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「そうだね。それは否定しないけど。でも、無茶なダイエットをするわけでもないし、エクササイズも欠かさないわけだから、きっと、今までで一番、健康になると思うよ。心も身体もね」
「そうですね。はい、頑張ります」
わたしがその言葉に頷いたとき、店の扉が開き、男性二人と女性一人のグループが入ってきた。
三人ともとてもファッショナブルで、わたしは思わずそちらに目を向けた。
このあたりのアパレル会社にお勤めの人たちかな?
「あら、玲伊じゃない?」
その女性がわたしたちの席に近づいてきた。
親しげな笑みを浮かべている。
美しい人だった。
黒のサマーニットのタイトなワンピースを着こなし、長い亜麻色の髪を無造作にサイドに寄せている。
まるでファッション雑誌から抜け出してきたような佇まいだった。
「おう」と玲伊さんは片手を上げて応じた。
「こんな時間に珍しいね」
「今日は店、休みだからね」
「そっか。来週、予約取ったからよろしく」
「もちろん、チェック済み。毎度ありがとな」
「玲伊みたいないい男に髪を洗ってもらうのは、最高の癒しだから」
彼女は、わたしのほうにちらっと視線を向け軽く会釈すると「じゃあね」と言って、連れが待つ席に戻っていった。
玲伊って呼び捨てにしていた。
とても親密な感じがしたけれど……
わたしはつい、聞いてしまう。
「玲伊さんのお客様ですか?」
彼はうん、と頷いた。
「お客でもあるけど、前からの知り合いでもある。アパレルメーカーの『AnnieK』のプレスでさ。カタログ撮影のとき、うちにヘアメイクを依頼してくれてるんだ」
「とっても素敵な人ですね」
「あれで子供が二人いるんだよ、彼女」
「え、ぜんぜん見えなかった」
お子さんがいるとは、まったく思わなかった。
心は正直なもので、それを知ってほっとしている自分がいた。
でも、玲伊さんのそばにいて似合うのは、やっぱり、彼女や笹岡さんみたいな人だなと改めて思う。
わたしみたいな平凡を絵に描いたような人間でないことは、とにかく明らかなことだ。
玲伊さんと一緒に食事をしているんだ、という体が浮き上がってしまいそうなほど浮かれていた気持ちが、シューっと音を立てて|萎《しぼ》んでいった。
そうこうするうちに注文したお肉が運ばれてきた。
せっかく連れてきてもらったのに、沈んだ顔なんて見せてはいけない。
わたしはありったけの元気を体中からかき集めて、笑顔を作った。
「わー、美味しそう」
「よし。食おう」
わたしは本当に食いしん坊で、会社が辛かった時期も、食欲だけはちゃんとあった。
そのことが鈍感さを示しているようで恥ずかしかったけれど、おかげでどん底まで落ち込まずに済んだのだと、今は思っている。
玲伊さんがどんどんお肉を焼いてくれるので、勧められるままに随分たくさん食べた。
お肉だけでなく、キムチもクッパも、そして締めの石焼ビビンバもとっても美味しかった。
「うまかったな」
「はい。もう大満足でした。しばらくお肉食べなくても平気です」
「じゃあ、連れてきた甲斐があったよ」
ふたりで店を出て、そこでわたしは頭を下げた。
もちろん、ここで別れるつもりで。
「今日はごちそうさまでした。おいしかったです。もうお腹いっぱいです」
「そう? もう一軒行こうと思ってるんだけど?」
「もう無理。本当にもう一口も食べれないです」と言うと、彼は「デザートでも無理?」と聞いてきた。
「えっ、デザート、ですか?」
わたしがデザートという言葉に喰いつくと、玲伊さんはニヤッと笑った。
「うん。夜パフェの店。優ちゃんは行ったことある?」
「え、もしかして、最近できた札幌に本店がある、あの店のことですか?」
「そうそう。店から近いし、一度行きたいと思ってたんだよ。でも、満腹じゃ無理か」
そこは雑誌やテレビで紹介されている話題の店で、わたしも前からチェックしていた。
……今日を逃したら、しばらく行けないんだよね。
「あの店なら、行きたい……です」
もうなんにも食べられないと言った手前、ちょっと恥ずかしかったけれど、そう答えた。
すると彼は少しいたずらっぽい目でこっちを見て言った。
「あれ、『もう無理』じゃなかったの?」
「えーと、甘いものは完璧に別腹なので。大丈夫。詰込みます」
玲伊さんはぷっと吹き出す。
「優ちゃん、本当に好きなんだな、スイーツが」
「はい。毎回食べるたびに感謝してます。こんなにおいしいものを作ってくれてありがとうって」
「誰に?」
「うーん。神様かな」
「そういえば、お菓子の神様が祀られてる神社があるの、知ってる?」
「えー、そんなのがあるんですか?」
「うん。俺も行ったことはないけど。人に聞いただけで」
「じゃあ、いつかその神様に感謝を捧げに行かなきゃ。ググったらわかりますよね」