黄落人。一見すると変身も出来て便利な種族だと思うかもしれないが、正直生まれ変わったら別の種族になりたいと願うほどには、生きづらい種族だった。
そんな黄落人として生まれた俺は、幼少期からかなり貧乏な暮らしを強いられていた。
というのも、黄落人の持つ変身能力は非常に強力で、一週間で見破れなかったらもう二度と見破れない、とも言われるほどだ。
それは日本政府も承知で、より黄落人に対する規制は強化されていた。
黄落人だとバレたらろくにご飯も貰えず、政府の犬に監視される生活。
配給はあるが、全然足りていなかった。
そこで俺が生まれた集落では、「義賊活動」が活発化していた。
義賊とは、盗んできた金品や食料を一般人や生活が困窮している人々に配る盗賊のこと。
無論、俺もその中の一人。
そんな俺達が盗むターゲットに選んだのは、集落の近くにある豪邸、天神家。
天神家は、代々神化人の神器となる人物のサポートをしている家で、また、その神化人を信仰する人々の支援や慈善活動なども行っていた。
元々地主だったのもあってかなり金持ちで、使用人も10人近くいる。
近所からも評判が良かったが、その当主は代々卯人だったという。
別に卯人が悪いわけではないが、卯人は過去に人間と戦争していた種族でもあり、そのせいで人によっては人間を襲うやつもいた。
遺伝とかではないが、10人に1人くらいは人間を襲うやつがいたらしい。
この流れで予想はついたと思うが、白兎は人間を襲う卯人だった。
なのでよく人間を襲っていたらしく、周囲から反感を買っていた。
しかし、彼の身体能力は一際秀でていて、軍隊一つを生身で壊滅させたこともあるらしい。リアルで聞いたことないよそれ。
天神家にちょくちょく盗みに行っていたので、使用人とはほぼ顔なじみになっていた。
奇跡的に白兎には会ったことなかったが、いつ会うんだろう、会ったらぶっ飛ばされるよなとびくびくしながら毎日を過ごしていた。
恐らく行った回数は二けたに達しているし、使用人とばったり会っては全力ダッシュを繰り返していたので、白兎にその話は届いていたと思うのだが。
そんなある日。
8月の暑い日だった。
熱中症に怯えながら、すっかり覚えてしまった道を歩いて行った。
天神家に着いたが、そこにはいつもと違う光景があった。
何か黒くて大きい物体が、天神家の正門付近を包囲している。
その物体は、文字に起こせないほどの怒声罵声を発し、不規則にうごめいている。
近づくと、それは看板のようなものを掲げた人々であった。
それはデモ集団だ。
おそらく、白兎が人間を殺しまくっていることに対してデモを起こしているのだろう。
これはヤバいか、と思ったが、どさくさに紛れて盗みを起こすチャンスだと考えた俺は、大急ぎで裏門の方へ向かった。
「あの殺人鬼を出せ!!」「あいつを許すな!極刑に処せ!!」
「どうしてあの人を!!あの人は何も悪い事をしていなかったというのに!!」
正門と裏門は丁度反対側にあり、幸い裏門にまでデモは来ていなかったが、ここまで離れていてもデモの声はしっかりと耳に入った。
「これどうするんだろ、いくら主様といっても戦うのは無謀というか……」
「でも和平交渉できる相手じゃないでしょ」「それもそっか」
使用人が話している声が聞こえる。
得意な忍び歩きと音を立てないダッシュを駆使し、天神家の倉庫までたどり着いた。
大体倉庫には見張りが居て、そいつとひと悶着あるのだが、今回はイレギュラーな状況もあって見張りが居なかった。
微妙に開いた扉を自分の体が入るくらいギリギリに開け、そこそこな資源を盗った。
相変わらずセキュリティーがガバい。義賊仲間によればまだセキュリティーは強い方らしいが。
俺はまた扉からこっそり出て、今日は色々大変だし爆速で帰宅しようと思っていたのでほぼ全力でダッシュした。
正直セキュリティーが終わってる上に見張りもいないし、今日は隠れなくてもいけるんじゃねと油断していた。
しかし俺の頭には、この家の主とばったり会う可能性がなかった。
全力ダッシュのおかげで曲がるのが難しく、少し勢い余って掃除用具入れに足をぶつけた辺りで白兎と出会ってしまった。
