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「―――生憎、『陰陽師』という枠を外れた存在になってるからな。妖術師と比べられたら困る」
「………へぇ、『陰陽師』か。それも無垢の野郎と来た。中々におもしれぇじゃんか」
男は不敵な笑みを浮かべ、先程の俺がぶち開けた亀裂から下の階へと降りる。
殺気がダダ漏れなのは変わらないが、攻撃を仕掛けてくる様子はない。
さしずめ様子見といったところか。
「その言い方、お前は『僕』に会った事があるのか?」
無意識に、口が勝手に動いた。
喋ろうと思っていなかった、こちらも相手を見定めようとしていたところだったのに。
これは、俺じゃない。俺の言葉じゃない。
俺の中に居る『無垢の陰陽師』、コイツが俺の身体を使って喋っている。
「さあ、どうだろうな」
無垢の陰陽師の台詞を聞いて、男は舐め腐ったニヤケ顔をしながらこちらを睨みつける。
あの顔、無性に腹が立つ。
人を小馬鹿にするような顔、救えない哀れな人間を見る目。自分が完全に優位に立っていると思っている奴の表情だ。
腹立たしい。
あの顔を歪ませたい、潰したい、どちらが上かを知らしめたい。コイツを、殺したい。
殺したい。
殺したい。殺したい。殺したい。
殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。
殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。
「―――なら、殺す」
この男と出会った瞬間から、俺の攻撃は既に始まっていた。
男の足元が黒く染まり、偽・妖術師の時と同じ妖術が発動する。
名は『深層霊域』。かつて妖術師が保有していた『黒影・深層領域』を、無垢の陰陽師のブーストによって本来の妖術へと格上した原初の術。
それは、これまでに使用していた効果に加え、“影の範囲内にいる生物は行動不能になる“といったチート性能を持ち合わせている。
展開の速度は音速を越えている。一度張り巡らされた影を、無効化する事は有り得ない。
「………小賢しい真似してくれるじゃねぇか」
目の前に居る京都の魔術師が、どんな魔術を扱うのかは分からない。
故に、先手必勝。向こうが魔術を行使するよりも早く。
と、思っていたのだが。
「なんだ、このへっぽこ妖術は。俺が『孤影系統魔術師』と知ってて出してんのか、なぁおい?」
立っている。
この男は、二本足でその場に立っている。
普通なら偽・妖術師と同じように、感覚の錯乱によって平衡感覚のバランスが崩れ、転倒したり膝を着いたりするはずなのに。
「―――影。厄介な奴」
俺は即座に『鑑定』……ではなく、その上位互換術である『心眼』を使用する。
どうやら、あの男が言っていた事は本当のようだ。名の通り、奴は『孤影系統魔術師』。
その能力は俺の術と同様、影を自由自在に操り、捕縛・攻撃・防御にまで転用出来る優れもの。
唯一、俺の術と違う点があるとすれば、生み出す『影』の種類。
俺の影は『領域』タイプなのに対し、奴の影は『侵食』タイプ。既に存在する影ごと、自身の影へと変化させる事が可能だ。
現に今、俺の影は少しずつ侵食され、操作不能な状態となっている。
「無垢の陰陽師の恩恵があってコレか?おいおい、本気で言ってんのか。沙夜乃はコイツに負けたのかよ」
この話し方、俺はよく知っている。
相手に対して煽りの言葉を吐き、冷静さを欠落させる事で大きな隙を生ませるテクニック。
『怒り』とは力の発生源にも成りうる感情。だがそれとは逆に、正しい判断力が奪われる感情である。
その選択を間違えば、自身の死に繋がる。
「まあ良いや、てめぇがどんなヤツか知りたいと思ってたんだが。こんなつまんねえヤツなら、とっとと殺しちまうか!!」
右脚に影を纏わせ、そのまま素早く俺に近付く。
