまたま隣同士の座席に座って俺の携帯を一緒に見て他愛もない会話中、彼の目線は携帯に向かず、かなりの頻度で俺自身の方へ向いていた。俺のつむじ?こめかみ?耳?多分そういう所を見ていたのだと思う。『俺の話聞いてるのか』と呆れたように聞けば、表情筋を緩めて『ちゃんと聞いてる』と返された。五回注意したあたりで俺は何も言わなくなってしまった。
例えば、音楽番組の収録前の楽屋。
各々が鏡の前で衣装を確認したり、カメラ位置やポーズの最終チェックをし合っていたりした時。不意に彼は俺の名前を呼び、彼自身が俺の最終チェックを始めた。言い分としては、後ろ姿の俺を確認したかったらしい。首元が緩い衣装であったためパフォーマンス中にズレないかと心配し、首筋をじっと見つめられながら鏡の前で軽く振りを踊るという異様な光景が誕生した。他のメンバーは『またパパが出てる』と笑っていたが、始終俺は彼の意図が読めずそのまま本番へと向かってしまった。
それに、この関係になってから二人で居る時間に彼は過度にスキンシップを取るようになった、と思う。
お互い学生でもない、いい歳した大人であるわけで、かといって多忙なスケジュールを縫って半ば無理やり時間を作っているわけで。ちょっとした触れ合いやキスは何度もしている。誰も居なくなった楽屋やロケバスでガラにもなくスリルなんてものを感じながら。メンバーには公言していないので、勿論彼らが戻ってきたらちゃんと一定の距離を置いてなんでもない顔をしている。今のところ怪しまれたこともない。きっと。
それでも、まだ……恋人になってから、互いの家には行っていない。
理由は幾つもある。そもそもスケジュールが合わない。次の日の朝に仕事が入っていれば泊まりは難しい。周囲の目。俺はポーカーフェイスができない人間らしいので、何かのきっかけで気付かれでもしたらきっと誤魔化しきれないし、彼に迷惑がかかるのが一番嫌だからそのリスクが背負えない。
あと単純に、自分が臆病で逃げているのかもしれない。
その手の知識が無かったため一応自分の方でも調べたりした。最初見た時は血の気が引いてしまって三日ぐらいは引きずった。大変、なんてものじゃない。正直にいってしまえば、別にそういうことなんてしなくてもいいんじゃないかって思えるほど、とんでもないリスクを秘めていると感じた。
でも、彼はきっと望んでいて、口に出してしまえば引き返せないと分かっているから俺に何か言ってきたりはしない。下になれって、一言そう言ってくれたら、もう少し早く決心できたのかもしれないけれど。
キスだって無理やりされたことなんか一度もない。逐一確認してきて、もういいよと言ってもそこだけは譲らない。
『これでも仁人のこと、大事にしたいと思ってるから』
バツが悪そうに、少し後ろめたさを感じながら、彼は笑ってそう言うのだ。
充分伝わっている。優しさに溢れた男なんだって、この十数年で何度も何度も実感した。
だから、俺も……何か彼にお返しができたらと思っていて、臆病な自分が勇気を出してできるのはきっとこういうことなんじゃないかって。
そして今日。俺は決行する。互いのスケジュールは確認済みで、明日の昼まで何もない。つまり、今だ。今しかない。
今の時刻は朝十時。彼にメッセージを送る。何度も打っては消してを繰り返した拙い一文を、彼に。
『夜八時、お前の家行く』
「いらっしゃい、お疲れ。珍しいじゃん、どしたん」
「あー……まぁ、とりあえず入れろよ」
「ごめんごめん、どーぞ」
インターホンを鳴らすか合鍵で勝手に入るか、玄関前で五分ほど悩んだ結果、後者を選択。しかし彼はその音にすぐに気付き出迎えてくれた。頬にご飯粒が付いていたから食事中だったのだと気付いた。
リビングに通され、彼はでかいテレビの前、ラグの上に座って出前を取って食べていたようだった。
「お前飯は?」
「いや、食ってきた。ラジオのスタッフさんたちと」
「ふーん。相変わらず楽しそうね。お兄ちゃんもにっこりですわ」
「きしょいこと言うな。はよ食え」
「お前から来といてそれを言うかね」
「……あんだよ」
「いーや?あ、なんか見る?暇だろ仁人」
ほい、とテレビのリモコンを渡され、大人しくソファに座る。斜め下に目をやると勇斗のつむじ。パンパンに詰まった頬袋が咀嚼の度に動いているのを見て、なんだか笑ってしまった。
見ていた番組は料理系のものだったが、本人が興味なさそうにただ無作為にかけていたようだったので、チャンネルを変える。ただ、これが見たいと思えるようなものはなく、結局最初のチャンネルに戻して終わった。
ふとまた斜め下を見る。食事も終盤に差し掛かっていたようで、あとは自分で作った味噌汁を飲むだけらしく箸も箸置きに置いていた。
