百合の花の様な女性だった。
りん、と背筋を伸ばして、ゆったりと歩く彼女は思ってもいなく、人々の目線を自然に引く。切れ長な目、高い鼻、薄くも魅力的な唇。全てが完璧で、まるで、人形のようで怖かった印象がある。
そんな彼女は俺の姿に気づき、フラフラと手を振る。刹那、今まで彼女に向かっていた視線が突き刺さるように平々凡々な俺に向かった。このような美人が顔をほころばせ、優しげに手を振る相手は一体誰なんだ。どんな男なんだ。そんな好奇と期待が入り交じった視線だ。しかし、俺は到底彼女に釣り合うような容姿ではない。(自分で言っていて悲しくなるが)
はあ?と言うかのように目の前のカップルは眉を顰める。そんな分かりやすく不思議に思うなよ。更に悲しくなるだろ
俺はできるだけ注目を集めぬよう、その手を振る先の相手ではない、かのように振る舞うためスマホを取りだしメッセージアプリを立ち上げる。
”目立ちますから、別々に店内に入りましょう。1番奥の角の席にいます”
と彼女に向かってメッセージを送り、足早にカフェへ入店する。外の彼女へ目線がいっているうちに、すすすとテーブルの間を抜け、誰にもみられないカーテン付きの席へ腰をかける。そして店員に声をかけた瞬間、カラカラ、と入口のベルがなる。その瞬間空気が変わった。きっと彼女だろう。彼女がここへ来る前に注文をして、大事にならぬようにしなければ。カフェラテとコーヒーを頼み、スマホの画面を見つめる。ふいに席のカーテンが開き、彼女の美しい顔が飛び込んできた。
「…伊都 楓さん、ですね?」
「えぇ、そうです。貴方が刑事さんですね。態々御足労いただいて申し訳ありません」
「あぁ、いえ。いいんです。突然話を聞きたいと押し込んだのは私共ですから。」
そうですか、と微笑み、彼女は被っていたバケットハットを取る。そうすると影になっていた部分が晒され、彼女の美麗な顔が惜しげも無く光に照らされる。
「……それで、森橋 尚について聞きたいんですか。」
本当の目的を忘れてはいけない。無意識に惹かれていた視線を戻し、事件ファイルを手に取る。被害者の写真をすっと出し、彼女の目前へ翳す。
”森橋 尚”
輝かしい経歴を持つ有名な俳優であった。そんな彼が海辺に停められていた車の中で残虐な姿で見つかった。発見した時、もう息はなかった。それは当たり前なのだ。なんて言ったって、頭がないんだから。どこへ消えたのか、捜査していくとその海のそこで見つかった。黒い袋に包まれて。
その頭部の状態も随分酷いものだった。目は鉛筆で抉られたかのように赤く色づき、口は大きく裂かれていた。もう誰かも分からぬほどに。これ以上形容するのは辞めておこう。俺も思い出していて吐き気がしてくる。
ふと、あぁ、この人知ってますよ。と声が聞こえた。向かいの彼女だろう。
「この人、死んだんですよね。それも無惨に」
「えぇ、そうです。よくお知りですね」
「はい、それはもちろん。今ニュースで随分と表を飾ってるみたいじゃないですか。」
そう言って彼女はにこやかに微笑む。何故彼女にこんなことを聞くのか。それは事件前、彼女の顔立ちによく似た人を見た、との証言が入ったからである。それは大きな証拠だな、と思い、彼女の務めている花屋へ我々は押しかけたのだ。彼女はそんな我々に少し驚いたかと思えば
「今は、営業時間中ですから、また日を改めて詳しくお話を聞かせて頂けますか。今週の日曜日、空いていますので」
そう人聞きのいい笑いを浮かべて、上手く躱していた。しかし、その時もう俺の部下は彼女にメロメロだった。こんな美しい人初めて見ました、と口説いていたくらいだ。
「俺が!俺がその女性に話を聞きますから!センパイは休んでてくださいよ!!」
と彼は爛々と目を輝かせながら昨日俺に交渉してきた。だが、コイツが話を聞くなんて出来るわけない。きっと手のひらで踊らされるだけだ。と思い、無視して今日ここに来たのだ。
「それで、貴女にこの男性を殺害した疑いがかかっているんです。」
「あぁ、そうですか。」
「貴女がやったのですか?顔を見た、と言う証言は上がっていますよ」
「いいえ、私では無いです。」
成程。随分強気だな。
顔をピクリとも動かさず、彼女はほほ笑みを浮かべていた。目も一切泳がない。不思議な瞳でただ俺を見据えていただけだった。
「では、誰が?あなたのドッペルゲンガーでも?」
「あぁ、いいえ。犯人はきっと私の双子の姉でしょうね」
にこ、と微笑みながら彼女はそういう。
「私たち一卵性双生児で、随分顔が似てるんです。母も判別できないくらいに。」
「上手く逃げ切りますね」
「あはは、違いますよ。私、事情を知ってるので」
すっ、と頼んだカフェラテに彼女はしおらしく口をつけ、1口飲む。
「ふむ、事情とは?」
「私の姉、その森橋って方と恋人だったんです。」
「都会に出て、迷っていた姉にその人は優しく手を差し伸べてくれたみたいなんです。姉は些か危機感がないというか、人を信じすぎるというか。もうそんな迷っていた自分を助けてくれた、王子さまのような彼にどっぷりハマってしまったんです。」
彼女はにこやかに話し始める。
「でも、付き合いを初めて3ヶ月ほど。私にメッセージが来たんです」
”尚くんに、時々殴られるの。どうしよう。私が悪いのはわかってる。でも殴るのは。”
「そう届いたんです。そんな男今すぐにでも別れた方がいいでしょう?だから、私こう返したんです。」
”そんな人、すぐ別れた方がいい。お姉ちゃん、私と同じで顔がいいんだから、すぐに恋人なんてできるよ!”
