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天井に大きく開かれた亀裂。それは数秒前に俺が『童子切安綱』を使ってぶち開けて出来たモノ。
その亀裂の向こう側、俺のいる階よりひとつ上の階から俺を見下ろしているのは、俺が探し続けていた人物だろう。
こいつが『京都の魔術師』、その本人。
「―――生憎、『陰陽師』という枠を外れた存在になってるからな。半端な妖術師と比べられたら困る」
「………へぇ、『陰陽師』か。それも無垢の野郎と来た。中々におもしれぇ」
男は不敵な笑みを浮かべ、俺がぶち開けた亀裂から下の階へと降りる。
……凄まじい殺気、下手すれば沙夜乃より強い殺意を感じる。肌を突き刺すような感覚に、俺は少しだけあの時の緊迫感を思い出す。
殺気がダダ漏れなのは変わらないが、攻撃を仕掛けてくる様子はない。さしずめ様子見といったところか。
「その言い方、『陰陽師』を知って―――、いや違う。お前は『私』に会った事があるのか?」
無意識に、口が勝手に動いた。
喋ろうと思っていなかった、こちらも相手を見定めようとしていたところだったのに。これは、俺じゃない。俺の言葉じゃない。
「………へぇ、人格が徐々に呑まれつつあるのか」
俺の中に居る『無垢の陰陽師』、コイツが俺の身体を使って喋っている。
これはとても不味い状況だ。
肉体の制御が完全に行えてない以上、俺の中にいる『無垢の陰陽師』が何をしでかすか分からない。
最悪の場合、意識まで呑まれて好き勝手される可能性もある。
「質問の答えだが………さあ、どうだろうな。俺はお前を知らないし、その『陰陽師』とか言う腐った連中の事は知らないなぁ?」
男は他者を侮辱するようなニヤケ顔をしながら、こちらを睨みつける。
あの顔、無性に腹が立つ。
陰陽師のことを“腐った連中”と言ったことにも腹を立てているが、それよりも人を小馬鹿にするような顔、救えない哀れな人間を見る目。
自分が完全に優位に立っていると思っている奴の表情。
あの顔を歪ませたい、潰したい、どちらが上かを知らしめたい。コイツを、殺したい。
殺したい。
殺したい。殺したい。
殺したい。
殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。
殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。
殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。
殺したい。
俺は心からの魔術師殺しだ。これは『無垢の陰陽師』の意志が大幅に含まれているが、意志の強さだけなら、『妖術師』の方が勝っている。
だから、
「―――そうか。なら、殺す」
この男と出会った瞬間から、俺の作戦は既に始まっていた。
念の為と思って張り巡らせておいた“影”が一斉に動き始め、男の足元が黒く染まり、偽・妖術師の時と同じ妖術が発動する。
「………ぁ?」
名は『深層霊域』。かつて妖術師が保有していた『黒影・深層領域』を、無垢の陰陽師のブーストによって本来の妖術へと格上した原初の術。
それは、これまでに使用していた効果に加え、“影の範囲内にいる生物は行動不能になる“といったチート性能を持ち合わせている。
展開の速度は音速を越えている。一度張り巡らされた影を、無効化する事は有り得ない。
「………んだぁこれは、小賢しい真似してくれるじゃねぇか」
目の前に居る京都の魔術師が、どんな魔術を扱うのかは分からない。
故に、先手必勝。向こうが魔術を行使するよりも早く。―――と、思っていたのだが。
「まさか、その程度の攻撃が俺に効くとでも思ってんのか?」
立っている。
この男は、二本足でその場に立っている。
普通なら偽・妖術師と同じように、感覚の錯乱によって平衡感覚のバランスが崩れ、転倒したり膝を着いたりするはずなのに。
「―――コイツ、まさか」
俺は即座に『鑑定』……ではなく、その上位互換術である『心眼』を使用する。
「そう、そのまさかだ。俺は『孤影系統魔術師』、影は俺の得意分野だぜ?」
どうやら、あの男が言っていた事は本当のようだ。名の通り、奴は『孤影系統魔術師』。