「あっ」
「ん?」
そういえば、と玄関で見た彼の頬の米粒を思い出す。俺の声に振り返った彼の頬、まだそこに残っていた。
「ふっ、子どもかよ」
俺は左手を伸ばし、その米粒をそっと取った。だいぶ時間が経っていたのか固まってしまっていて、俺はそれを捨てようと腰を上げる。
「勇斗、お前ティッシュって……」
立ち上がって彼を見下ろした時、その顔を見て、俺はここに来た意味をもう一度思い出した。
また、あの熱っぽい瞳。この一瞬で何が彼をそうさせたのか分からない。でも今、確実に言えるのは……俺も、煽られてしまったということ。
思わずバッと勢いよく前を見て、取り繕うように大きな声を出していた。
「っ、キッチン借りる!なんか喉渇いてきたわ」
何度も訪れた家なのだから間取りだって把握している。思わず早歩きになって、彼の視線から逃げるためにキッチンへと駆け込み、ゴミ箱に持っていた米粒を投げ入れた。
幸いキッチンからリビングは見えない場所にあるため、冷蔵庫の前で俺は長い溜め息を吐きながら扉に額を押し付けた。ただでさえ血行が良くすぐ赤くなる耳が、触れるととても熱い。こんなの誤魔化せるのだろうか。でも長い時間ここに居てしまうと、彼に何か思われるかもしれないし。
はぁ、とまた溜め息。そしてその音と同時に、俺の顔のすぐ横から、ダンって強い音がした。
振り返る時間もない。吐息を感じるほど近く、半ば俺の身体を冷蔵庫に押し付けるように……男が後ろに立っていた。
「ごめん……俺、期待してる」
腹に回された腕。肩に置かれた顎。そして、熱い吐息と掠れた声。その言葉通りの温度感に、身体が震えた。
「仁人、そんな気じゃないならごめん。なんか用だった、よな。仁人が俺の家に来るってのが久しぶりすぎて、多分朝メッセージくれた時から舞い上がってるわ俺。ごめん……ごめんな」
「っ、はや、と……」
「なあ……教えて。じゃないと俺、暴走する。仁人を、傷つけたくない」
ぎゅうって音が聞こえてきそうなくらい強く巻き付いた腕が、緊張から震えていた。
あぁ、俺ばっかりじゃないんだ。不安に思うのも、期待してしまうのも。嫌われたくないって臆病になるのも。
そう思うと、なんだか後ろの大型犬が愛おしくなって少し笑ってしまう。
「ふふっ」
「なんでこのタイミングで笑うんだよ」
「いや、あー、なんて言うかな……色々言いたいことはあるけど、多分俺もお前と一緒なんだよ」
巻き付いた腕に己の手をそっと重ねて、少しだけ後ろを振り返る。
「お前が俺の気持ちを大事にしてくれてるように、俺も勇斗が一番大事なんだよ。俺の前ではカッコつけなくていい。お前が待ってくれてたことも分かってる。だから、今度は俺に応えさせてほしい」
腕を解いて身体を反転させる。前髪で見えづらくなっていたが瞳は不安げに揺れていた。
この男を、心の底から愛おしいと思う。
「勇斗」
「……仁、人?」
「勇斗がほしい……これで伝わるか?」
するりと腕を伸ばし、勇斗の首にかける。少し汗ばんだ肌に焦りと緊張を感じた。半歩前に身体を出すと、布越しに壊れてしまうんじゃないかと思うほど大きな心臓の音がした。
「お前死ぬぞ……」
「今、マジでやばい。致死量の仁人を浴びて死ぬ」
「頼むから日本語で喋ってくれ。俺は一人しかいないだろ」
「天然やめて、もう今ツッコめないから。それどころじゃないから。なんっでこいつはほんと……はぁ」
「おい、なん……っうわ!」
急に浮いた身体。一瞬だけ勇斗の顔を見下ろした。
大の大人が大の大人に抱っこされてる。俺の尻の下と背中を支えながら勇斗はキッチンを出てずんずん歩いていく。
「お前っ、どこに連れて、」
「仁ちゃん、俺に感謝してほしいね。あんな可愛いこと言われてまだギリギリ耐えてんだから」
ギリギリと言いながらも顔はまだ笑っているし、軽口を叩くだけの余裕もあるように見えたが……どうやら違うらしい。
進行方向と反対を向いていたから分からなかったが、ゆっくり降ろされたのは先ほどのソファの上だった。正確には、ソファに座った勇斗の上に何故か座らされた。
俺もそっちに座りたいのに、ここじゃ落ち着かない。視線が泳いで、思わず勇斗が着ているパーカーをぎゅっと握ってしまった。
「あの、これは……俺も、さすがに恥ずかしい……」
「今からそれ以上のことしようとしてんのに?」
「う……」
「あー、だめ。ごめん、今の忘れて。ちょっと待ってな……切り替えるわ」
ふーっと深呼吸した後、勇斗は顔を上げてじっと俺を見つめた。その目にはもう迷いがなかった。
肩に置いていた俺の手を取り、絡め合った。
「仁人は後悔しない?」
「……しない」
