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雨が降りしきる中、静かに人々の行き交う町の目立たない路地裏でひとりの女が倒れている。腹から大量の血を流し、虚ろな目をして。


「なぜ、こんなことに……」


女の名はヒルデガルド・イェンネマン。長い灰青の髪に金糸雀色の瞳を持つ、美しくて良く目立つ女だった。いや、そうでなくとも彼女は『大賢者』と呼ばれるほどの人物であり、優秀な魔導師でもあった。どれほど歴史に名を刻んだ大魔導師がいたとしても、彼女を超える者はいない。


しかし、今の彼女は瀕死の状態で、人知れず命尽きる瞬間を迎えようとしている。それも自身の誰よりも信頼できる仲間であったはずの勇者クレイの手によって。


「ま、まだ死ねない……。こんなところで……」


数年前、ヒルデガルドはクレイ・アルニムという青年と共に旅をした。魔物と呼ばれる別世界からやってきた脅威に立ち向かい、それらを統べる魔王を討って自分たちの世界を守ったのだ。平穏な日々を取り戻すために、たくさん傷つき、それでも立ち上がって。


なのにクレイは彼女を裏切った。人気のない場所へ呼び出し、その胸を剣でひと突きにして去っていった。


「はあっ……やれやれ、詰めが甘かったな、クレイ」


懐から取り出した試験管のコルクを抜き、中に入っていた紫色の液体を一気に飲み干す。体内に流れる魔力を極限まで減らす代わりに、肉体の傷を癒すヒルデガルド特製の回復薬だ。万が一にも何かあったときのためにとひとつだけ持ち歩いていた。


ただ、まさかそれが自身が最も尊敬できる男の手によって傷つけられ、飲むことになるとは彼女も想像だにしなかったのだが。


「ふっ……ふう。助かったが、……は、はやく逃げないと……」


もしかすると死んだかどうかを確かめるために戻って来るかもしれない。次に襲われれば到底太刀打ちはできない。急げ急げと気持ちは焦るのに体が動かなかった。傷も治ったばかりで肉体は疲弊しているし、魔力も残っていないので状況としてはかなり絶望的だ。


それでも身を這いずって、路地から出られさえすればと希望を捨てない。


(あと少し、あと少しで人の目のある場所に出られる……)


服を泥だらけにしながら進む。せめて誰かに気付いてもらわなければ殺されてしまう、と必死にもがく。


「……誰かいるのか? おい、大丈夫か?」


意識が朦朧とする。誰かが彼女に気付いたが、もう返答するだけの余力は残っていない。やがて完全に目を瞑り、深い闇の中へ沈んでいった。

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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