反応出来ない速さでは無いが、何か嫌な予感がする。この男が纏っている影に触れたらダメだと、第六感が告げている。
「―――ッシィ!!」
男の右脚が、俺の頬を掠めるギリギリの所を通り過ぎる。とてつもなく速い。
咄嗟に距離を取ったとは言え、一安心出来る状況じゃない。
防御出来る攻撃ならどうってことないが、回避が必須の攻撃となると、あの速さについて行くのがやっとだ。
それに、こうして睨み合っている最中も、この男は俺の影を片っ端から侵食し続けている。
「避けるか、当たっちまえば楽になれたってのによ。あ〜あ、勿体ねぇことしたな」
やはり、あの脚に纏っている影。
侵食型なだけあって、当たりでもしたらその箇所から侵食が始まるのだろう。……ちょっと気になるな。
「……お前今、“コイツの影の秘密を暴けば、俺も同じ事出来るんじゃね”とか考えてただろぉ!?」
バレてるな、いつもの俺なら澄まし顔でバレずに済むはずなんだが。……それもこれも『無垢の陰陽師』のせいか。
俺の顔に、笑みがある。
「その目、その態度。妖術師風情が調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
「調子に乗ってるだァ!?今すぐここから居なくなるってンなら見逃してやる、テメェみてェな三下相手に構ってる暇ァねェんだよ!!」
今の一瞬で相手の感情がブレた。それに追い討ちを掛けるように、俺は声を荒らげる。
影の侵食と心理戦といい、中々の手練れだと思っていたが、俺の思い違いか。この程度の煽りに乗っかるとは、単純すぎる。
「………『反影』!!」
男が術を唱えたと同時に、侵食し続けていた影が動きを止めた。
大技による隙が垣間見える。
そして何が来る、何の魔術が俺に牙を剥く。相手の魔術は未知数が故に、俺が取るべき行動はただ一つ。
この男を、最速で仕留めるのみ。
「―――『岩融』!!」
互いの雄叫びが鼓膜を揺らす。
俺は手に持つ薙刀を向け、迫る。それと同じく魔術師は影を手に纏わせ、拳で迎え撃つ。
この一撃は外せない。絶対に外してはならない。
そう強く思いながら、俺の身体は魔術師の射程圏内へと踏み入れた。
どんな魔術が来ても怯むな、ここで仕留めなければ面倒な事になる。だから今ここで、殺す。
「………妖術師ィ!!」
薙刀の刀身、ではなく柄の部分で魔術師の胴体を狙う。弧を描きながら素早く、人であれば等しくダメージを受けやすい箇所を叩く。
だが、それを既に読み切っているかのように、魔術師は片手で柄を弾きながら、もう片方の拳で強力なパンチを繰り出した。
「―――ッぐ!!」
超至近距離という事もあり避け切れるはずもなく、魔術師の拳は俺の腹部へと一撃を決めた。
魔術師はニヤリと笑い、大声で何かを叫びながら更に拳を腹部へとめり込ませる。
その言葉は日本語では無い、どこの国かも分からない言語だ。
「―――『禍殃』!!」
妖術を詠唱したのはいいが、それよりも影が蝕む方が圧倒的に早い。
拳が腹部に接触している箇所を中心にして、俺の身体が徐々に侵食される。それも体内にまで入られ、臓器もひとつずつ壊死し始めていた。
「―――う”ッぐ!!」
身体が悲鳴を上げている。たった数秒経つだけで、腎臓、大腸、肝臓、胃が使い物にならなくなった。
続けて『禍殃』の重ねがけをするが、どう足掻いても魔術師の『侵食』は止まる気配が無い。
オマケに『治癒の術』も効果ゼロ。肉体そのもの復元を行った所で何も変わらない。
となればコレは、
「この影―――、魂呪いの類か」
肉体に張り付くのではなく、敵の術師本人の魂に干渉し、侵食を繰り返す。回復術でも解呪出来ない呪い。
この魔術師が使っているのは間違いなく『魂呪い』だ。
「思ったより理解が早えじゃねえか。そうさ、俺の魔術は孤影だが、読み方次第じゃ“蠱影”にもなる………流石のてめえも『蠱毒』は知ってるだろ?」
小さな壺に100種の蟲を閉じ込めて互いに共食いをさせた時、残った1匹は凄まじい呪いを孕む。