その能力は俺の術と同様、影を自由自在に操り、捕縛・攻撃・防御にまで転用出来る優れもの。
唯一、俺の術と違う点があるとすれば、生み出す『影』の種類。
俺の影は『領域』タイプなのに対し、奴の影は『侵食』タイプ。既に存在する影ごと、自身の影へと変化させる事が可能だ。
現に今、俺の影は少しずつ侵食され、操作不能な状態となっている。
「無垢の陰陽師の恩恵があってコレか?おいおい、本気で言ってんのか。沙夜乃はコイツに負けたのかよ」
この話し方、俺はよく知っている。
相手に対して煽りの言葉を吐き、冷静さを欠落させる事で大きな隙を生ませるテクニック。
『怒り』とは力の発生源にも成りうる感情。だがそれとは逆に、正しい判断力が奪われる感情である。
その選択を間違えば、自身の死に繋がる。
「まあ良いや、てめぇがどんなヤツか知りたいと思ってたんだが。こんなつまんねえヤツなら…………とっとと殺しちまうか!!」
一歩、力強く踏み出された左脚。
それに合わせて魔術師は右脚に影を纏わせ、そのまま素早く俺に近付く。
反応出来ない速さでは無いが、何か嫌な予感がする。この男が纏っている影に触れたらダメだと、第六感が告げている。
「―――ッシィ!!」
男の右脚が、俺の頬を掠めるギリギリの所を通り過ぎる。とてつもなく速い。
素早く後ろに飛んで距離を取ったとは言え、一安心出来る状況じゃない。
防御出来る攻撃ならどうってことないが、回避が必須の攻撃となると、あの速さについて行くのがやっとだ。
それに、こうして睨み合っている最中も、この男は俺の影を片っ端から侵食し続けている。
「避けるか、当たっちまえば楽になれたってのによ。あ〜あ、勿体ねぇことしたな」
やはり、あの脚に纏っている影。
侵食型なだけあって、当たりでもしたらその箇所から侵食が始まるのだろう。……ちょっと気になるな。
「………んぁ?」
あの魔術師が扱う影は何か違う。先程話した『系統』の違いではなく、また別の何か。
強化されているとはいえ、俺の『心眼』だけだとその本質は見抜けない。
ただ扱う魔術が『孤影』としか書かれていないその先に、何が存在する。
そしてその秘密さえ暴けば、この魔術師を殺す手がかりが手に入るはずだ。
「………お前今、“コイツの影の秘密を暴けば、俺も同じ事出来るんじゃね”とか考えてただろぉ!?」
………少し違うが、まあ殆ど同じだ。
沙夜乃の『空間転移』と同様に、敵と同じような術が使えれば、その魔術の利点や弱点が手に取るように分かる。
俺の『複製』の発動条件が未だに分からないが、複製した様子もなければ、敵魔術師の『孤影』が扱える感覚は無い。
まだ、暴くにはもっと情報が必要なのか。
「その目、その態度。妖術師風情が調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
沸点が少しおかしいが、これは好都合だ。
今の一瞬で相手の感情がブレた。感情は力の源なれど、敵に回る事もある。
このまま冷静さを失わせて、大きな隙を作り出すのが得策なのか。
「調子に乗ってるだァ!?今すぐここから居なくなるってンなら見逃してやる、テメェみてェな三下相手に構ってる暇ァねェんだよ!!」
魔術師の逆鱗に触れるように、俺は声を荒らげる。
これに乗るかどうかで、この戦いの勝敗は大きく左右するかもしれない。だからここは絶対に喧嘩を買って欲しい場面。
「………てめえぶっ殺してやるよ!!『反影』!!」
パーフェクト。男が術を唱えたと同時に、侵食し続けていた影が動きを止めた。
大技による隙が垣間見える。
さあ何が来る、何の魔術が俺に牙を剥く。相手の魔術は未知数が故に、俺が取るべき行動はただ一つ。
この男を、最速で仕留めるのみ。
「―――『岩融』!!」
互いの雄叫びが鼓膜を揺らす。
俺は手に持つ薙刀を向け、迫る。それと同じく魔術師は影を手に纏わせ、拳で迎え撃つ。
この一撃は外せない。絶対に外してはならない。
そう強く思いながら、俺の身体は魔術師の射程圏内へと踏み入れた。
どんな魔術が来ても怯むな、ここで仕留めなければ面倒な事になる。だから今ここで、殺す。
「………妖術師ィ!!」
