コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
とんでもない腰痛で目が覚める。
寝返りすらうてない。既視感のある光景だ。何事かと時間を掛けて体を起こすと同時に、服が擦れて鎖骨の辺りにピリッとした痛みが走った。
その瞬間、昨日の出来事を全て思い出す。
俺、元貴にあんなことやこんなことをされて…
ぶわっと顔が熱くなるのが分かった。そうだ、昨日カッとなってぶちまけて…。遂に、致してしまったのだ。大嫌いで、虫唾が走るし、殺意が湧いたこともある相手と。先程の腰痛は一晩中好きなようにされたので当然だった。結局何回シたんだろう。もう30代なのに、もっと体を大切にしないと。鎖骨の痛みは恐らく噛み跡だ。そこまで思い出してやっと周りに意識が移った時、元貴の家なのに元貴の存在を感じないことに気がつく。そして俺の身体の後処理も全部行われていることにも。
「悪いことしたな…」
あ、嫌な感じ。久しぶりにこの罪悪感だ。俺が『好かれる涼ちゃん』を作り上げ演じてしまったのは、これが嫌なのも理由の一つだ。自責思考の謙虚さで、他人を思いやる。こんなことは普通の人間には簡単には成せない。俺の中身の部分、隠している粗い棘の部分には尚更だ。だからこそ演技として出来るだけ完璧にするために動けるようにする。もちろん演技なので自分から優しくして、免罪符のように申し訳ないと思う事も無くなる。はず、だった。
いつぶりだろう、こんなに胸が締め付けられるのは。
そもそもこれまで、感情…と、感性があまり分からなかった。あの空綺麗だな、とか褒められて嬉しいな、とか当たり前にふと思うものが欠落してしまったような日々が続いていた。おそらく『完璧な不完全』を演じる事でどこか全部見えているものを他人事のように捉えていたのだろう。
それがどうだ、あいつが好きだと気付いてから。
知らなかったものを、君は全部持っていて。
そして、初めて。初めて、フィルターの奥の『俺』をしっかり見られたような感覚に陥ったのだ。
実際、そんなことは無かったけど。期待しない方がやっぱり楽なのに、初めての事が連続すぎたせいで。
「あ、時間無い…」
ふと部屋の時計を見ると定刻が迫っていることに気がつく。今日も今日とて、仕事だ。元貴が居ない理由については、リビングに書き置きのメモが置いてあった。
『涼ちゃんおはよ。朝から打ち合わせで、先行ってます。冷蔵庫のもの少ないけど好きに食べて。服も洗濯はしてるけど、入るなら適当に俺の着てもいいよ』
じわ、と胸の辺りが暖かくなる。もう、なんで。期待しない方がとか考えた瞬間これだ。テーブルに置く直前、手を滑って下に入り込む。しゃがんで拾おうと覗いた瞬間、裏に何かさらに書いてあることに気がついた。
『昨日の、「俺」はなんだったの?』
ピタリと空気が止まる。でも実際は、秒針の音が耳の奥で聞こえていたのでそう感じただけだろう。動けないでいるとスマホのアラームが鳴り響き、本当に時間が無いことに気がついた。
◻︎◻︎◻︎
「おい、ちょっと来い」
涼ちゃんに呼び出されて、元貴が帰ってきた数日後。姿を見つけた途端、腕を無造作に引っ張られた。メッセージで朝早くから呼び出されたと思ったら、いつものスタジオの裏の人通りがほぼ無い所へ連れていかれる。元貴?と声をかけてもこちらを見向きもしない。あらら、随分お怒りのようで。全部、お前のせいなのにねぇ。
「お前さ、涼ちゃんに何した?」
周りに人がいないことを確認した瞬間、ドスの効いた声で尋ねられる。初対面なら殴られるんじゃないかと震え上がって手も足もでないんだろうが、これははったりだ。幼なじみの俺には分かる。根っからのアーティスト精神の彼はそんなことしない。
「…?なーんにも?」
「は?んな訳ないだろ証拠は上がってんだよ」
スマホをこちらに向ける造作が、まるで拳銃を突きつけられたようで。その気迫に少しだけ背筋がぞくっとする。画面には俺と涼ちゃんの少しピンぼけした、手を繋いでいる写真が映っていた。…何これ、ベストショットじゃん。正直欲しいかも。負けじと俺は、
「あぁ、これね。涼ちゃん酔ってたからさ〜、怪我したら危ないでしょ?俺が手を引いてあげてただけだよ」
