翌朝。いつも通りの時間に玄関の扉を開ける。
その直後、門の外に待ち構えている大樹の姿が視界に入り、私は思わず顔をしかめた。
大樹は私のかなり感じの悪い態度に気付いているはずなのに、躊躇する様子もなく明るい笑顔で近付いて来る。
「花乃、おはよう」
「……なんでうちの前に居るの?」
「何でって、花乃を待ってたんだけど」
「待ってなくていいのに。さっさと行けば一本早い電車に乗れるでしょ?」
大樹と私では、足の長さも歩く速度も違うんだから。
「ええ? 同じ所に行くんだから一緒に行った方が楽しいじゃん。ひとりだと寂しいし」
「……何それ」
寂しいって、子供じゃあるまいし。
そんな大きな身体で言われても怪しく感じるだけだ。
それに私は大樹と毎朝出社なんてしてたらストレスがどんどん溜まってしまう。
私が時間を変えるのは納得がいかないけど、一本早い電車に乗る事も考えてみようかな。
まあ今より早く起きれたらの話なんだけどね。
駅に向かって歩き出しながらそんなことを考えていると、大樹がクスっと笑いながら言った。
「花乃は本当に朝が苦手だよね。その怒った顔、昔から変わらない」
「……は?」
無邪気に言われて絶句した。
私が不機嫌なのを寝起きが悪いせいにするなんて、何て言うポジティブ思考。
私はただ大樹が嫌なだけなんですけど!
ああ、こういうところも私が大樹を苦手だって感じるところの一つだ。
大樹といると何時までも昔の事を根に持っている自分が、ネガティヴで凄く小さい人間に思えてしまう。
いつまでもこだわっている私の方が幼稚で、頑固で酷いんだって。
だからと言って、気持ち的には未だに大樹のしでかしたことを忘れられないし、日頃の適当な態度も好きになれないんだけど。
「花乃、早く機嫌直してよ」
私の気持ちになんて知りもせずに大樹はからかう様に言う。
かなりイラっと来たけれど、その気持ちを私はぐっと堪えた。
そう、朝一の待ち伏せで一時忘れてしまったけれど、私はこれから大樹に頼みごとをしないといけないんだった。
言いづらいし、言いたくないけど、やるしかない!
「ねえ、大樹。実はお願いが有るんだけど」
覚悟を決めて声を出す。
「え……」
大樹は私の発言が相当意外だったらしく、大きく目を見開いた。
そのリアクションに逆に私がびっくりしてしまうくらいに。
「ど、どうしたの?」
日頃最高に冷たくしてるのにお願いなんて、厚かましくて引かれたのかな?
ちょっと不安になってると、大樹の顔が驚きからとびきりの笑顔に変わった。
「いいよ!」
「え……まだ内容話してないんだけど」
それに男のくせにやけに綺麗で華やかで可愛いその笑顔は一体なに?
無神経男のはずなのに、今だけは純粋な人に見えてしまう。
「大丈夫。花乃が俺にお願いなんて初めてじゃない? 何でも言っていいから。どんなお願いでも俺何とかするし」
そんな無茶な。ってことを大樹はサラッと言ってのけ、なぜか期待をこめた目で私を見つめた。
なんか……そんな反応をされると言いづらい。
でも、言わないと須藤さんに近付く計画が頓挫してしまう。
「大樹の会社の人と私の会社の子達とで飲み会を開きたいの!」
「飲み会?」
大樹はキョトンとした顔をする。
「そう。大樹の同期とか知り合いを誘ってくれない?…… 合コン的な感じで」
最後の一言はとっても言い辛かったけど、はっきり言っておかないで同期の女子なんて連れてこられたら、沙希が怒ってしまうだろう。
須藤さんとの飲み会の為にもミスは許されない。
だけど、さっきまで張り切っていた大樹は、なぜか段々と浮かない顔になっていく。
明らかに面倒そうだ。
“何でも言って!“って台詞は何だったの?って突っ込みたいくらい。
「……何で急に飲み会? 花乃は俺の会社の男に興味があるの?」
「え? 私は別に興味なんてないけど」
私が興味があるのは須藤さんだけだし。
「じゃあ、何で?」
大樹は眉間にシワを寄せている。
なんか、珍しく怒ってる?
「大樹の会社の人と飲みたいのは私の友達。昨日の朝大樹といる所を見てたみたいで頼まれたの」
「……なんだ」
怒っていたかと思った大樹は、また機嫌が良くなった様で、いつもの能天気な笑顔で頷いた。
「いいよ。分かった。花乃の友達なら俺も会ってみたいし、適当に人集めるよ」
「ほんと?! いいの?」
「任せておけよ。場所も良さそうな所選んでおくから」
大樹はきりっとした表情で言う。
な、なんて頼もしい!
ころころ機嫌が変わるから情緒不安定?って心配になったけど大丈夫そう。
これで後は須藤さんとの飲み会が上手くいけばいいんだけど。
大樹の会社【桜川物産】との飲み会は、十月九日の金曜日。
そして、その一週間後の十月十六日の金曜日が須藤さんとの飲み会の日に決定した。
須藤さんを誘い、早々と日程を決めて来た沙希の行動力に感心したし、感謝した。
でも沙希は逆に、大樹の会社との飲み会を私が決めて来たことに感心していた。
私の方は全てが大樹任せなので、全然凄くないんだけどね。
張り切る私と沙希を美野里は少し呆れた目で眺めていた。
それでも飲み会には来てくれるそうだから心強い。さすが面倒見がいいだけある。
須藤さんとの飲み会が楽しみで仕方なくて、久しぶりにウキウキした気持ちになった。
そして十月九日。メインイベント前の私にとっては、あまり意識していない飲み会の日がやってきた。
完璧メイクに、女らしいワンピースと気合の入った沙希を先頭に、普段のオフィスカジュアルの私と美野里。それから沙希が誘った後輩の四人で大樹の予約した店に向かう。
会社から東京メトロで二駅程離れた場所にある洋風創作料理のその店は、かなりお洒落な外観だった。
転勤して来たばかりの大樹がそんなお店を知っていた事に少し驚きながら、扉を開き中に入った。
お店の奥、パーティションで仕切られたスペースに有る八人がけのテーブルが、大樹の予約した席だった。
大樹達はまだ来ていないみたいだ。
キョロキョロしている私の隣で、沙希が席の配置をどうしようかと、結構真剣に悩んでいる。
私と美野里はどこでもいいから、一番に選ぶ権利を沙希と後輩の子に譲り決まるのを待っていたら、にわかにパーテイションの向こうが騒がしくなる。
その直後、大樹とその同僚らしき三人が姿を現した。
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