薙刀の刀身、ではなく柄の部分で魔術師の胴体を狙う。弧を描きながら素早く、人であれば等しくダメージを受けやすい箇所を叩く。
「はぁああああ!!」
だが、それを既に読み切っているかのように、魔術師は片手で柄を強く弾く。
やはり様子見ではなく、刀身で一気に殺し切るのがよかったのか。これは間違いなく俺の判断ミス。
孤影系統魔術師は弾いた柄を片手で掴み、もう片方の拳で強力なパンチを繰り出した。
「ッぐ!!」
超至近距離という事もあり避け切れるはずもなく、魔術師の拳は俺の腹部へと一撃を決めた。
孤影系統魔術師はニヤリと笑い、大声で何かを叫びながら更に拳を腹部へとめり込ませる。
その言葉は日本語では無い、どこの国かも分からない言語だ。
「―――『禍殃』!!」
肉体情報を全盛期へと強化する術が発動する。
妖術を詠唱したのはいいが、それよりも影が蝕む方が圧倒的に早い。
拳が腹部に接触している箇所を中心にして、俺の身体が徐々に侵食される。それも体内にまで入られ、臓器もひとつずつ壊死し始めていた。
「―――う”ッぐ!!」
身体が悲鳴を上げている。たった数秒経つだけで、腎臓、大腸、肝臓、胃が使い物にならなくなった。
続けて『禍殃』の重ねがけをするが、どう足掻いても魔術師の『侵食』は止まる気配が無い。
オマケに『治癒の術』も効果ゼロ。表面的な治癒だけでは治すことが出来ない。となればコレは、
「この影―――、魂呪いの類か」
肉体に張り付くのではなく、敵の術師本人の魂に干渉し、侵食を繰り返す。半端な回復術では解呪出来ない呪い。
この孤影系統魔術師が使っているのは間違いなく『魂呪い』だ。
「思ったより理解が早えじゃねえか。そうさ、俺の魔術は孤影だが、読み方次第じゃ“蠱影”にもなる………流石のてめえも『蠱毒』は知ってるだろ?」
小さな壺に100種の蟲を閉じ込めて互いに共食いをさせた時、残った1匹は凄まじい呪いを孕む。
そして、その呪いを呪詛の媒体として扱う事で、どんな人間であれ呪い殺す事が出来る方法。
それが『蠱毒』。
影と来て、その次は呪い。厄介すぎる二段構え、敵としては完璧過ぎるほどに徹底されている。
その“呪い”の治療と壊死した内臓を完全に回復を同時に行うには、内側から『治癒の術』を発動させるしかない。
少し前までの俺であれば治す事は不可能だったが、今の妖術が強化されている状態なら、治せる自信がある。
「クソ、やるしかねェか……!!」
手に持つ『岩融』の刃がギラリと光り、俺はその刃を自身の腹部へと突き立てる。
「………っは。はあ、はあ……」
その段階で、手が止まってしまう。
頭でやれと命令していても、腕の震えが止まらない。止まることを知らない。止まろうともしない。
恐れているのか、俺は。
俺が自傷行為を行うのは、これが初めてではないが、一番最初の場合は『遡行』をする為に首を切断し、自らの命を絶った。
だがこれは違う。
生きたまま腹を切り裂くことになる。その経験は初めてで、恐怖で震えが止まらない。
「………ぐッぅ、はあ!!」
俺が今しようとしている事を、孤影系統魔術師は完全に理解していない。考えを巡らせている間にやらなければ、また攻撃が始まる。
時間が無い。覚悟を決めろ。
覚悟を、決めろ。
なに、死にはしない。ただ痛いだけだ。
「………っがぁあああああ!!」
『岩融』の刃が腹部に突き刺さった瞬間、そこを基点に眩い光が周囲を照らし始めた。
俺の『治癒の術』は体外から体内へと、浸透する形で治癒を行う。
体内に深く潜り込んだ『蠱影』を取り除くには、映画まるまる一本分の時間を要してしまう。
故に、外側からではなく、内側に直接術を発動させ、その肉体的損傷を回復させる。『治癒の術』で呪いそのものは解呪出来ないが、壊死した箇所はどうにかなる。
侵食された箇所の復元が完了。次第に妖力が体内へ浸透し、痛みが薄れて行くのが感覚的に分かる。
「………まだァ、まだァ!!」
それでもまだ終わらない、まだ治療が完全に済んだ訳ではない。
根本的な“呪い”を消さなければ、侵食の連鎖は続く。
強化された『治癒の術』でも取り除けぬ“魂呪い”。
これを治すすべが無い訳ではない。
そう、俺が『遡行』の力を手にする前に使った術『解錠』を上手く使う。………否、上手く使うというより、妖術の解釈を広げればいい。
