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あ、着いたんだ。
そう思ったのと同時に、先頭に居た大樹がパアッと輝くような笑顔になり、足早に私の所へやって来た。
「花乃、遅くなってごめんね」
「え? 時間ちょうどだけど」
「うん。でも本当は先に来て待ってようと思ってたんだよ。遅くなって花乃を心配させたくなかったから」
「……別に心配なんてしてないけど」
そう言えば、私は大樹がドタキャンしたり遅刻する心配なんて少しもしなかったな。絶対来ると思っていたから。
「大樹、とりあえず座ろうぜ」
話し込んでいた私たちに、大樹の同僚のひとりが声をかけてきた。
彼はベリーショートの黒髪ですっきりした一重の和風顔。
身長は百八十センチくらい有る大樹とほぼ一緒の、十人に聞いたら七人くらいがイケメンって答えそうな結構素敵な人だった。
他二人は、身長は低そうだけどクォーターみたいな彫りが深い正統派美形と、他の人に比べたら地味だけど、見るからに穏やかで人の良さそうな男性。
「先座ってろよ」
大樹は黒髪の男性に、私に対していた時より大分トーンの低い声で素っ気無く言う。
人懐っこくて、ちょっとイラってする位明るい大樹にしては意外な態度だ。
もしかして今日はあまり機嫌が良くないのかな?
まあ大樹だって感情の波は有るだろうしね。
気を取りなおして空いていた席に着く。
八人掛けのテーブルの一番左端が私で隣が沙希。その向こうに美野里と続く配置だ。
私の前には黒髪短髪の男性が座ろうとした。その瞬間。
「井口、そこは俺だから」
大樹が黒髪短髪男性を押しのけて、私の前の席に座ってしまった。
私は大樹が目の前に座る不快感も忘れるくらいに、彼の強引で強気な態度に唖然とした。
沙希や美野里もびっくりしている様だ。
でも大樹の同僚達はそれ程驚いてなく、押しのけられた男性も気を悪くした様子は無く、それどころかニヤリと含み笑いを浮かべた。
「彼女がそうなんだ」
そう言いながら視線は私に真っ直ぐ向いているのだけれど、なんのこと?
戸惑っていると、大樹が同僚の男性達を横目で見ながら、冷たく答える。
「そう。だから手を出そうなんて考えたら許さないからな」
私はますます驚愕した。だって何なのその偉そうな口調は?
それにいつもの能天気な雰囲気は一体どこへ? なんだか大樹じゃないみたい。
大樹は唖然としている私に目を向ける。それから極上の笑みを浮かべてはっきりと言った。
「花乃は俺が連れて帰るから」
その微笑はやっぱりどう考えてもいつもと違う。
この私が信じられない事にドキっとしてしまうくらい、ゾクっとする何かを感じるような……何これ?
今日の大樹は絶対におかしいから!
飲み会は動揺している私を置き去りにして、沙希を中心に楽しく盛り上がりはじめている。
大樹の意味不明な発言は誰も気にしていないみたい。
私も首をかしげながら、とりあえずお酒でも飲もうとグラスに手を伸ばす。そのタイミングで沙希が私に耳打ちした。
「花乃はさ、幼馴染君と付き合いなよ。須藤さんよりずっといい男だと思うよ」
「はっ? 何言ってるの?」
「親友からのアドバイス」
「アドバイスって……」
沙希は信じられない台詞に眉根を寄せる私を無視して、井口さんとそれは楽しそうに会話を始める。
ここに来る前は大樹狙いだったはずだけれど、どうやら井口さんに狙いを変えたようだ。
判断の早さと、行動力に感心する。
沙希の向こうでは、美野里と後輩の子と大樹の同僚二人がほのぼのと会話を楽しんでいる様子。
そうなると私の相手をしてくれそうな人はいないから、食べることに専念しようかな。
テーブルの上には魚介のカルパッチョとローストビールとグリーンサラダが並んでいる。
どれもとっても色鮮やかで美味しそうで食欲をそそり、それまで意識していなかった空腹を感じた。
その時、絶妙なタイミングで大樹が取り皿に分けたカルパッチョを私の目の前にそっと置いた。
オレンジの綺麗なサーモンが沢山盛り付けられている。
顔を上げると、笑顔の大樹と目が有った。
「花乃、サーモン大好きだよね? 俺の分も食べていいよ」
「え……」
大樹の言う通り、サーモンは大好きだ。だから正直凄く嬉しい。
でもなんだか素直に受け取れない。だって大樹にそんな事して貰うのは変な気がするから。
私が返事に困って黙っている内に、大樹は手早く他のみんなの分も取り分け、隣の井口さんの方に適当に流していく。
みんなの分は平等に。でも自分の分の取皿にサーモンは一枚も乗ってなかった。
皆は和気藹々と会話をして、美味しい料理とお酒を楽しんでいる。
私も料理とお酒は楽しんでるけど、席的に話す相手が大樹しかいないから、無言になりがちだ。
黙ったままの私の前で大樹はつまらなくないのかな?