とゆらゆら揺れながら答える。俺は何も悪くない、分かってんだろ?お前も。
「じゃあ首のキスマはなんだよ!」
胸ぐらを掴まれて、殺意のこもった可愛げのない上目遣いで睨まれる。おっと、それに気付いたんならやる事ちゃっかりやったんじゃん。俺もふざけた態度をやめ、元貴をできるだけ温度を持たずに見下ろす。
「それは、ただの牽制だよ。涼ちゃんがわざわざ呼び出して相談してくるくらい困らせるなら、お前と付き合ってても俺は容赦しないよ、っていう。それに酒豪のはずの涼ちゃんが潰れるくらい飲んでたし。なぁ、お前あの日、涼ちゃんがなんて言いながら怒ってたか知ってる?」
「っ!…いや…」
「『理不尽だ』って。」
「…理不尽…」
途端に青ざめる。それでも俺は口を噤まない。
「別に元貴が縛ってた事自体は別に気にしてなさそうだったけど?涼ちゃん優しいから、お前の我儘を全部受け止め過ぎてたみたいだな」
ゆっくりと、元貴が首元の手を離す。ショックを受けたのか表情が固まったままピクリともしなくなる。慌てて俺はずっと感じていた事を打ち明けた。
「…な、俺さ、時々思うんだよ。涼ちゃんっていつも優しくて鈍感で、不器用そうに見えるけど。たまに、無理してんじゃないかなって」
「…無理?」
「自分をさ、作ってる…じゃないけど。優しさが偽物って言いたいんじゃなくて…難しいな…」
俺の話を聞きながら、俯いてしまった。元貴の肩を優しく握る。
「多分、器用なんだよ。お前もさ、面倒臭い事にならないようかわすのが得意だろ?そんな感じて、涼ちゃんも色々考えた上での、あんな性格なのかなって。だからこそ、上手くやり過ごしすぎて、愛されるタガが分かんないまま全部受け止めてた」
あ…と納得したようだ。
「それが自然に、優しく見える理由の一つかな…とか思って。まあ本人にちゃんと聞いてみないと分かんねえけど。お前の重さの理由は、愛されなくなるくらいなら愛したいからだろ。信じれないほど、涼ちゃんはやわか?…元貴、1回話し合うべきだよ」
「…俺、知らなかった…。自分ばっかり、甘えて…。理解したつもりになってた。やば、俺ただの勘違いの恥ずかしい奴?あ…そうか。昨日はだからそう言ってたのか…」
こちらを見上げる。もう、迷いは無さそうだ。
「お前も、一見完璧に見えるけど不器用だろ。だからって言い訳になる話じゃないけどさ。『愛されたい同士』頑張れよ」
「うん、俺、やっと分かった…。ごめん、若井。こんな事して。お前がどれだけ涼ちゃんを大事に思ってるかも。俺、話し合うよ。ちゃんと自分とも、涼ちゃんとも向き合う」
よし、もう俺はお役御免みたいだな。バシンと元貴の背中を叩いて、肩を組む。
「まあ、次困らせたら今度は本当に手を引いてそのまま連れてくかんな!あとその写真誰が撮ったの?なんでもいいけど俺にも頂戴」
「いって!力つえーよ馬鹿!写真もあげねーし!」
いつもの調子を取り戻したように、彼は悪態をつく。
元貴は、俺が本気で言っている事に薄々気付いているだろう。ごめんの意味も、色々含ませた上であるんだろう。そう、俺は涼ちゃんが好きだ。無理している方の見え隠れしている部分も含めて、大好きだった。多分、元貴よりもずっと前から。でも、涼ちゃんは元貴にずっと片想いしていた事を分かってた。だから、俺は。
好きな人が幸せになるなら、俺が君に愛されなくてもいい。愛されることが分からない、知らない君ら2人は不器用だから、俺が苦労を背負って手助けするから。
そんなちょっと斜め上からの優越感で、十分だよ。
彼らが大好きだ。幸せであれば、俺も嬉しい。
ツンとした鼻の奥を隠すように、俺は肩を組んだまま大きく1歩踏み出した。
◻︎◻︎◻︎
読んで下さりありがとうございます!
ひろぱ、良い奴過ぎ?
そして鋭すぎ。でもそのくらい2人は不器用なんでしょう。歌詞が所々あることに気づいた方もいらっしゃると思いますが、結局主軸なのは誰視点なんだ?と感じたんじゃないでしょうか。個人的には、全員不平不満を抱えていて、だからこそ成り立っている、そんな話なのでそれぞれの当てはまる所に当てはめたつもりです。
話は変わりますが、バベルのグッズ全部良すぎじゃないですか…?圧倒的財力不足に陥っています…泣
次で最終話、是非読んで頂けると嬉しいです。