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『春に咲いた嘘』ー新しい春ー
春が過ぎ、夏が来た。
あの日、悠真と交わした「桜を一緒に見る」という約束は、まだ少し先のことだった。
でも、それでもいいと思えた。
焦らなくていい。
無理に何かを埋めようとしなくてもいい。
悠真は、そんなふうに思わせてくれる人だった。
週末。
二人で並んで歩く帰り道、ふと、悠真が言った。
「…君ってさ、たまにすごく遠くを見るよね」
「え?」
ドキリとした。
きっとそれは、響のことを思い出しているときだった。
「…ごめんね」
謝ると、悠真は少し笑って、首を振った。
「謝ることじゃないよ。ただ…俺も、いつかその景色の中に入りたいって思っただけ」
その言葉に、胸がぎゅっとなった。
悠真は知っている。
私が誰かを大切に想った過去ごと、全部ひっくるめて受け止めようとしてくれる。
怖かった。
また誰かを大切に思うことが。
また、誰かを失うかもしれない未来が。
だけど、それでも。
私は、勇気を出して言った。
「…悠真。私、まだ全部は前に進めてないかもしれない」
「うん、わかってる」
「それでも、一緒にいてくれる?」
悠真は、静かに笑った。
「もちろん。君が振り向くまで、ここにいるよ」
その声に、涙が滲んだ。
泣くつもりなんてなかったのに。
だけど、嬉しかった。
心の奥で、あたたかいものがじんわりと溢れていく。
夕焼けに染まる道の上で、私はそっと彼の袖を掴んだ。
少しだけ、力を込めて。
悠真は何も言わず、ただそっと歩幅を合わせてくれた。
新しい春は、きっと、もうすぐそこだった。