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売れていない時期。
それでも、少しずつ名前が知られ始めていた彼らに、初めてのテレビの仕事が舞い込んだ。
「歌番組、出れるって」
マネージャーの言葉に、スタジオが一瞬だけざわつく。
藤澤がぱっと明るい顔になる。
「え、マジで?すごくない?」
髙野も小さく笑う。
「いきなりテレビか……緊張するな」
綾華は少し背筋を伸ばして、でも嬉しそうに頷いた。
その中心で、元貴は淡々と「ふーん」とだけ返す。
視線はすぐに別のところへ向いた。
その先にいるのは、若井。
若井はいつも通り、柔らかく笑っている。
「すごいね、テレビかぁ。楽しみ」
その声は軽くて、押しつけがましくない。
だからこそ、元貴には余計に引っかかった。
(……ほんと、気持ち悪いくらいずっとそれ)
誰に対しても同じ温度で笑って、同じ距離感で優しくして。
腹の中が見えない。
何を考えてるのか分からない。
だから、余計に嫌になる。
・・・
収録当日。
楽屋ではスタッフが慌ただしく動いている。
「じゃあ本番前のコメント、軽くまとめますね」
ディレクターの声に、四人が並ぶ。
普通なら、こういう場面では自然と若井にも話が振られるはずだった。
でも元貴は、あえて視線をそらす。
「今回の曲のテーマは——」
藤澤に話を振る。
「結構ピアノにも気持ちを込めてますね」
髙野が続ける。
「ライブとはまた違う緊張感がありますね」
綾華も笑って答える。
「テレビってドキドキしますね、でも楽しみです」
若井の方には、一度もボールを渡さない。
それでも若井は、変わらない。
少しだけ後ろに立って、ちゃんと話を聞いている。
自分が振られなくても、気まずそうにもしない。
ただ、そこにいるだけ。
その横顔を見た瞬間、元貴はほんの一瞬だけ眉をひそめた。
(なんでそれで平気なの)
普通なら、少しは気まずくなるだろ。
外されてるのに。
なのに、若井は変わらない。
にこっとしたまま、誰かの話に小さく頷いている。
その“変わらなさ”が、元貴の中でさらに輪郭を持ちはじめる。
(気持ち悪い。)
そう思った瞬間、自分の中でその言葉が妙にしっくり来てしまった。
でも同時に、それがどこかズレている気もした。
本番直前。
カウントダウンが始まる。
「3、2、1——!」
スポットライトが一気に降りる。
音が鳴る。
会場の空気が変わる。
元貴が歌い出した瞬間、さっきまでの雑な感情が一度だけ消える。
ただ“音楽”だけになる。
そして横でギターを鳴らす若井は——
やっぱり、何も変わらずにこにこしていた。
8,426
その横顔が、元貴の視界の端にずっと残り続ける。
歌いながらも、消えないまま。