『解錠』は鍵の掛かったモノ全てを解く妖術。
そして“呪い”は、俺の身体を縛り付ける足枷。
“足枷”なら、必ず解放するための穴が存在し、解き放つ事が出来る。
『解錠』で、俺の足枷を『解除』する。
「―――っォらァァアアアアアア!!」
身体の奥底で、何かが解き放たれる音がした。
己を縛る厄災。身体を蝕む凄まじい怨恨と強力な毒が、一気に緊張と共に抜けて行く。
そして、俺は腹に突き刺さった刃を引き抜き、その刺し傷もまた『治癒の術』で完全に塞ぐ。
「………てめえ、自分の武器で腹を搔っ捌くとぁイカれるな」
感心したような、それとなくどこか気持ち悪そうな顔をしながら孤影系統魔術師は言う。
「―――はぁ、はぁ……“蠱影”とかいう頭おかしい魔術使ってる時点で、お互い様だろ」
この間でたったの数分。
まだ戦いが始まったばかりとはいえ、相手の魔術師が未知数でかつ、こちらの肉体的な消耗が激しい。
最速で仕留めるにも、恐らくこの魔術師相手に不意打ちは通じない。
となれば、やはり真正面からの殴り合いになってしまう。
「………はっ、違いねぇや。そんじゃそっちの傷も治ったようだし…………二回戦目、始めるとするか!!」
言い切る前に孤影系統魔術師は動く。
右方向に一歩、その足元には影がある。恐らく影を操り俺への攻撃を仕掛けると予測出来る。
「―――ここだッ!!」
俺はまだ侵食されていない影を操り、孤影系統魔術師の影にぶつけて威力を相殺。
続けて『岩融』を再び持ち直し、目にも追えぬ速さで斬り掛かった。
刀身が何かに食い込む感覚が手に伝わる。が、それは魔術師の身体では無い。
影だ。
魔術師は斬り掛かる一瞬、相殺された影とは別の影を操り、盾に使ったのだ。この判断力今までの魔術師の中で、この孤影系統魔術師が一番戦場慣れしている。
「ちょっと惜しいが、そこは俺の腹じゃねえぞ」
また、影を纏った右手が俺の顔面を狙う。
凄まじい気迫と殺意に少しだけ体が強ばるが、俺は咄嗟に急いで引き離した『岩融』を一回転させて迎撃準備に入る。
「―――っ!!」
迫り来る拳に『岩融』の柄を当てて、軌道をズラす。
振り下ろされた拳は地面に直撃し、コンクリートに微かな凹みとヒビが入る。もしこんなのが当たれば、骨が何本か逝ってしまうだろう。
「………さっきから、ちょこまかとうざってえ!!さっきみたいな真正面からのぶつかり合いはどうした!?」
コンクリートの破片と周囲の埃が宙に舞い、一瞬だけ俺と孤影系統魔術師の目線が合う。
一瞬だが、その一瞬の間に時が止まったような、かと思えば時がゆっくりと進んでいるような感覚が俺たちを襲う。
「―――っ」
ここからどうする、という思考が何度も繰り返される。
戦闘継続なのは間違いないが、孤影系統魔術師の弱点を突く方法が思いつかない。
相手が影の魔術師だからと言って、影を無くせばいいなんて単純な事をしても無意味。
なにせ魔術師が腕に纏う影は実在している。影でありながら実態を持ち、物理攻撃を可能としているのだ。
そうなれば必然的に、影の妨害は相手にとって何一つ効果がない手となる。
―――沙夜乃との戦いでは、『無銘・永訣』と『太刀 鑢』による不意打ちで決着を付けた。
だがこの孤影系統魔術師に不意打ちは100%効かない上、今おれの手元に『無銘・永訣』は無い。
妨害も無理、不意打ちも無理となれば、いつもの妖術ゴリ押し戦法になるが………単純な術師レベルでいえば孤影系統魔術師の方が圧倒的に上だ。
「………考え事してる暇はねえぞ、妖術師!!」
長考による隙、そこを孤影系統魔術師が見逃すはずがなかった。
俺が孤影系統魔術師への意識を一瞬だけ外したのを狙い、強烈な蹴り技が俺の横腹へと直撃する。
痛い。なんて声に出すよりも早く、蹴り技がもう一度繰り出されていた。
俺は咄嗟に右腕で頭を守り、運良く蹴りは俺の右腕へと当たる。
「………運が良い野郎だ」
強い衝撃に体が数メートル飛ばされ、俺は思わず地面に膝を着いてしまう。
痛い、腕と横腹に激痛が走っている。
奇跡的に、孤影系統魔術師が『影』を体に纏っていなかったこともあり、“蠱影”による魂呪いは発動していない。
―――正直、舐めていた。
これまで戦った偽・魔術師と沙夜乃を基準元にしてしまっていた為か、孤影系統魔術師の強さが圧倒的過ぎる。