「冗談交じりに返しました。すると」
”そうよね。分かった。話してみる”
「すぐに帰ってきたんです。あぁ、やっと自分から行動できたんだ、と思って、私とてもドキドキしてました。でも、また1ヶ月後当分こなかった姉からの電話に私の携帯はふるえました。特に何も考えず、出たんです」
『ねえ、楓。前の話覚えてる?』
〔あぁ、別れるって話?〕
『そう、それ。私やっぱりやめることにした。』
〔えー、なんで?〕
『彼、私の事愛してるって言ってくれたの。あの時は君が離れていきそうで怖くて、手が出ちゃった。今でも後悔してる。君を愛してるって私の目の前で。だから、いいかなって。』
「そんなの、明らかな言い訳じゃないですか。テンプレ通りの展開であとから思い出して、思わず笑ってしまいましたよ。でも、その時の姉、随分疲れた声色で。これを否定したらきっと倒れてしまうんじゃないかなと思って、何も言わず電話を切りました。そして、次に姉に会ったのは3週間後でした。」
「久しぶりに彼女、実家に帰ってきてその時、尚って人も連れてきたんです。彼、随分人当たりのいい、優しい人だと思いました。物腰柔らかで、儚くて。恋人に手を出すような人じゃないと感じました。でも、彼私に酷いことをしたんです。」
「彼、私の寝ていた布団に突然潜り込んできたんです。でも私たち顔が似てるから間違えたのかなと思って、”私は妹です、姉は隣でしょう”と返したら彼、なんて言ったと思います?」
”知ってる、だからだよ。アイツ、マグロでさ、面白くないんだよね。だからあんた、顔同じじゃん。ね”
「って。ふふ、最低でしょう?だから私、彼を恨んでたんです。それに、彼浮気してたんですよ。だから、いつか後ろから刺されてしまえばいいのにって思ってました。そんな時、姉からこう連絡が来たんです」
”私、彼を殺そうと思う”
「…貴方は止めたんですか?」
「いいえ、なぜ止める必要が?だって、私も死んで欲しいと思ってたんですもの!それにきっと私が姉を止めても彼女は止まりませんよ。止められません。」
「なんで…」
「今まで母の言いなりだった彼女が、遂に自分の意思を通そうとしたんですよ!とっても素晴らしい進歩じゃないですか!成長を止めては行けません。分かりますね」
「それで、彼女、尚さんを殺したんでしょうね。」
「…この件、よく俺に正直に話しましたね」
「あ、でも。姉の居場所は教えませんよ。」
「それは、何故?ここまで話して」
「だって彼女、今嬉しいでしょうから!家族の幸福を自分の手で遮ることはしたくないんです。あぁ、あの人ホントに死んだんですね。死んだんだ。へぇ、本当に。とっても素晴らしいことです。お姉ちゃん、すごい。私の姉は世界一なんです。自慢の姉。馬鹿で間抜けで頭が悪い。そんなかわいいかわいい姉なんです。だから、私あなたに言っておきます」
「姉を見つけたら、祝ってあげてください。そりゃもう盛大に。その時は私を誘ってくださいね。大きな花束とクラッカーを持って直ぐに行きますから。」
そうにっこりと微笑みながら彼女は話を終えました。その時ばかりは美しいだけの彼女の顔が随分恐ろしく、足がふるえたことだけを覚えています。
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