そう思うんだけど、時々お皿から視線を上げるとニコニコとしている大樹と目が合う。
幸せそうで、邪気の無い笑顔。
いつもの大樹だ。でも……さっきのヤケに男っぽい色気の有る笑顔はなんだったんだろう。
そんな事を考えていると大樹が声をかけてくる。
「花乃、美味しい?」
「美味しいよ」
「そう、良かった」
たったそれだけの会話なのに、大樹はなぜか満足そうな顔をする。
「ねえ、大樹も少しは食べてみたら?」
私は取皿に残っているサーモンに目を遣りながら言う。
カルパッチョのサーモンは絶品だった。嫌いだったら仕方無いけど、そうじゃないなら食べないなんて勿体ないし、私が独り占めするのは申し訳ない。
あと二枚残ってるから、やっぱり返した方がいいかなって思ったのだ。
「嫌いじゃないけど、花乃みたいに大好きって事もないから。好きな人が食べた方がいいじゃん。それより花乃は俺の好きな食べ物知ってる?」
「いきなり何?……知らないけど」
だって一緒に食事をしたことなんてほとんどない。考えてみれば、今日は中学校の給食時以来かも。
「やっぱりな。花乃、俺に興味ないもんね」
大樹はがっかりしたように肩を落としている。
「興味ないっていうか……」
ただ関わりたくないだけです。とは本人を目の前に言い辛く、黙ってカシスオレンジを口に運ぶ。
「俺は花乃の好きなもの結構知ってるよ。好きな食べ物はタルトとサーモンとトマト。好きな色はピンク。好きなお酒はカシス系」
大樹はつらつらと私の好きなものを並べて行く。驚くことに、大正解だ。
「……ストーカーみたい」
ぼそっと言うと、大樹は「ひでぇ」と呟いてそれから飛び切りの笑顔を見せてそれまでよりちょっと大きな声で言った。
「好きなテレビはアニメ一番好きなのは、日曜の朝八時から……」
「は?……ちょっと、何言ってるの?」
私は慌てて大樹の発言を妨害する。
どうして大樹が私のプライベート中のプライベートを知っているのか?
アニメの事は沙希と美野里にだって言ってないのに。
「なんで知ってるの?」
まさか、本当にストカー?
「沙希のお母さんが言ってた。毎週録画してるって」
「……個人情報保護違反じゃない?」
お母さんは大樹がお気に入りだから、何でもペラペラと話してしまう。
好きな食べ物とかもお母さんから聞いたのかな?
溜息を吐いていると、それまで私とはひと言も会話をしていなかった井口さんが、からかう様な口調で言った。
「花乃ちゃんってアニメ好きなんだ、毎週録画って……」
「いえ、毎週って訳じゃないけど、たまに……」
馬鹿にされてるのか引かれてるのか分からないけど、私に望まないイメージが付いたのは間違いない。
無駄な言い訳をしながら私は余計な暴露をしてくれた大樹に恨みの視線を送る。
その瞬間、ドキリとした。大樹が井口さんに苛立った視線を送っていたのだ。
「井口、花乃ちゃんって何だよ。青山さんって言えよ」
え……気にするところ、そこ?
大体なんで大樹がそんな文句を言うわけ?
「お前って嫉妬深いやつだったんだな」
井口さんは呆れた様子。
「うるさい、いいから花乃に慣れ慣れしくするなよ?」
大樹は井口さんを威嚇する。
なんか……またおかしな大樹になってしまった。
ヤケに攻撃的で、いつものへラッとした適当な雰囲気はないし、怒った顔は結構迫力が有って恐いかも。
でも井口さんは気にしていないみたいで、私に視線を戻して言った。
「名前で呼ばれたら迷惑? 花乃ちゃんが嫌って言うなら止めるけど」
「え……私は何でもいいけど」
井口さんとはこの先頻繁に会う機会なんて無いだろうし、呼び方なんて何でもいい。
というかみんなそうだと思うけど。大樹以外は。
「いいってさ」
井口さんはニヤリと笑って大樹に言う。
大樹は苛立たしげに舌打ちをすると、井口さんから視線を逸らしてしまった。