トントン拍子で事が進むと思っていた。戦ってしまえば楽に倒せる相手だと、思い込んでいた。
だが違う。その魔術師は手を抜かない、負けの未来を想像しない、勝ちに貪欲だ。
このままだと喰われるのは確実に、“俺”だ。
「………ま、そりゃ立ち上がるよな。こんなんじゃ、終われねえよなぁ!?」
一応、策は残っている。
が、それは『遡行』を行うまでに追い込まれた時に使う最終手段。出来ればここで使うのは避けたい。
「………どうした、来ないのか?まさかここで怖気付いたなんてこたあねぇよな?」
戦闘姿勢を解き、孤影系統魔術師は右手を軽く前に出して挑発する。
そんな孤影系統魔術師の正面、半径10m圏内に影が存在しない場所がある。
陽の光に当てられ、俺と魔術師のどちらもが介入不可の場所が。
「―――。」
その地点を一目見ただけで、俺は直ぐに察した。
窓ガラス越しに見える陽の光と、異様に明るさが違う。
それに影が陽の光に当たらない場所となる部屋の隅の方へと移動している。まるでこれから起こる何かから守る様に。
………罠だ、これは孤影系統魔術師の仕掛けた罠。
孤影系統魔術師はつい先程、感情の制御をミスしたように見せかけて俺を攻撃範囲内へと誘い込んだ。
それに気付いたのは攻撃を受ける寸前。
孤影系統魔術師の感情が一時的に高ぶったと思いきや、その次の瞬間には冷静状態へと切り替わっていた。
隙があると見せかけ、余裕を持ったファーストアタックを的確に対処。………この男、俺と言う相手への戦い方をよく理解している。
そして、今の状況もそう。
逃げ道として提示された、真正面の影のない場所。そこに足を踏み入れれば、影による攻撃の心配はない。
孤影系統魔術師本人は恐らく気付いているが、奴は影の同時操作が行えない。行う為の思考容量が足りていない。
故に、影の操作に専念している今であれば、近付いて妖術をぶつければある程度のダメージは与えられる。
だが、そもそもそれがおかしい。
高レベルな心理戦を行い、戦闘による圧倒的な場数の差を見せてきた孤影系統魔術師がわざわざ大きな隙を見せるような行動をする訳がない。
その場所になにがある。汲み取れ、孤影系統魔術師の思考を。
そして、考えろ。真正面以外で孤影系統魔術師の攻撃を躱し、確実にダメージを与えれる方法を。
正面、魔術師の前。影が無いはずなのに、孤影系統魔術師にとって有利な場所。
その真上は俺が開けた大きな亀裂。影を遮る太陽光、光。光、光。太陽にしては、眩しすぎる光―――。
「―――『創造』」
そうか。アイツはまだ“知らない”のか。
真正面の回避地点。そこは孤影系統魔術師にとって絶好の狩場であると同時に、俺という妖術師にとって圧倒的に不利となる場所。
なら、このまま動かなければ、俺がその“輝き”を受ける事は無い。
光の射す地面に、人型の影が映る。
その影を掻き消すように、徐々に亀裂から入る光が強さを増していく。
「―――『湖の乙女よ、導き給え』!!」
莫大な熱エネルギーを持つ輝きが、最上階から最下階までを貫通し、大きな風穴を開ける。
同時に、その光によって周囲の影は一瞬だけ消え、孤影系統魔術師の攻撃は不可能となった。それは俺も同様、その場から一歩でも動けば巻き込まれて死ぬ。
地響きにも似た轟音。触れたものを容赦なく焼き尽くす光。
それは紛れもなく、過去に俺がその技を真似た人物が保有する術。かつての騎士王が扱ったとされる伝説の剣、その模倣剣。
暫くして場に静寂が訪れる。
土煙で周りが一切見えないが、天井に大きな穴が空き、そこから陽の光が強く射しているのが明るさで分かる。
「………やっぱ規格外すぎるな、 創造系統偽・魔術師」
孤影系統魔術師は宙に舞う土煙を影で振り払い、まだ煙で姿が見えない人影の方へ向かって歩き出す。
「戦いに来てくれたのは嬉しいが………ちと使うのが早すぎるぜ。これじゃ妖術師を仕留められねえよ」
直に土煙が晴れ、創造系統偽・魔術師の姿が顕になる。
孤影系統魔術師は期待で目を輝かせながら、創造系統偽・魔術師の肩へと手を回し、大声で笑い出した。
「こりゃ妖術師が可哀想だぜ。折角あと少しで俺を追い詰めるとこだったのによ………まさか援軍が来ちまうなんてなあ?」