「こんにちは」
「……っ、あ」
「普段なら使用人達に任せてるんだけど、ちょっと彼らじゃ対処するのが難しいって言ってて」
「そ、その」
「生活が苦しくて系?」
「……うす」
「そっかー」
「あの……俺はこれからどうなる?」
「逆にどうなりたい?」
「え??」
「僕あいつらの鎮圧で忙しいから、あんま君に脳のリソース割きたくないわけ。だから君の脳天で考えて?」
「そりゃあ……見逃してくれたら楽だなとは」
「あーそう、じゃあ見逃してあげるけど、毎日来られるとだるいから、一気に1か月分くらい持ってったら?」
「え!!」
「使用人になんか言われたら無能がって言っといて。名義は僕でいいよ」
「えぇ……」
「じゃ、僕はさっさと騒音野郎どもをぶっ殺してくるから」
「あ、あの!」
「あ?」
「ほ、本当にありがとうございます!!」
「……そういえば聞いてなかったけど、君名前は?」
「天竺極夜だ」
「漢字は?」
「てんは天国の天に……じくはえっと……」
「もう大丈夫、ありがと」
思えばあの時の質問から、白兎はこの戦いの結論が見えていたのかもしれない。
いや、この戦いで自分の結末を決めに来た、そういう決意ができた、とでも言えるだろうか。
白兎はデモ集団の方に向かった。
俺はまた倉庫へと向かい、今度は姿を隠す必要すらないのでじっくりと資源を選び、その後裏門を出た。
結局白兎以外の人には会わなかった。正直無能がって言ってみたかったけど。
俺が集落に行くため天神家を離れようとした所で、少し魔がさしてしまった。
急に見てみたくなった。卯人が戦っているところを。
正門の方から戦う音が聞こえ、遠巻きから眺めると、5人くらいをまとめて相手し、しかも全員を次々になぎ倒していく白兎の姿があった。
動きがものすごく早く洗練されていて、もはや倒される方に同情するほど、かなり圧倒していた。
人数差は1:50くらい。頭おかしい強さだ。
この時から、白兎の中にはとある思惑があったらしい。
そんなことにも気づいていない愚かな俺は、戦闘に興味を示しすぎるあまり段々と戦場に近づいていた。
その行動があだとなっていた。
デモ集団の内の一人が、唐突に奇声を上げた。
白兎に襲われたとかではなく、自主的に出した奇声のようなもの。
俺はそいつがどうかしたのかと気になり、そいつに近づき、目線をそこに集中させていた。
そんな俺は、背後からの刺客に気付かなかった。
刺客は2人くらいいて、俺を突然ナイフで刺し、俺を引きずって奇声男の近くに向かった。
そして俺の手足をぎっちり縛り付け、俺の口をガムテープで抑えた。
複数人ということもあり、少し手つきはまごついていたものの、俺は全く抜け出せなかった。
必死に抵抗しようとする俺を、デモ集団の内の4,5人が取り囲み、絶対に逃がさんとばかりに大きい袋の中に俺を放り込んだ。
俺が盗んできた食料や物資はあいつらに取られてしまった。
仕上げに袋の口をしっかりと縛り、俺が逃げることを不可能にした。
その最中にも白兎は果敢に戦い、デモ集団は俺を拘束した奴ら以外ほとんど全滅していた。
「何してんの?」
「お前みたいな殺人鬼に見せたいものがあるんだ。これでも見て少しは改心しろ」
デモ集団の1人がそう言い、俺の入った袋を持ち上げた。
袋は台のようなものに乗っかっているらしく、その角に少し頭を打った。
「この中に、さっきまでその辺をうろちょろしてた貧乏なガキが入ってる。お前は多分こんなやつも今まで殺してきてるんだろうし、こいつが今から俺らによってぶっ殺されても文句言えないよな?」
「社会のゴミが社会のゴミ殺してるとこなんて需要ないし、全然見たくない」
そのセリフが聞こえたくらいで、甲高い悲鳴が聞こえ、その後声が一切聞こえなくなった。
その後、静かな辺り一帯に、袋の口を切る音が響いた。
光が見えて、空の色が相変わらず青いことを自分の目で確認できることが、これほどありがたいことだとは思わなかった。
「大丈夫?」
「は、はい、なんとか……痛い……」
「軽く応急処置したら天神家に来て。なんとかするから」