「俺、絶対お前にひどいことする。仁人が泣いても叫んでも、聞いてやれる自信がない」
「うん」
「まだ、今なら……戻れるよ」
「勇斗は進みたくない?」
「進みたい、けど……それ以上に仁人を傷つけたくない気持ちの方がでかいの」
「……優しいな、お前は」
「黙って俺に抱かれろって言い切っちゃった方が、仁人の気持ち的にラクになるかも……とは思ったけど。それは俺がこの先ずっと後悔しそうで」
「あぁ、やっぱり」
「へっ?」
俺の何気ない一言に反応し、そのきょとんとした瞳がまんまるで、なんか可愛いなって思った。
「勇斗の中でも、俺が下だったんだなって」
「……、あ」
やってしまったという顔だ。その様子を見るに完全に無意識か。なるほど。薄々そう感じてはいたが、俺だって男なので考えなかったわけではないのだ。
なんだか力が抜けてしまった。あんなにびくびく怯えて緊張していたはずなのに、もう今は良い意味で吹っ切れてしまったというか。
「俺の努力、無駄じゃなかったんだなあ……」
ぼそっと溢れた俺の言葉に、勇斗がまた止まる。
「えっ!あ、もし、かしてっ??」
「焦りすぎだろ。あーもう、できれば言いたくなかった!だって恥ずいもん。好きな男のために後ろの準備してたとか……今日も準備してから来たとか」
まんまるの瞳の中で、感情がからんころんと転がって見えるようだった。めちゃくちゃ動揺していることが目に出ていて、なんと愉快なことか。
「お前っ、だって、引きずってただろ」
「うん。絶っ対こんなことしねえって毎日思ってた」
「じゃあ、なんで?」
「……それをお前が聞くのかよ」
「えっ」
「これが愛のチカラ、ってやつでしょ。自覚しろよ、お前結構俺に愛されてんだぞ」
吹っ切れたサービスついでに、耳元で囁いてやるとしよう。今後一生、俺が言うか分からない台詞を。
「勇斗、俺を抱いて?」
かわいこぶりたくなかったけど、きっとこいつは俺のそういうのも好きだから。目一杯の猫撫で声で、首に腕を巻き付けるオプション付きで。
勇斗は見る見るうちに赤くなっていき、耳や首元まで真っ赤っかだ。つんつんと触ってみたが、すぐに怖い顔でやめろと怒られてしまった。多分本当に余裕がないんだと思う。
勇斗を揶揄える機会なんて滅多にないので、もう少し堪能しておきたい気もするが。
「お前風呂は?」
「入りますけど!?」
「こわいこわいって。……一緒に入る?」
「っも、お前っ、さあ!?ほんっとなんなの!?」
「じゃあ次の機会にってことで」
「つっ……あ゛ぁー、次。次ね、はい。はぁ……風呂でリセットしてきますー」
「ふふっ、はあい」
汗ばんだ手で丁寧に俺をソファの上へと降ろす。その時ほんの一瞬だけ、前髪の隙間から見えた瞳がギラギラと光っていて……あぁ俺は今日こいつに食われてしまうんだって、実感した。
ソファの上で一人、座面に寝転がって丸くなる。
俺だって、緊張していた。勇斗はああ言ってくれていたけど、実は無理してるんじゃないかって必死に探ろうとしていた。言い切られた方が気持ちがラクになるって、そこまで見抜かれていたことにも驚いた。
勇斗はずっと俺の先を行っている。何手も先を読んでいる。丸ごと全部俺の気持ちを受け入れる覚悟ができていたんだ。
俺の方が、お前に愛されてる。自分で言ったくせに、結局自分に返ってきてしまうとは。
「無駄じゃ、なかったんだなあ……よかった……」
一人になったリビングで溢れた独り言が静かに消えていった。
ふぅ、と一息ついて立ち上がり、テーブルにある家主が食べ散らかした跡の掃除を始める。まだ緊張が抜けない手が震えて何度も滑り、そんな自分に笑ってしまう。
キッチンへと食器やゴミを持って行くと、隣のバスルームからシャワーの音と共に微かに他の音がした。
「っあ゛ぁ゛……もう、ほんっと勘弁して……やばいやばいやばい……」
これは……少しやりすぎたか?
止まらない家主の独り言を聞きながら片付けを再開していると、いつのまにか手の震えは収まっていた。
彼が風呂場から出たら次はどんなことをしてやろうかと考えながら、俺は鼻歌なんて歌いながら洗い物を始めた。
コメント
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めおさん、読み終わりました…! もう、ドキドキが止まらないです…🫣💘 幼馴染で恋人になったばかりの二人の、初めての夜に向かう空気感がすごくリアルで。 仁人が勇斗に「俺を抱いて?」って囁くシーン、声出そうになりました…! お互いがお互いを想って慎重になりながら、それでも一歩踏み出そうとする温度感がめちゃくちゃ好きです。 続きが気になりすぎます…!🤍