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水が、揺れた。
今までとは、違う揺れだった。
遠くから伝わってくる振動じゃない。
近い。
胸の奥が、嫌なほどはっきり反応する。
――来ないでほしい。
――でも、来てほしい。
矛盾した感情が、
僕 の中で絡まる。
⸻
「いむくん」
今度は、はっきり聞こえた。
水越しじゃない。
輪郭の曖昧な音でもない。
すぐそこからの声。
思わず、目を開く。
暗闇の向こうに、
かすかな影が見えた。
人の形。
ここまで来る人はいない。
来ちゃいけない。
それなのに。
⸻
「……なんで、来たの」
声が、ちゃんと音になったことに、
自分が一番驚いた。
水の中なのに。
沈んでいるのに。
初兎ちゃんは、答えなかった。
代わりに、
ゆっくり息を整えてから、言った。
「返事が、聞こえた気がした」
それだけ。
⸻
「気のせいだよ」
そう言おうとした。
でも、言葉が続かなかった。
返事をしたのは、
確かに自分だったから。
⸻
「ここはさ」
「何も求められないんだよ。
正しくなくてもいい。
役に立たなくてもいい」
いむくんは、すぐに否定しなかった。
それが、
いつもより苦しかった。
⸻
「……それ、楽?」
静かに、そう聞かれる。
責める声じゃない。
引き戻す声でもない。
ただの、確認。
「楽だよ」
即答だった。
「誰も失望しない。
誰も期待しない。
壊れてるって、言われない」
初兎ちゃんは、少しだけ黙った。
水の中で、
その沈黙が、重く落ちる。
⸻
「俺さ」
初兎ちゃんが、口を開く。
「助けられなかったって、
ずっと思ってた」
胸が、きしんだ。
「気づいてたのに、
踏み込まなかった。
優しさだって、言い訳して」
僕は、何も言えない。
それは、
自分が望んだ距離だったから。
⸻
「でも」
初兎ちゃんは、続ける。
「忘れるのは、違うって思った」
視線が、重なる。
水越しなのに、
はっきり目が合った気がした。
「引き上げなくてもいい。
戻らなくてもいい」
その言葉に、
胸が、強く脈打つ。
⸻
「それでも」
初兎ちゃんの声が、少しだけ震えた。
「いむくんが、ここにいるなら
呼び続ける」
息が、詰まる。
そんな選択肢、
知らなかった。
⸻
「…ずるいよ」
いむくんは、絞り出すように言った。
「そんなこと言われたら……
消えきれないじゃん」
初兎ちゃんは、困ったように笑った。
「うん、、笑 」
あっさり、認める。
「消えないでほしいから」
⸻
水が、静かに揺れる。
何かが、壊れる音じゃない。
何かが、繋がる前の音。
⸻
「戻らないよ」
僕は、はっきり言った。
「前みたいには、戻れない」
初兎ちゃんは、うなずく。
「それでいい」
即答だった。
⸻
「でも」
初兎ちゃんは、少しだけ近づく。
触れない距離で、止まる。
「居なくならないなら、それでいい」
その言葉は、
救いじゃない。
居場所だった。
⸻
水の底で、
二人は、しばらく黙っていた。
上にも、下にも行かず。
ただ、同じ場所で。
僕は、初めて思う。
――沈んだままでも、
誰かと、同じ時間を生きられるんだ。
⸻
「また、来る?」
僕は、小さく聞いた。
初兎ちゃんは、少し笑って答える。
「呼ばれなくても、来る」
胸の奥が、
じんわり熱くなる。
⸻
これは、完全な救済じゃない。
でも――
孤独の終わりだった。
水の底で、
僕は、初めて
1人じゃなかったっておもった。