「え、本当か!!お前どうしてそんなに……ほぼ初対面の俺に優し」
「あんま喋んないで、理由は言えないから」
自分が想像以上に出血しているということに気付き、その事実を噛み締める時間すらもないほどのスピーディーな処置にシンプルに圧倒された。
彼曰くあくまで時間稼ぎだから、痛みが引くまであんまり動かずに安静に、とのこと。
でもかなり体調も良くなってきている。
白兎は今は敵の方の処理をしている。具体的には解剖しているらしく、俺のグロ耐性が終わってるので少し遠くでやってくれている。
というか、彼が来て俺が助けられるまでと、俺が襲われて袋に入れられるまでだと、多分前者の方が時間短かった気がする。
普通に戦闘慣れしすぎてるし、俺みたいな一般?人も助ける余裕があるとかバケモンだろ。惚れてまうわ。
「えと、本当にありがとうございます!!食料もいっぱい貰って、命まで助けていただいて」
「あくまでついでで助けただけ。あ、てか今何時か分かる?時計持ってたりとか」
「あ、もってますけど、……今は11時55分くらい」
「そっかー……間に合わないかな……」
「何が?」
「色々と」
「何か手伝えることがあれば」
「ない。もう間に合わないだろうし」
「え、そんな諦めたら」
「……やっと終わったー。……あ」
白兎が俺の方へ来ようとした。その時、急にせき込み始めた。
大丈夫?、と声をかけようとした時、途端、彼の口から赤い液体が零れ落ちた。
一回目はほんの数滴だったのに、回数を重ねるごとに段々と量が増え、ついにはその液体で何か絵でもかけるんじゃないか、と思うほどの多さになった。
その液体は言わずもがな血だが、あの量を出してる時点で、彼は完全に復帰することは不可能だろう。
「し、白兎さん……?!」
「……やっぱ軽い発作では済まされないよね……」
「だ、誰か呼んでくる」
「いらない」
「え?だ、だって……誰か来ないと本当に……」
「死んじゃうだろって?」
「……そうですけど」
「大丈夫だから死なせて欲しい。本当はずっと前からしにたくて」
「え、で、でもそしたら天神家はどうなるんだ!いっぱいいる使用人とか、後継ぎとか」
「それはもう解決してる、だって僕の目の前に、もう一人の僕がいるじゃん」
「……え??」
彼はほほ笑んで、また吐血した。
今回も量が増えている。彼はかなり苦しそうで、ついに地面に突っ伏して倒れこんだ。
彼に頼まれて上を向かせると、彼は本当に小さな声でぽつりぽつりと、最後の言葉をつぶやきだした。
「これがさいごになりそう。てんじく、僕がうごかなくなったら天神家の方にいって、使用人いがいの人をよんできて。じじょうはみんな知ってるはず」
「いや、待って下さいって!じゃあ、死ぬのが分かってたってことなのかよ??分かってて俺……俺を助けたのかよ!」
「君はたのむから自分を責めないで。君はなんにもわるくないから。……それから、もしここから君が、真実をはなさないといけなくなったときに、相手に僕がこう言ってたよって伝えて。ーー」
「ーーは、はい……白兎さん?白兎!!」
白兎は、最後にとある言葉を残して亡くなってしまった。
誰もいなくなった草原に、ひっそりとたたずむ豪邸。
その主が、こんな何もない草原でのだれ死ぬなんて、はたして誰が予想できただろうか。
白兎は俺は何も悪くないと言ってくれていたが、
あの時俺がすぐに天神家を離れて居たら、デモ集団に時間を取られることもなかっただろうし、
例え12時に死ぬ運命だったとしても、天神家の中で亡くなる事ができたのでは?
やはり、俺にとっても彼にとっても最悪の結末になってしまった。
思えば、俺が自分を責め始め、自己肯定感が下がり始めたのもこれが原因だったかもしれない。
ここまでを泣きながらなんとなく音端に伝えた。
「差し支えなければ、天神さんのおっしゃっていた最後の言葉を教えていただいても?あと、主様……天竺様がいかにして天神さんとして生活することになったのかも教えていただければ幸いです」
「あー……それはーー」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!