「あ、そうだ、今日、わたし夕飯いらない」
「用事があるのかい?」
「玲伊さんと、ごはんを食べに行く約束をしていて」
「へえ、いいねえ。あの男前の玲伊ちゃんとデートだなんて」
「デ、デート?!」
わたしは必死の形相でぶんぶんと首を振った。
「と、とんでもない。デートなんかじゃないって。この間、玲伊さんがここに来て説明してくれたでしょう。彼の仕事の手伝いをするって。その打ち合わせだよ」
祖母は、ふーん、と答えながらも、納得していないふうだ。
「でも、玲伊ちゃん、優紀のこと、とろけそうな表情で見てたけどね。あれはどう見ても、恋する男の顔だったよ」
「そんなことあるわけないって。おばあちゃん、そのとき、眼鏡かけてなかったんじゃない?」
「いや、そんなことはなかった。書類を読んでいたんだし」
これ以上、話していると、どんどん変な方向に話が進んでいきそう。
とりあえず、この場から退散しなきゃ。
「ちょっとコンビニ行ってきていいかな? さすがにお腹が空いてきた」
「ああ、いいよ。じゃあ、ついでにいつものレモンサワー買ってきて」
「わかった、それだけでいい?」
「ああ」
わたしはお財布を掴んで、近所のコンビニに向かった。
おばあちゃん、勘違いもはなはだしい。
玲伊さんがわたしなんかをデートに誘う訳がない。
とはいえ、この後、玲伊さんと食事に行けるんだ、と思うと仕事に身が入らず、そわそわしたままその日の午後は過ぎていった。
そして閉店10分前。
「おや、玲伊ちゃん」
外に出していたラックを店に入れていた祖母が嬉しそうに声を弾ませたのが、聞こえてきた。
彼の「優ちゃん、います?」という声が聞こえて、とたんに落ち着かない気分になってくる。
「ああ、奥にいるよ。食事に誘ってくれたんだって? 優紀、ずっとそわそわしっぱなしで……」
おばあちゃんがよけいなことを言う前に、わたしは慌てて二人のそばに向かった。
「玲伊さん。奥で少し待っていてくれますか? 閉店作業をしちゃうので」
そういうと、祖母はわたしの肩をぽんと叩いて言った。
「もうレジ締めだけだし。あとはわたしがやっておくから、ほら、行っておいで」
出口までわたしの背中を押していくと、「楽しんでおいで」とわたしたちを見送った。
***
玲伊さんが連れていってくれたのは、歩いて10分ほどのところにあるおしゃれな店構えの焼き肉店だった。
店は地下にあり、狭い階段を降りてドアを開けると、すでにほぼ満席。
平日でこれほど混んでいるのだから、よっぽどの人気店なのだろう。
レジ近くにいた店員さんに玲伊さんが「香坂です」と名乗ると、彼は申し訳なさそうな顔をした。
「ああ、香坂さん。すいません、いつもの個室、取れなくて」
「いえ、ぜんぜん構わないよ。急にお願いしたのはこっちだし」
店員さんは、わたしたちを入り口近くの席に案内した。
打ちっぱなしの天井を太いダクトが縦横に走り、そこから黒い集煙器が各テーブルのロースターのすぐ上に伸びている。
グラスや皿が触れ合う音、歓談する人たちの声、BGMが混ざり合って、店内は賑やかだ。
「さて。思いっきり食べろよ。しばらく禁欲生活してもらわないといけないからね」
「なんだか最後の晩餐みたいですね」
「ははっ、確かに。でも三カ月って結構長いよ」
「お肉はぜんぜん食べられないんですか?」
「そんなことはないけど。タンパク質はきちんと取らないといけないから。ただ、鶏ムネやささみ、それから魚中心になるかな。カルビみたいなこってりした肉は控えてもらうよ。脂肪の取りすぎは体重に響くだけじゃなくて、肌にもよくないし」
先に頼んだビールを飲みながら、店員さんにお肉の注文をしつつ、玲伊さんはわたしに視線を向けた。
「あと、甘い物、スナック菓子、そこらへんもダメだよ」
「あー、甘い物も食べられないんですね。それが一番つらいかも」
「あんまり我慢するのもストレスになってよくないから、うちのカフェで出してるようなスイーツならOK。でも、生クリームやアイスクリームは厳禁だ」
う、アイスも食べられないのか……
甘い物、特に生クリーム系に目がないんだけど。
ふーっと大きなため息をついて、わたしはしみじみ言った。
「綺麗になるのって、やっぱ努力が必要なんですね」
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