藤村先輩か。
もう響の「そうちゃん!」と呼ぶ明るい声を聞くことはないんだ。
自業自得なのに寂しくなる。
勝手なもんだ。
「響のため」と言ったが綺麗事じゃないか。
俺はまた中学時代みたいな目に合うのが怖いんだ。
好きな人をあんな形で失うのも、大人から軽蔑の目で見られるのも。
弱虫だ。
響はそんなことを超えても俺と一緒に居たいと言ってくれた。
その真っ直ぐな気持ちをぶつけられて心が揺るがないわけがなかった。
響のことが大事だ。
だからこそ、いらない苦労はしなくて良い。
普通に女の子と出会って普通の恋愛をすればいい。
誰にも祝福される恋をすれば良い。
響、俺だって本当は…
もし俺が女に生まれていたら。
放課後になった。
結局、午後は授業をサボり屋上で過ごした。
ただただ泣いて過ごした。
「おい…こんな腫れた目で部活行けるかよ…」
でもこれ以上、奏ちゃんに失望されたくない。
歌ぐらいは頑張らないと。
笑っちゃうだろ?
この期に及んでまだ、振られた相手にせめて嫌われないよう振る舞いたいだなんて。
ぶざまだろ。
惨めだろう?
「行くしかねぇ…か」
ソロパートは練習しなきゃだもんな。
皆に迷惑がかかる。
コンクール終わったら、合唱部も辞めようかな。
俺は何もかも失うな。
「どん底に突き落とすなら、神様、夢なんて見せてくれなくて良かったんだよ」
怒りと悲しみでどうにかなりそうな心を抑える。
目を冷やして、とりあえず音楽室へ向かった。
「おっ、響!久しぶりじゃん」
同級生の陸斗が言う。
「えっ何でお前そんな目が赤いの?もしかしてな泣いてた?」
「花粉だよ…」
「7月に!?ウケる!」
「もう…インフルエンザと花粉で俺の体はボロボロなんだよ。ほっといてくれ」
陸斗が笑う。
奏ちゃんがピアノの椅子に座りながら、他の先輩と話をしている。
俺は緊張しながら奏ちゃんの元へ向かう。
「藤村先輩」
奏ちゃんと話していた先輩が俺の顔を見て
「沢尻!何でそんな目ぇ腫れてんの?大丈夫か?」
と聞いてきた。
「花粉がひどくて…」
「嘘つけっ笑」
また笑われた。
俺、この先の人生一年中花粉症として過ごすのかも知れない。
「というわけで、今日はソロパートだけ練習したら帰ります…」
奏ちゃんが何を考えているのかは分からなかった。
「わかった。ピアノ弾くから歌ってみようか。花粉症早く治してね。」
あんたのせいだろが。
奏ちゃんがピアノを弾く。
相変わらず綺麗な音、それすら涙の材料になる。
失恋てやつは。失恋てやつは。
ソロパートは転調部分の何小節か。
そういや、これ報われない恋の歌だ。
好きなアーティストの曲。
今の俺には心に刺さりすぎる。
相当キーが高くて曲を盛り上がる部分。
この歌詞も今の俺、俺の歌を全力で歌うよ。
奏ちゃんのピアノに合わせて歌う。
歌詞の意味はあまり考えるのやめよう。
また泣いちゃいそうだからな。
俺は俺の気持ちだけ込めて歌った。
奏ちゃん。そうちゃん。
あなたが大好きでした。
夢中になって歌い切ると、目の前の奏ちゃんが泣いていた。
「えっ、奏ちゃん、何で泣いてるの」
「響の歌が…素晴らしくて…」
気付くと周りの合唱部の奴らも何人か泣いていた。
「ちょっと…沢尻くんのハイトーンボイス刺さりすぎる、この歌詞に…」
陸斗なんてボロボロ泣いている。
「お前…すご、すごい。天才だっ…だよっ」
何を言っているのかわからなかったが、花粉症仲間が増えたようだ。
「じゃあ、俺のソロはこれでOK?」
「響、練習する必要なかったね。完璧」
奏ちゃんが俺の歌で感動してくれた。
それだけで十分だ。
「奏ちゃん…」
「ありがとう」
「こちらこそありがとう、だよ」
奏ちゃんが泣きながら笑う。
俺はそのまま音楽室を後にした。
奏ちゃん、奏ちゃん、そうちゃん。
何回呼んでも飽き足らない愛しい名前。
俺は廊下を走って急いで下駄箱に向かった。
涙がまた勝手に流れてくる。
誰かに見られる前に帰ろう。
奏ちゃん、やっぱり悲しいよ。
「大丈夫」と、ここから全然立ち上がれない自分が行ったり来たりしてんだ。
苦しいよ。何も考えたくない。寂しいよ。
下駄箱に着くとあさ美が居た。
「あっ響、あんた午後ずっと授業サボってどこにいたの?」
気まずい。こんな号泣してる顔見られたくない。
「まぁ…ちょっと…。じゃあまた明日」
西日は指していたが下駄箱は暗いので、何とか顔を見られないようにさっさと帰ろうとした。
しかし、あさ美に腕を掴まれる。
「響、どうしたの?何があったの?」
泣いてるのに気付かれた。
ホント恥ずかしい。
「大丈夫だよ…」
あさ美に目を合わせず言う。
「大丈夫じゃない。今のあんたはちっとも大丈夫じゃないよ!」
その言葉で、さらに涙が溢れてきた。
手に入らない人を想う気持ち。
辛い、辛い、つらい。
俺は下駄箱にしゃがみ込むと、声を上げながら泣いた。
隣であさ美がいつまでも背中をさすってくれていた。
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