そして、その呪いを呪詛の媒体として扱う事で、どんな人間であれ呪い殺す事が出来る方法。
それが『蠱毒』。
「―――やるしかねェか……!!」
手に持つ『岩融』の刃がギラリと光り、俺はその刃を自身の腹部へと突き立てる。
俺の『治癒の術』は体外から体内へと、浸透する形で治癒を行う。
故に、体内に深く潜り込んだ『蠱影』を取り除くには、映画まるまる一本分の時間を要してしまう。
「………てめえ、イカれてんのか?」
『岩融』の刃が腹部に突き刺さった瞬間、そこを基点に眩い光が周囲を照らし始めた。
腹部内部への直接的な『治癒の術』の発動。
侵食された箇所の復元が完了。次第に妖力が体内へ浸透し、呪いの影が薄れて行くのが感覚的に分かる。
突き刺さった刃を引き抜き、その刺し傷もまた『治癒の術』で完全に塞ぐ。
「―――そんな頭おかしい魔術使ってる時点で、お互い様だろ」
「………はっ、違いねぇや。そんじゃ傷も治ったようだし、二回戦目……始めるとするかっ!!」
言い切る前に孤影系統魔術師は動く。
右方向に一歩、その足元には影がある。恐らく影を操り俺への攻撃を仕掛けると予測出来る。
孤影系統魔術師の正面には、半径10m圏内に影が存在しない。もし回避+接近戦闘を試みるなら正面しかないが―――。
「まぁ、罠だろうな」
孤影系統魔術師はつい先程、感情の制御をミスしたように見せかけて俺を攻撃範囲内へと誘い込んだ。
それに気付いたのは攻撃を受ける寸前。
孤影系統魔術師の感情が一時的に高ぶったと思いきや、その次の瞬間には冷静状態へと切り替わっていた。
隙があると見せかけ、余裕を持ったファーストアタックを的確に対処。………この男、俺と言う相手への戦い方をよく理解している。
そして、今の状況もそう。
逃げ道として提示された、真正面の影のない場所。そこに足を踏み入れれば、影による攻撃の心配はない。
孤影系統魔術師本人は恐らく気付いているが、奴は影の同時操作が行えない。行う為の思考容量が足りていない。
故に、影の操作に専念している今であれば、近付いて妖術をぶつければある程度のダメージは与えられる。
だが、そもそもそれがおかしい。
高レベルな心理戦を行い、戦闘による圧倒的な場数の差を見せてきた孤影系統魔術師がわざわざ大きな隙を見せるような行動をする訳がない。
その場所になにがある。汲み取れ、孤影系統魔術師の思考を。
そして、考えろ。真正面以外で孤影系統魔術師の攻撃を躱し、確実にダメージを与えれる方法を。
正面、魔術師の前。影が無いはずなのに、孤影系統魔術師にとって有利な場所。
その真上は俺が開けた大きな亀裂。影を遮る太陽光、光。光、光。太陽にしては、眩しすぎる光―――。
「―――そうか。アイツはまだ“知らない”のか」
真正面の回避地点。そこは孤影系統魔術師にとって絶好の狩場であると同時に、俺という妖術師にとって圧倒的に不利となる場所。
なら、このまま動かなければ、俺がその“輝き”を受ける事は無い。
「―――『湖の乙女よ、導き給え』!!」
莫大な熱エネルギーを持つ輝きが、最上階から最下階までを貫通し、大きな風穴を開ける。
同時に、その光によって周囲の影は一瞬だけ消え、孤影系統魔術師の攻撃は不可能となった。それは俺も同様、その場から一歩でも動けば巻き込まれて死ぬ。
地響きにも似た轟音。触れたものを容赦なく焼き尽くす光。
それは紛れもなく、孤影系統魔術師と戦う前に俺が潰した人物が保有する術。かつての騎士王が扱ったとされる伝説の剣、その模倣剣。
「やっぱ規格外すぎるな、 創造系統偽・魔術師」
「そう言うあなたの『疑似創造』も、同じような威力なんですから変わりませんよ。それに、今のあなたは―――、変に強大な力を身につけている様子ですし」
俺にとっての待望の援軍。その一人が俺の元へと到着した。
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