「………そうですね。可哀想ですよ、とても」
創造系統偽・魔術師は振り返り、孤影系統魔術師の方へと目線を動かす。
手には『創造』で必須となるこの世のモノでは無い素材で造られた棒。その先端は妖術師ではなく、孤影系統魔術師へと向けられていた。
孤影系統魔術師の動きが止まる。
先程までの孤影系統魔術師なら、棒を向けられた時点で反撃の体勢へと移行していただろう。
だが、彼はしなかった。
反撃する事自体が無駄だと、創造系統偽・魔術師の攻撃が『影』に有効だと理解しているからだ。
「…………昔と違って、てめえもつまらねえ冗談言うようになったじゃねえか」
「最初から貴方に対しての冗談なんか用意していませんよ………妖術師は殺させません、彼の身体が回復するまで大人しくして居てください」
とはいえ、いくら相性の不利有利があったところで、結局のところ孤影系統魔術師と創造系統偽・魔術師の実力差はかけ離れている。
もし孤影系統魔術師が少しでも妙な動きをすれば、聖なる輝きがその肉体を消し飛ばすだろう。
肉片すら残さず、灰になるまで焦がし尽くすを
しかし、その一撃は必中ではない。外す可能性だってあるし、防がれる可能性もある。
そうした場合、一撃で仕留める手段を失った瞬間に、孤影系統魔術師はお得意の魔術で殺す手段に出るはずだ。
「………大人しく、か。分かりやしたよ、創造系統偽・魔術師さん。そんなモノで攻撃されちゃたまったもんじゃないからなあ」
孤影系統魔術師はそう言って両手を上に上げて、降伏のポーズを取る。
手は出さない、代わりに命だけは助けてくれ。とでも言いそうな雰囲気を漂わせながら、孤影系統魔術師は動きを止めた。
「………妖術師。とても短いですけど、ある程度回復出来る時間は作ったつもりです。回復し次第、この役を変わってください」
創造系統偽・魔術師は俺の方を向き、どこか心配しているようで焦っている表情をしていた。
「―――。」
いや、焦るのも無理はない。孤影系統魔術師の視界に映らない箇所から、『再構築』が始まっている。
完全に『再構築』が行われたら、孤影系統魔術師は驚異となる存在が姿を消した隙を突いて、確実に俺を殺す。
そうならない為に、創造系統偽・魔術師は『再構築』の始まりを察知させずに、俺が『白銀の剣よ、導き給え』が使えるまでの猶予を作っているのだ。
「………妖術師?」
作ってくれている、のだが。
「………おいおい?どうした妖術師、お仲間さんが助けに来てくれ―――」
孤影系統魔術師の言葉が突如止まった。
第六感か、嫌な気配を察知したのか。とにかく視線を固定したまま、その男は完全に行動を停止した。
「………アイツ……か?」
意味不明な言葉。アイツとは誰の事なのか。
それが気になった創造系統偽・魔術師は、孤影系統魔術師が視線を向けている方向へ振り向く。
目線の先、そこに居るのは紛れもない人間。………いや、厳密には術師であり人間とはかけ離れた存在なのだが。
土煙でシルエットしか見えない人影は、ゆらゆらと身体を揺らしていた。
「………なんだ、この気配は」
孤影系統魔術師が一歩後退りした。
それに気付いた創造系統偽・魔術師は急いで『創造』を構え直し、孤影系統魔術師が逃げられないように警告する。
「………っおい創造系統偽・魔術師。こりゃまずいことになった、今すぐそいつを降ろしてこの場から離脱しろ」
「………何を言ってる。この中で一番危険なやつを逃す訳がないだろう」
孤影系統魔術師の提案を、創造系統偽・魔術師は即時却下した。
せっかく追い詰めた敵を、あと少しでこの戦いに終止符を打つ鍵を解放するなど絶対に有り得ない事だ。
もしかすると再現の魔術師の情報だって得られるかもしれない。
いや、もっと上手く行けば 再現の魔術師を殺す方法だって見つかる可能性もある。
そんな情報の塊である人物を前に、この場から離脱するなど、創造系統偽・魔術師が許さない。
「………っ馬鹿野郎、見えないのか!?そこに居る化け物―――『陰陽師』が!!」
逃がさないと息を巻く創造系統偽・魔術師の言葉を無視して、孤影系統魔術師は慌てた表情で訴え続ける。
一歩でも動けば、聖なる輝きによる攻撃は免れない。故に、孤影系統魔術師は動かないと決めていたが………これは想定外の出来事だった。
『創造』の先端を強く握り、俺の方を指差して孤影系統魔術師は叫び続ける。
「………成ったんだよ、陰陽師に。アイツの中にいた陰陽師が肉体の主導権を奪って、陰陽師そのものの肉体になっちまったんだよ!!」
悲痛な叫び。それを聞いて、創造系統偽・魔術師も事態の深刻さに気付く。
創造系統偽・魔術師がくるりと振り返った先、その目線の先に居るのは『妖術師』ではなかった。
見た目は妖術師だが、根本的な何かが違う。
雰囲気も違う。気迫も違う。妖力も違う。魔力も違う。立ち方も違う。歩き方も違う。息の仕方も違う。存在感が違う。
外見以外の、何もかもが妖術師と一致しない。
「―――。」
そこに居るのは『俺』じゃない。俺でもなく、妖術師でも無い。
「―――正解」
刹那、人が認識出来るか否かの数秒。
本来であれば孤影系統魔術師の『影』で防御が間に合っていただろう攻撃が、何倍にも加速された状態で繰り出される。
一太刀。
ただ一太刀。
抜刀のタイミングすら掴ませず、ギラギラと反射する刀身が弧を描いて華麗に舞う。
孤影系統魔術師の肘から先が真っ二つに切断され、創造系統偽・魔術師の背中に大きな斬撃跡が刻まれた。
本当に一瞬だった。
孤影系統魔術師と創造系統偽・魔術師が気付いた時には、全てが遅かった。
「………っ!!」
孤影系統魔術師が動く。
片腕を失っても尚、地面に張り巡らせていた『影』を一箇所に集め、『私』に対しての大きな防壁を作り出す。
敵に寝返った創造系統偽・魔術師を助ける必要はないが、孤影系統魔術師はそんな些細な事を気にするほどの余裕を持ち合わせていない。
一度でも手を抜けば死ぬ。それを直感で感じていたのだ。
まあ、その手は片方無くしてしまったのだが。
「………まだ『妖術師』だったら簡単に倒せるが、『陰陽師』となりゃ話は別だ。それにあの陰陽師は尚更やべえ……!!」
「そうですか?私以外の陰陽師も、似たような性格をしていると思いますけど」
孤影系統魔術師が手を抜いた隙など無かった『影』に対して全ての意識を注ぎ、『私』の攻撃をどうやっても守るように壁は作られていた。
なのに、その壁は一瞬にして崩壊した。
俺が『禍殃』によって全盛期の姿へと戻した『太刀 鑢』を使い、壁を一閃にしてぶっ壊したのだ。
それも聖なる輝きなど無く、膂力のみで。
「この姿も長くは持ちません。なので手短に、私と決闘をして頂けませんか?」
「………は?」
魔術師の脳内で、何度も『決闘』という文字が繰り返される。
決闘、即ち真剣勝負による殺し合い。本物の陰陽師でありながら本場の京都で行われていた、陰陽師同士の決闘。
それを、この『私』が提案した。
「合図はしませんよ。それが私たちのルールですので」
「………っやっぱ陰陽師ってのはクソしか居ねぇのか!!」
殴る蹴るだけでは飽き足らず、陰陽師は俺が持つ様々な武器を影から抜き出し、振り回し続けている。
先程も使っていた『太刀 鑢』に、武蔵坊弁慶が愛用した『岩融』。挙句の果てには偽・妖術師から拾った拳銃すらも使い始めていた。
切る、殴る。撃つ、叩く。蹴る、斬る。
その繰り返し。何度も何度も何度も何度も同じ攻撃を、同じパターンで繰り返す。
それに対して孤影系統魔術師は少し焦りながらも、的確に攻撃を受け流し、隙を見て『影』による直接攻撃を試みる。
「………はい、残念」
しかし、その攻撃が陰陽師に当たることは無い。
それは陰陽師による身体的な技術ではなく、陰陽師の術による影響でもない。俺が予め自身に掛けていた『回避の術』を上手いこと利用しているのだ。
「あぁ、面白い。まるであの頃を思い出すよ、みんなで殺し合ったあの時。妖術師を死に追いやったあの時を」
「………お前やっぱり、あの戦いの生き残りか!!」
衝撃的な一言が俺の脳に響き渡るが、それすらもどうでもいいと思えるほど、俺は俺でなくなっていた。
自我が崩壊する。陰陽師という人格が、俺を覆い尽くす。
妖術師が消える。陰陽師という人格が、妖術師という存在をかき消す。
視界が暗くなる。身体の制御を失った俺は、目の前すら見えなくなった。
「……………。」
「―――。」
聴覚が失われる。とうとう、声すらも聞こえなくなる。
身体には不思議な浮遊感があった。
例えるなら、前が見えないフルフェイスのヘルメットを被りながら、海中深くで漂っている気分だった。
「…………。」
もう妖術師が意識を取り戻す事は無い。身体の主導権を奪われた以上、俺に出来ることは何も無い。
「………、………。」
そもそも、妖術師とは何なのか。それすらも分からなくなって来ていた。
妖術師の役割。魔術師を殺すことが本当に妖術師に与えられた役目なのか。俺は一体―――、何のために戦っていたのだろうか。
俺は誰で、何をしていたのか。
分からない。分からないから、考える事はない。
何も分からないまま、俺はここで漂い続けるのだろう。誰にも知られないまま、ずっと。
「―――それは本気で言っているのかい?」
声がする。
「―――私たちSaofaがこれまで築き上げて来たモノ。それを受け継ぐと決めた君が、全部を忘れてその役割を投げ出すと?」
声が、聞こえる。
既に聴覚は失われているはずなのに、しっかりと、ハッキリとその声が耳に入る。聞き馴染みのある声が。
「―――あの時、私に誓った言葉を思い出せ。魔術師を全て殺して、長きに渡る魔術師と妖術師の関係を終わらせると言った日を」
暗闇の中に光が見える。
聴覚と同様に、その機能を完全に失ったはずの五感がその役目を全うしている。
「―――それでも思い出せないと言うなら、私が思い出させてあげよう。この錬金術師である『永嶺 惣一郎』が」
地面へと着地した感覚が、両脚に伝わる。
周囲を見渡そうとしても、やはり真っ暗で何も見えない。
手探りで目の前に何か存在しているかを確認するが、そもそも手をちゃんと動かせているかどうかが分からない。
この暗闇で頼れるのは、俺の“両脚”と方向が定まらない眩い光を追い続ける“視覚”のみ。
―――意外と、恐怖は無かった。
そこは俺自身に対して害をなす空間では無いと、本能的に理解していたからだ。
「―――私が君にしてあげれる事はこれだけだ。もう私の役目は済んだ以上、この世に留まる事は許されないからね」
グルグルと動き回っていたはずの光が突然停止し、俺から少しづつ離れていく。
俺は咄嗟に走り出した。
この先に道が続いているのかどうかも分からないが、その光に追いつかなきゃダメだと。決してこのまま見送ってはダメだと、心が叫んでいた。
「―――『傲慢』は山吹。次世代を背負う君を助けたいと願う、私の罪だ」
真っ白だった光が山吹色に変わり始める。
その光は俺の全身を照らし、俺は全身の感覚を思い出す。手の動かし方、身体のひねり方、その全てを完全に思い出した。
瞬きの仕方を思い出した。
戦いへの熱意を思い出した。
自分がやるべき事を思い出した。
刀の握り方を思い出した。
妖術の使い方を思い出した。
Saoofaの仲間たちを思い出した。
妖術師として戦う意味を思い出した。
俺の為に、最後の『七つの罪源』である『傲慢』を遺してくれていた人物。行き場のない俺を再びSaofaに引き入れ、妖術師として戦える場を与えてくれた恩人。
錬金術師である永嶺 惣一郎の事を、思い出した。
「―――っ惣一郎さん!!」
光の先に、一人の背中が見えた。
何もかもを思い出した俺は直ぐに走り出す。その背中が見えなくならないように、いつか追いつけないとこまで行ってしまわないように。
「―――クソ、追いつけねェ!!」
向こうは歩いているのに対して、こっちは全力疾走しているというのに、中々に距離が縮まらない。
『疾風迅雷』で距離を詰める手もあったが、この空間だと妖力が上手く纏まらない。
手を伸ばしても、到底届くはずが無い。
「―――役目が済んだって何ですか!!この世に留まれないってどういう事ですか!?説明してくださいよ、惣一郎さん!!」
いくら声を荒らげても、惣一郎が振り返る事はない。………生者の言葉は、死者には届かない。
「―――なッ!?」
本来ならすぐ気付けていただろうに、光を追うのに必死になりすぎて、俺は足元の確認を疎かにしていた。
地面にぽつんと空いていた穴。そこに吸い込まれるようにして、俺の視界から惣一郎が消える。
次第に視界に映っていた光も遠く消えて行き、俺の意識はそこで完全に途切れた。
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